代償分割はどのような場合に許されるか──当事者の意向と支払能力の審理を欠いた審判を取り消した事例|東京高決平成12年11月21日

判例のポイント

遺産分割の審判で、不動産などの現物を取得する相続人に代償金の支払を命じる方法(代償分割)は、裁判所が無条件に選べる分割方法ではありません。本決定は、代償分割が許されるのは家事審判規則109条にいう「特別の事由」がある場合に限られ、代償金支払に関する共同相続人の意向と、支払を命じられる相続人に支払能力があることが、当然に考慮されなければならないことを明らかにしました。そのうえで、支払能力に欠ける相続人に代償金の支払を命じ得るのは、他の相続人がその方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合に限られるとし、これらの審理を欠いたまま代償金の支払を命じた原審判を取り消して差し戻しています。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成12年11月21日(決定)
  • 事件番号:平成12年(ラ)第929号
  • 関連条文:民法907条、家事審判規則109条(現在の家事事件手続法195条に相当)

事案の概要

本件は、遺産分割の審判が、土地・建物などの現物を各相続人に割り付けたうえ、取得額の過不足を清算するために2人の相続人へ合計1568万円の代償金の支払を命じたところ、命じられた相続人らが「支払う資力がない」「他の相続人は支払を求めていなかった」と主張して即時抗告した事案です。

登場人物

  • A(被相続人):平成7年6月27日死亡。妻Y1との間に、X1・X2・Y2の3人の子がいる。
  • Y1(Aの妻・相手方):法定相続分2分の1。遺産である自宅建物にX2とともに居住。
  • X1(Aの長男・抗告人):法定相続分6分の1。原審の遺産分割審判の申立人。
  • X2(Aの二男・抗告人):法定相続分6分の1。Y1と同居。
  • Y2(Aの二女・相手方):法定相続分6分の1。

時系列

  • 平成7年6月27日:A死亡、相続開始(適式な遺言はなし)
  • 相続開始後:Y1がX1への相続分譲渡の意思表示をするが、X1夫婦との不和により撤回。X1夫婦は家を出て別居
  • 平成10年12月:遺産の土地のうち2筆が市に売却される(遺産分割の対象から除外)
  • 平成11年:X1が新潟家庭裁判所三条支部に遺産分割の審判を申立て
  • 平成12年4月12日:原審判。現物の割付とともに、X1・X2に代償金の支払を命じる
  • 平成12年11月21日:東京高等裁判所が原審判を取り消し、差戻し

経緯

Aの遺産は、新潟県内の土地14筆(評価額合計8409万円)、未登記の建物2棟(同288万円)、株式(同99万円)、電話加入権(同6万円)で、総額8802万円と評価されました。土地は利用状況に応じて5つの区画に分けて評価され、X1が倉庫の敷地として使っている区画、Aの弟が長年通路や駐車場として使ってきた区画、Y1とX2が住む自宅建物の敷地、Y1が畑として使っている区画、貸畑や残地の区画がありました。

法定相続分どおりに計算した各相続人の具体的相続分(各相続人が最終的に取得すべき額)は、Y1が4401万円、X1・X2・Y2が各1467万円です。

原審判は、南側の土地3筆(2037万円)をX1に、北側の土地7筆と電話加入権(計2465万円)をX2に、中央の土地4筆と建物2棟(計4201万円)をY1に、株式(99万円)をY2に取得させる割付をしたうえで、取得額の過不足を清算するため、X1からY1へ200万円、X1からY2へ370万円、X2からY2へ998万円の代償金を、審判確定の日から3か月以内に支払うよう命じました。

これに対しX1は、住宅ローンを抱える給与所得者で代償金を支払う資力がなく、土地を売却して捻出しようにも評価額どおりに売れる見込みは乏しいなどと主張して、X2は、Y1とY2が審判の中でX2に代償金の支払を求めない旨を申し出ていたのに支払を命じたのは不当であると主張して、それぞれ即時抗告しました。

