【判例解説】名義預金:通帳・印鑑の保管者や使途の決定権で判断(令和3年9月17日国税不服審判所裁決)

30秒で要点

結論:名義預金(名義だけの預金)は、通帳・印鑑の保管者や使途の決定権(実際に使えるか)で帰属が決まる。未成年への贈与は親権者の受諾(受け入れの意思)で成立しうる。
理由:「名義」よりも「実質(管理・受諾・処分の自由)」を重視
注意点:書面だけや名義だけでは足りない。通帳・印鑑の管理、通知・受諾の有無、処分の自由の有無が重視される。

目次

まず結論

本裁決は、①会社金庫の現金は被相続人の固有財産=相続財産、②兄J名義口座の贈与は平成27年(2015年)の受領時に成立=3年内加算、③請求人名義口座は未成年期に親権者が受諾し各年に贈与成立——と判断した。

事案の概要

相続税の申告で、会社金庫の現金と子ら名義預金が「相続財産か」「贈与の成立時期はいつか」が争われた。

被相続人は複数の関連法人を経営。死亡後、会社の金庫から多額の現金が発見されたほか、子ら(兄J・請求人など)の名義口座が見つかった。請求人側は「名義預金は生前贈与済みで相続財産ではない」と主張し、原処分庁は一部のみ認めたため不服申立てとなった。

争点の整理

「名義」より「実質(管理・受諾・処分の自由)」が優先されるか、が核心。

  • 争点1:会社金庫で見つかった現金は会社財産か、被相続人の個人財産か(管理実態・帳簿計上の有無)。
  • 争点2:兄J名義口座の贈与が各年に成立したか、それとも平成27年の受領時か(受諾と処分自由)。
  • 争点3:請求人名義口座は相続財産か、未成年期の親権者受諾により各年の贈与成立か。

裁判所の判断

現金は相続財産/兄J名義口座は平成27年に贈与成立(3年内加算)/請求人名義口座は各年の贈与成立で相続財産に含まれない。

①会社金庫の現金(争点1):関連法人の帳簿に計上がなく、経理担当Lも会社資金との認識を持たず、金庫・大金庫には被相続人の個人的通帳も併存。これらから現金は被相続人の固有財産と認定され、相続財産に含まれるとされた。調査後に「預り金」で計上しても帰属判断は左右されない。

②兄J名義口座の贈与時期(争点2):贈与意思を示す「贈与証」があっても、Jは内容を相続開始後に知ったにすぎず、通帳・印鑑は一貫して被相続人が管理。Jが自由に処分できた事実がないため、各年の贈与成立は否定され、通帳と現金を受領した平成27年8月に贈与成立とされた(相続開始前3年内の加算対象)。

③請求人名義口座の帰属(争点3):請求人が未成年の間は母Lが親権者(法定代理人)であり、贈与証に基づく贈与の申込みをLが受諾し、L管理の請求人名義口座に毎年一定額(公表裁決では金額非公表)が入金されていたと認定。各年の贈与が成立し、請求人名義預金は相続財産に含まれないとされた。

実務への影響・チェックリスト

「名義」よりも「管理・受諾・処分自由」の立証が重要——書面と運用の整合性が鍵。

  • 通帳・印鑑の保管者、入出金の指示権者(誰が支配していたか)を具体的に記録する。
  • 受贈者が口座を把握し引出し可能だったか(処分の自由)を証跡で示す。
  • 未成年は親権者が受諾できるが、受諾の事実(受諾書・メモ・メール)や入金記録を整える。
  • 相続開始前3年内の現金手渡し・通帳引継ぎは加算リスク(相続税法19条)。タイムラインを把握。

似た場面での分岐点

即答:A(通帳・印鑑を贈与者が管理)なら相続財産化の可能性、B(受贈者が自由に使える)なら贈与成立の可能性が高まる。

  • A(通帳・印鑑は贈与者保管、受贈者に通知・受諾なし)なら → 名義預金として相続財産計上・申告の検討。
  • B(受贈者が把握し処分可、受諾の記録あり)なら → 各年の贈与成立を主張し、相続財産から除外する整理。

判例比較表

項目本件(兄J名義口座)本件内の対照(請求人名義口座)実務メモ
要件通帳・印鑑を被相続人管理、Jは内容未認識・処分不可→各年の贈与不成立未成年期に親権者Lが受諾、毎年の入金→各年の贈与成立「受諾」と「処分の自由」の有無で結論が分岐
帰結平成27年の受領時に贈与成立→3年内加算当初から請求人の財産→相続財産に含まれず通帳引継ぎ・現金手渡しの時期は税額に直結
補足贈与証の存在のみでは足りない親権者の法定代理(民法824条)がポイント書面+運用実態の整合を確保

よくある質問(FAQ)

名義預金は必ず名義人の財産として扱われますか?

いいえ。通帳・印鑑の保管や受諾・処分の自由といった実態で判断されます。本件でも、Jは通帳・印鑑を管理され、内容を知らず、各年の贈与成立は否定されました。

未成年の子への贈与はどうすれば有効ですか?

親権者(法定代理人)が贈与申込みを受諾すれば成立します。本件では、親権者Lが受諾し、L管理の子名義口座に毎年入金されていたとして各年の贈与成立が認められました。

「毎年◯円贈与する」という書面(贈与証)があれば安心ですか?

書面のみでは不足です。受贈者の受諾や処分の自由が裏付けられないと、各年の贈与成立は否定され得ます。本件でも贈与証の存在だけでは足りませんでした。

相続開始前3年以内に通帳や現金を渡した場合の取扱いは?

その時点で贈与成立と評価されれば、相続税法19条により加算対象となります。Jへの現金・通帳の受領は平成27年で、3年内加算と判断されました。

会社の金庫で見つかった現金は会社のものですか?

帳簿計上の有無や管理状況などを総合判断します。本件では帳簿計上がなく、個人通帳と併存管理されていた事情から、被相続人の固有財産=相続財産と認定されました。

紛争予防のためにどのような書類を用意しておけばよいですか?

贈与契約書(各年ごと)と受諾の明確化、通帳・印鑑の管理方針(誰が保管し、いつ引き渡すか)の合意書、入出金明細や通知メールの保存が有効です。実態と書面が一致していることが肝心です。

関連判例・参考情報

  • 国税不服審判所「公表裁決事例:令和3年9月17日裁決(裁決書抄)」
  • 民法(贈与・親権者の財産管理):第549条・第824条
  • 相続税法:第19条(相続開始前3年以内の贈与の加算)
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