【判例解説】後継者に資金がなく、農地の細分化もやむを得ないとされた事例(新潟家裁昭和48年3月2日審判)
- 争点
農業経営を守るために、農地は後継者が一括して相続すべきか? - 結論
裁判所は、後継者の資力不足や人間関係を考慮し、農地の現物分割(細分化)もやむを得ないと判断した。 - ポイント
農地を散逸させないためには、代償金支払いのための現金(生命保険等)の準備が不可欠。
事案の概要
本件は、昭和48年(1973年)に新潟家庭裁判所で審判が下された、農家における遺産分割トラブルの事例です。

主な登場人物とその関係
亡くなった方(被相続人)は、約1,709万円(昭和48年当時の金額)におよぶ遺産を残しましたが、その大部分は農地などの不動産でした。
相続人には、家業である農業を継ごうとする「後継者」と、それ以外の「他の兄弟姉妹(および代襲相続人である孫)」がいました。
トラブルの経緯
- 後継者の主張
「農地をバラバラに分筆すると、規模が縮小して農業経営が成り立たなくなる。だから自分が農地をすべて一括で相続したい。」 - 他の相続人の事情
「一括で相続するなら、自分たちの取り分に見合う現金(代償金)を払ってほしい。それが無理なら、公平に土地を分けてほしい。」
通常、農地は細分化を防ぐために後継者が単独で相続することが望ましいとされます。しかし、後継者には他の相続人を納得させるだけの「現金の持ち合わせ(資力)」がなく、親族間の人間関係も悪化していたため、話し合いは決裂しました。
主な争点
農業経営への影響があっても、農地を物理的に分割(現物分割)することは認められるか?
裁判において最大の争点となったのは、「農業政策上の要請(農地をまとめること)」と「遺産分割の公平性(権利通りに分けること)」のどちらを優先すべきか、という点です。
具体的には、以下の事情を天秤にかけたとき、農地の一括取得(代償分割)を認めるべきか、それとも物理的に土地を分ける(現物分割)べきかが問われました。
- 農業後継者の存在と意向
- 対象となる農地の規模
- 相続人同士の人間関係
- 一括取得した場合に後継者が背負う金銭的な債務(代償金)の負担能力
裁判所の判断
結論
新潟家庭裁判所は、農業経営への悪影響(農地の細分化)を懸念しつつも、最終的には「遺産(農地を含む)を法定相続分に従って物理的に分割する(現物分割)」との審判を下しました。
また、審判では、遺産総額17,091,048円に対し、1円単位まで厳密に計算された分割が命じられています。
判断の理由
裁判所がこのように判断した理由は、以下のとおりです。
- 相続人の1人に農地を一括取得させた場合に負う債務(資力不足)
後継者が農地をすべて取得すると、他の相続人に多額の「代償金」を支払わなければなりません。しかし、裁判所は後継者の経済状況を見て、「この過大な債務を支払える見込みが薄い」と判断しました。払えないお金を「払う」と約束させても、結局は他の相続人が泣き寝入りすることになるからです。 - 相続人間の人間関係
当事者間の信頼関係が崩れており、「とりあえず共有名義にする」ことや「後から分割払いで解決する」といった協力的な解決は不可能でした。 - 農地の規模と分割の可否
農地の規模等を考慮しても、分割することが直ちに農業経営を不可能にするわけではない(あるいは、公平性を犠牲にしてまで守るべき特段の事情まではない)と判断されました。
裁判所のロジックは、「農業を守りたい気持ちは分かるが、『他の兄弟に払うお金がない』という現実は無視できない。お金で解決できない以上、土地を切り分けて、お互いに縁を切れる形にするのが最も後腐れのない解決策だ」という、現実的な判断と言えます。
弁護士の視点
農地を守るための予防策
この判例から学べるのは、「『後継者だから当然もらえる』という甘い考えでは、先祖代々の農地を守れない」という教訓です。
農地の細分化を防ぐためには、以下の具体的なアクションが必要です。
- 代償金確保のための「生命保険」活用
後継者が農地を相続する際、他の兄弟に支払う現金を「生命保険金」で用意する方法が最も有効です。被相続人が保険に入り、受取人を後継者にしておけば、納税資金や代償金の支払いに充てることができます。 - 「相続させる」旨の遺言書の作成
「農地はすべて長男に相続させる」という遺言書を作成しておくこと。ただし、遺留分(最低限の取り分)を侵害するとトラブルになるため、遺留分相当額の現金もセットで用意することが重要です。

