【判例解説】「終身の配偶者居住権」を遺産分割審判で認めた事例(福岡家裁令和5年6月14日審判)

目次
判例の基本情報
- 裁判所:福岡家庭裁判所
- 言い渡し日:令和5年6月14日
- 事件番号:令和5年(家)4017号
- 事件名:遺産分割申立事件
- 結論:申立て認容・確定
結論
配偶者居住権は、遺産分割審判でも、「配偶者の生活維持に特に必要」であれば、終身で付与される。
事案の概要
- 相続人:配偶者B、実子C、被相続人の養子(申立人)。最終的に手続当事者は3名。
- 主な遺産:居住用の土地1筆と建物2棟、預金、現金。
- 居住状況:配偶者Bは生前から被相続人と同居し、現在も自宅に単身で居住継続。
- 各人の希望:B=終身の配偶者居住権、C=居住権付き不動産の取得を了解、申立人=金銭(代償金)で取得。
審判の要旨
「配偶者の生活を維持するために特に必要がある。よって、配偶者Bに終身の配偶者居住権を、Cに所有権を取得させるのが相当。」
裁判所は、配偶者が相続開始時から継続して自宅に居住している点と、他の相続人の不利益を考慮してもなお生活維持の必要性が優越する点を重視しました。そのうえで、「住む権利=配偶者」「所有権=子」という役割分担を採用し、登記まで命じて権利保護を確実化しています。
重要論点の解説
「生活維持に特に必要」なら終身付与が可能(遺産分割審判での付与)
なぜ重要か?:遺産分割でも、要件を満たせば終身の配偶者居住権が認められることが明確化しました。高齢配偶者の住まいの安定を強力に後押しします。
どんな場面で参考になるか?:自宅を売らずに解決したい、配偶者が移転困難、他相続人は不動産を所有したい、など。
評価は「簡易評価+ライプニッツ係数」を是認
当事者合意の簡易評価を裁判所が是認し、配偶者居住権を1,886,241円と算定しました。建物が耐用年数超過で0円でも、権利価値は生じ得ます。
- 現在価額合計(土地+建物)=3,564,660円
- 負担付建物所有権=法定耐用年数超過により0円
- 負担付土地所有権=2,255,940円×ライプニッツ係数0.744≒1,678,419円
- 配偶者居住権価額=3,564,660円−(0+1,678,419円)=1,886,241円
※ライプニッツ係数とは?
将来の価値を現在価値に割り引く係数。評価方法の合意形成を先に整えると、協議が前に進みやすくなります。
「所有は子、住む権利は配偶者」+登記命令までセット
子Cが所有権、配偶者Bが終身の配偶者居住権を取得し、Cに設定登記の実行を命じた点は実務上の道筋を示します。登記により第三者対抗力(他人にも主張できる力)が確保できます。
※実務上の注意点
固定資産税・保険料・日常修繕/大規模修繕の分担は、合意書に明記しておくと紛争予防に有益です。
代償金の設計
配偶者Bは現金・預金も取得しつつ、申立人へ2,636,737円、子Cへ940,738円の代償金を支払う構成。裁判所は支払能力ありと評価しています。
※代償金とは?
相続人間の取り分のバランスを金銭で調整する仕組みです。
実務の段取り(チェックリスト)
- 方針の比較:売却/共有継続/居住権+所有権分離を早期に比較検討する。
- 「特に必要」の素材:住民票・公共料金、健康・介護・通院、地域コミュニティ、代替住居の困難。
- 評価の合意:簡易生命表×ライプニッツ係数の簡易評価を合意し、資料化する。
- 登記と運用:居住権の設定登記を必ず実行すること。負担(税・保険・修繕)ルールは書面化した方がよい。
- キャッシュ計画:代償金の原資(預貯金・保険金・換価財産)と支払時期・方法(分割時は利息・担保)を設計する。
読者へのアドバイス
- 希望の言語化:「終身」または「◯年間は住みたい」をご家族と共有。
- 生活実態のメモ:収支・健康・介護・通院・地域のつながりなど、“特に必要”の根拠を簡単に記録。
- 評価とお金:古家でも居住権に価値が出ることがあります。代償金の原資を検討。
- 合意→登記:合意できたら設定登記まで一気通貫。運用ルールは合意書に明記する。
- 生前対策:遺言で「配偶者に居住権、子に所有権」とし、評価・費用分担も付記すると予防になります。
まとめ
- 配偶者居住権は、遺産分割審判でも終身で付与され得る(生活維持に特に必要な場合)。
- 評価方法:簡易評価+ライプニッツ係数が実務上有効。建物0円でも権利価値は生じ得る。
- 実務の設計:「所有は子、住む権利は配偶者」+登記命令、代償金で均衡化。