【判例解説】代償金の支払能力がなく、感情的な対立も激しいため、住んでいる実家の競売を命じた事例(大分家裁昭和50年7月18日審判)
- 争点:住んでいる相続人に代償金を払う「資力」がない場合、不動産はどうなるか?
- 結論:裁判所は「利用関係・資力不足・対立」を考慮し、全て「競売」で現金化するよう命じた。
- ポイント:実家を守るためには、他の相続人の権利分を買い取れるだけの「現金」準備が不可欠。
事案の概要
この事件は、亡くなった父親(被相続人A)の遺産である広大な土地をめぐり、実家を出ていた相続人と、その土地に住み続けている親族たちが対立したケースです。

主な登場人物とその関係
- 被相続人A: 亡くなった父親。地主であり、多くの土地を残した。
- 申立人X(遺産を請求した人): Aの次女。すでに家を出て他県に住んでいる。「法定相続分通りの遺産(金銭価値)」を求めている。
- 相手方Yら(実家にいる人たち): Aの孫たち(亡くなった長男や長女の子どもたち)。Aの土地上に家や店を建てて住んでいる。
- 参加人Z(キーパーソン): Aの亡き長男の妻。相続権はないが、長年Aと同居し、家の中心として生活してきた。
トラブルの経緯
被相続人Aが亡くなりましたが、遺産である土地の上には、相続権のない長男の嫁Zや、孫である相手方Yらが、遺産分割が終わらないまま自分たちの家や店舗を建てて生活していました。
申立人Xは「自分の法定相続分(権利)に見合う財産が欲しい」と主張しました。通常であれば、土地に住んでいるYらが土地を相続し、Xに代償金を払えば解決します。
しかし、実家に住むYらやZには、Xに支払うための「現金(資力)」が全くありませんでした。
さらに、土地の評価額についても「高すぎる」「安すぎる」と双方が激しく対立。話し合いがつかないまま、裁判所の判断(審判)を仰ぐことになりました。
主な争点
本裁判例では、住んでいる人がいるにもかかわらず、分割方法が決まらない土地をどう扱うかが最大の争点となりました。
土地をバラバラに分ける「現物分割」は可能か?
土地を相続分(Xが9分の3、Yらが各9分の1など)に応じて物理的に分筆し、分け合う方法です。
しかし、土地の上にはYらやZが勝手に建てた建物が複雑に乱立しており、境界も不明確でした。これをきれいに分けるには測量や登記の費用がかかりすぎることが問題となりました。
住んでいる人が買い取る「代償分割」は可能か?
生活の拠点を守るためには、ZやYらが土地を取得し、Xにお金を払う方法が理想的です。
しかし、前述の通りZやYらには「お金がない」という致命的な問題がありました。Xが満足する金額を払えない以上、この方法も採用できません。
それなら「競売」で売るしかないのか?
現物分割も代償分割もできない場合、残る手段は遺産をすべて売り払う「換価分割(競売)」しかありません。しかし、競売になれば、長年住んでいるZやYらは立ち退きを迫られる可能性があります。「生活の拠点となっている土地でも、公平性のために競売に付すべきか」が問われました。
裁判所の判断
大分家庭裁判所は、遺産である土地(墓地を除く)をすべて競売にかけ、その代金を分ける(換価分割)ことが相当であると判断しました(大分家裁昭和50年7月18日審判)。
裁判所は判決文の中で、以下の4つの要素を列挙し、これらを総合的に考慮すると「競売以外に道はない」と結論づけました。
遺産である各土地の形状と利用関係
土地上には、相続開始後にYらが勝手に建てた家や店舗、Zの家などが混在していました。これらを維持したまま土地を公平に切り分ける(現物分割)には、多額の測量費用と労力がかかり、現実的ではありませんでした。
相続人らの資力
土地に住んでいるZやYらには、Xの持分を買い取るだけのお金がありませんでした。裁判所が「買い取ってはどうか」と提案しても、Zはこれを拒否し、Yらにも支払能力が認められませんでした。お金がない以上、土地を彼らに取得させることは不可能です。
土地の評価額について合意できなかった
XとYら・Zは土地の評価額についても合意できませんでした。Yらは「鑑定額が高すぎる」と不満を持ち、任意の支払いに応じる姿勢がありませんでした。金額が決まらなければ、誰がいくら払うかも決められません。
相続人間の対立関係
当事者間の感情的な対立が激しく、協力して任意売却(一般市場での売却)をすることも期待できない状態でした。むしろ当事者の一部も「費用をかけて揉めるより、競売で現金を分けたほうが公平だ」と考えている節がありました。
以上のことから、裁判所は「本件においては、遺産を競売に付し、売却代金から競売手続費用を控除した残額を相続人らの各相続分に応じて取得させるのが相当である」と判断しました。
※なお、お墓(墳墓地)については、例外的に長年祭祀を主宰してきた「長男の妻Z」が承継すると判断されました。
弁護士の視点
この裁判例は、実家に住んでいる相続人にとって教訓的な事例といえます。ここから学べる「将来のトラブルを防ぐための対策」を解説します。
「代償金」の準備が実家を守る鍵
「実家に住んでいるから、当然自分が相続できる」という考えは甘い場合があります。他の相続人が権利を主張した場合、その権利に見合うお金を渡せなければ、本件のように強制的に競売になり、家を失うリスクが高まります。
不動産を継ぐ予定の方は、生前贈与や生命保険を活用したり、計画的に貯蓄したりして、代償金の支払能力を確保しておくことが不可欠です。
遺産分割前の「勝手な建築」は問題
本件で分割を難しくした一因は、遺産分割が終わっていない土地の上に、親族が次々と建物を建ててしまったことです。
権利関係が確定していない土地に建物を建てると、いざ分割という時に「現物分割ができない(切り分けられない)」という理由で、競売という最悪の結末を招きやすくなります。建物の新築や増改築は、名義変更(相続登記)が完了してから行いましょう。
無用な争いを避ける「遺言書」の重要性
被相続人Aが「自宅の土地は長男の家族(孫Yら)に相続させる」「その代わり、預貯金はXに渡す」といった内容の遺言書を残していれば、ここまでこじれることはなかったでしょう。
特に、今回のように「お金はないが不動産は守りたい」というケースでは、生前のうちに遺言書で資産の配分を指定しておくことが、残された家族を守る有効な対策といえます。

