【判例解説】相続不動産に住み続けている相続人に資力がないため、競売を命じた事例(横浜家裁昭和63年9月26日審判)

- 争点:相続不動産に住み続けている相続人に、他の相続人の持分を買い取るお金がない場合、どう解決すべきか?
- 結論:裁判所は、不公平を解消するために不動産を「競売」にかけて現金化し、その代金を分けるよう命じた。
- ポイント:実家を守りたいなら、他の相続人に渡す「代償金」の準備が不可欠。
事案の概要
今回の事案は、亡くなられた女性(被相続人)の遺産である「借地権付きの建物(実家)」をめぐり、そこに住んでいる甥と、それ以外の親族(兄弟姉妹やその子どもたち)との間で遺産分割の方法が争われたケースです。

主な登場人物とその関係
- 被相続人(亡くなった方):Aさん(昭和57年没)
- 申立人(分割を求めている人たち):被相続人の弟であるXさんら複数名。
- 相手方(家に住んでいる人):甥のYさん。被相続人が亡くなる前から妻子と別居してこの家に転がり込み、亡くなった後もそのまま居住していました。
- 借地権:他人の土地を借りて、その上に自分の建物を所有する権利のこと。立派な相続財産となります。
- 代償金:不動産を一人で相続する代わりに、他の相続人の取り分として支払う現金のこと。
トラブルの経緯
遺産である建物には、相手方であるYさんが住み続けていましたが、申立人である他の相続人たちは「不動産を売却して、現金を公平に分けたい」と希望していました。
本来であれば、住んでいるYさんが家を相続し、他の相続人に「代償金」を支払えば解決します。
しかし、Yさんには経済的な余裕(資力)が乏しく、代償金を支払うことが「到底不可能」な状態でした。
また、土地の持ち主(地主)に建物を買い取ってもらおうという交渉も行われましたが、金額の折り合いがつかず不調に終わりました。
「お金はないけど住み続けたい」というYさんと、「お金で分けたい」という他の相続人との間で話し合いがつかず、家庭裁判所の審判によって解決を図ることになりました。
主な争点
「お金がない相続人」が住んでいる場合でも、家を強制的に売却(競売)することは認められるか?
この裁判で最大の問題となったのは、「相続人の一人が現に生活している場所を、本人の同意なしに売却してお金に換えること(換価分割)は許されるのか?」という点です。
住んでいる側からすれば生活の拠点を失うことになりますが、他の相続人からすれば、対価もなしに特定の人に遺産を独占されるのは不公平です。裁判所は、この「居住の利益」と「相続人間の公平」のどちらを優先すべきかを判断する必要がありました。
裁判所の判断
結論
横浜家庭裁判所は、住んでいる相続人の事情よりも公平性を優先し、不動産を裁判所の競売手続きで売却する「換価分割」を命じました(横浜家裁昭和63年9月26日審判)。
判断の理由
裁判所がこのように判断した理由は、極めて現実的なものでした。
- 代償金の支払いが不可能
裁判所は、住んでいるYさんについて「資力に乏しく、代償金として申立人らに現金を支払うことは到底不可能」と認定しました。お金を払えない以上、彼が単独で家を取得することは、他の相続人の権利を侵害することになり認められません。 - 売却による現金化が最も公平
当事者間での解決が難しく、地主への売却もできなかった以上、裁判所の手続きである「競売」によって現金化し、それを法定相続分(3分の1や12分の1など)に応じてきっちり分けることが、全員にとって最も公平であると判断されました。 - 資産価値の上昇(タイミング)
審判当時(昭和63年頃)は、首都圏の地価が著しく高騰していた時期でした。裁判所は「現時点における借地権の価額は、評価額を大幅に上回ることは確実」とし、このタイミングで売却することは、経済的にも合理的であり、相続人全員の利益になると判断しました。
つまり、裁判所は「タダで住み続けることはできないし、代わりの金も払えないなら、高く売れるうちに売って分けるのが一番良い」という結論を下しました。
弁護士の視点
この裁判例は、相続における厳しい現実を示しています。「自分が住んでいるから何とかなるだろう」という甘い考えは、裁判では通用しません。将来のトラブルを防ぐために、以下の対策を意識してください。
「代償金」の準備(生命保険の活用)
実家を継ぎたい(住み続けたい)と考えるなら、他の相続人に渡すための現金を事前に用意しておく必要があります。親(被相続人)が元気なうちに、受取人を跡継ぎにした生命保険に加入してもらうなどして、遺産分割の対象外となる現金を確保する対策が有効です。
競売になる前に「任意売却」を目指す
この裁判例では裁判所が競売を命じましたが、一般的に競売は市場価格より安くなる傾向があります。争いになっても、最終的に「売るしかない」となった場合は、競売になる前に全員の合意で一般市場で売却(任意売却)したほうが、手元に残るお金は多くなります。意地を張らずに現実的な着地点を探ることが、結果として自分の利益を守ります。
遺言書の作成
もし被相続人が「甥のYさんに家を継がせたい」と考えていたなら、その旨を記した遺言書があれば、これほど揉めることはなかったかもしれません。その際、他の相続人の不満が出ないよう、預貯金とのバランスを考慮した遺言にしておくことが重要です。

