【判例解説】法律上の除去義務がない土壌汚染について、対策費用で不動産価格を約47%減額した事例(東京地裁令和2年3月30日判決)

この記事のポイント
  • 争点:法律上の除去義務がない汚染について、対策費用を不動産価格から差し引くことは有効か?
  • 結論:裁判所は、市場取引での値引き実態を重視し、対策費用の「全額控除」を認めた。
  • ポイント:一見きれいな土地でも、「地歴調査」を怠ると、資産価値を半減させるリスクがある。
目次

事案の概要

本件は、共有不動産の分割(共有物分割請求)を巡り、「不動産の適正な時価をいくらと評価するか」が最大の争点となった事例です。

なお、本件は元夫婦間の訴訟ですが、不動産を金銭換算して分ける評価手法は、遺産分割における不動産評価と全く同じ構造であり、相続トラブルにおいても重要な先例といえます。

主な登場人物とその関係

  • 原告(X):不動産の共有持分5分の1を持つ元妻。持分をお金で精算してもらう(代償金を受け取る)立場。できるだけ高い評価額を主張。
  • 被告(Y):不動産の共有持分5分の4を持ち、現地に住み続けている元夫。不動産を取得し、代償金を支払う立場。できるだけ低い評価額(適正価格)を主張。

トラブルの経緯

経緯

東京都江戸川区にある土地・建物(一戸建て)について、Yが単独取得し、Xに代償金を支払うことで合意しました。

経緯

当初、不動産鑑定士はこの不動産の価値を「合計3914万1000円」と評価しました。

経緯

しかし、詳細な調査を行ったところ、地中(深さ約4メートル)から基準値を大幅に超える有害物質(六価クロムなど)が検出されました。

経緯

鑑定士は、「汚染対策費用として1830万円かかる」として、評価額を「合計2084万1000円」に下方修正しました。

経緯

評価額がほぼ半減することに対し、代償金が減ってしまうXが猛反発し、裁判で争われました。

主な争点

裁判では、不動産評価における以下の2点が大きな争点となりました。

法律上の除去義務がないのに、対策費用を控除できるか?

この土地の汚染については、行政から直ちに除去命令が出ているわけではありませんでした(土壌汚染対策法上の除去義務がない状態)。

Xは、「今すぐ除去する法的義務がない以上、架空の工事費用(約1800万円)を差し引いて評価を下げるのは不当だ」と主張しました。

「全量除去」を前提とするのは過大ではないか?

Xはさらに、「仮に対策が必要だとしても、土を全部入れ替える『除去』ではなく、きれいな土を被せる『盛土(もりど)』などの安価な方法で計算すべきだ」と主張しました。

裁判所の判断

裁判所は、Xの主張を退け、「土壌汚染対策費用(約1830万円)を全額控除した低い評価額」を適正な時価として認定しました(東京地裁令和2年3月30日判決)。

法的な義務より「市場の経済的実態」を重視

裁判所は、法律上の除去義務があるかどうかに関わらず、「汚染がある土地は、現実の市場では値引きしないと売れない」という実態を重視しました。

判決では、「土壌汚染が存在する土地の売買においては、買主は汚染が確実に除去されていることを望むことが多い」と指摘。市場で売却しようとすれば、買主から「汚染除去費用分の減額」を求められるのが通常であるため、その費用を評価額から差し引くことは合理的であると判断しました。

地域の特性上、安価な対策では不十分

「安価な盛土で済ませるべき」という主張についても、裁判所は否定しました。

本件土地がある江戸川区の一部エリアは、過去に六価クロム鉱さいの埋め立て問題が知られている地域であり、実際に地中から基準値の1100倍もの有害物質が検出されていました。

このような深刻な状況下では、単なる盛土では土地の価格に対するマイナスの影響(スティグマ)を解消できず、抜本的な「除去」を前提とした費用見積もりも決して過大ではないと認定しました。

最終的な評価額

  • 汚染がない場合の評価額:約3914万円
  • 控除された対策費用等:▲1830万円
  • 最終的な認定評価額:約2084万円

結果として、不動産評価額は約47%も下落しました。

弁護士の視点

この判決から学べる、不動産評価と相続実務における重要なポイントを解説します。

「見えない瑕疵」が資産価値を半減させるリスク

本件のように、一見普通の一戸建て住宅地であっても、地中調査の結果次第で資産価値が半分近くになるという事実は衝撃的です。

もし、この事実を知らずに「固定資産税評価額」や「近隣相場」だけで遺産分割協議をまとめていたら、不動産を取得した側は、将来売却する際に致命的な損害(隠れ借金のような状態)を被ることになります。

相続における具体的な対策

特に、工場跡地、クリーニング店跡地、あるいは本件のような埋立地履歴のあるエリアの不動産を扱う際は、以下のステップが重要です。

  1. 地歴調査(土地の履歴書)の確認
    いきなり高額なボーリング調査をしなくても、古い地図や閉鎖登記簿を確認し、過去に何があった土地かを調べるだけでリスクを予見できます。
  2. 遺産分割協議書へのリスク条項の追加
    調査をせずに遺産分割をする場合は、「もし後から土壌汚染や地中埋設物が見つかった場合、その処理費用は誰がどう負担するか(あるいは再協議するか)」を取り決めておくことが、将来の親族間トラブルを防ぐ有効な予防策です。

よくある質問(FAQ)

実際に汚染除去工事をするつもりがなくても、評価額は下がりますか?

はい、下がります。

不動産の評価額(時価)とは、「今、市場で売ったらいくらになるか」という金額です。所有者が工事をする気がなくても、買う人が「工事費分を値引いてくれ」と言うのが通常であれば、その値引き後の価格が「時価」となります。

固定資産税評価額には、土壌汚染は反映されていますか?

ほとんどの場合、反映されていません。

役所が通知する固定資産税評価額は、標準的な土地の状態を前提に計算されており、個別の土地の地下にある汚染までは考慮されていません。そのため、遺産分割で固定資産税評価額をそのまま使うと、実際の価値より高く見積もってしまう危険性が高いです。

相続税の申告でも、土壌汚染による減額は認められますか?

認められる可能性があります。

国税庁の通達等に基づき、土壌汚染が判明している土地については、その浄化費用相当額(見積額)の80%相当を評価額から控除できる場合があります。ただし、単なる「疑い」だけでは認められず、調査データや見積書などの客観的な証拠が必要です。

目次