なお、X1は抗告審で、Y1から相続分の譲渡を受けたので自分の相続分は3分の2であるはずだという主張もしていますが、本決定はこの点について判断を示していません。

争点

当事者の意向や支払能力を審理しないまま、代償金の支払を命じることは許されるか

抗告人X1の主張:X1は住宅ローンを抱える給与所得者であり、代償金を支払う余裕はない。捻出するには取得した土地を売却するしかないが、評価額どおりに売却できる見込みは乏しく、経費や譲渡所得税を差し引けば手取りは大きく目減りする。そもそも相続人間で代償金の授受は想定されておらず、不意打ちの審判である。

抗告人X2の主張:Y1とY2は、本件の遺産分割審判においてX2に代償金の支払を求めない旨を申し出ていた。それにもかかわらず代償金の支払を命じた原審判は不当である。

原審判の立場:現物の割付によって生じる具体的相続分の過不足は、代償金の支払によって清算するのが相当である(当事者の意向や支払能力については触れていませんでした)。

なお、相手方Y1・Y2が抗告審でどのような反論をしたかは、決定文上には現れていません。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:代償金支払に関する当事者の意向や、支払を命じられる相続人の支払能力について審理を尽くさないまま代償金の支払を命じた原審判は相当でなく、取り消して差し戻す。
  • 理由:代償分割が許されるのは家事審判規則109条の「特別の事由」がある場合に限られるところ、代償金支払は債務負担を命じるものである以上、共同相続人の意向と支払能力は「特別の事由」として当然に考慮されなければならないから。

判決文の引用

東京高等裁判所は、代償分割が許される場合について、次のように判示しました。

遺産分割において相続人間で具体的取得分に過不足を生じた際に、特別な事由があると認められる場合には、遺産取得の超過分を代償金支払という債務負担の方法により清算することも許容される(家事審判規則109条)が、その際、代償金支払が債務負担を命じるものであることから、当然に、代償金支払に関する共同相続人の意向や、代償金支払を命ぜられる相続人に債務の支払能力のあることが上記「特別の事由」として考慮されるべきであることは明らかであり、代償金の支払能力に欠ける相続人に対し代償金支払を命じ得るのは、他の相続人がそのような方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合に限られるとするのが相当である。

そのうえで、本件の原審の審理状況について、次のように指摘しています。

のみならず、原審においては、原審判が代償金支払を命じた抗告人ら各自の代償金支払能力について全く審理されておらず、その能力のあることを認めるに足りる資料も認められない。また、原審判が支払を命じた金額及び支払期限に照らせば、抗告人らの支払能力に関する審理をしないまま代償金支払を認めることを容認すべき事情は更に乏しいものというべきである。

判例の考え方

本決定の論理は、次の3段階で整理できます。

第1に、代償分割は例外的な分割方法であるという出発点。本決定は、相続人間の取得分の過不足を代償金の支払で清算する方法が許されるのは、「特別な事由があると認められる場合」に限られることを確認しました(家事審判規則109条)。代償分割は、裁判所がいつでも自由に選べる方法ではない、というのが出発点です。

第2に、「債務負担を命じる」という性質から考慮要素を導いたこと。代償金の支払を命じる審判は、相続人に新たな金銭債務を負わせるものです。本決定は、この性質から「当然に」、代償金支払に関する共同相続人の意向と、支払を命じられる相続人に支払能力のあることの二つが、「特別の事由」の判断で考慮されなければならないとしました。望んでいない多額の債務を審判によって負わされる側への配慮と、支払の見込みがない代償金を命じても清算として機能しないという実際面の、両方を踏まえた判断と読むことができます。

第3に、支払能力を欠く場合の歯止め。本決定は、支払能力に欠ける相続人に代償金の支払を命じ得るのは、「他の相続人がそのような方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合」に限られるとしました。支払能力は原則として必要であり、それを欠く相続人への支払命令は、受け取る側がその方法を積極的に望んでいるなどの例外的な場面に限られる、という整理です。

結論に至る処理

本決定はまず、原審判が採用した土地・建物の割付方法自体は、各土地の位置関係、現況、利用状況に照らして「必ずしも不当とはいえない」としました。問題とされたのは、代償金の部分です。

原審では、代償金支払の方法を採ることについて当事者全員の意向が明確に聴取された形跡がなく、X1が家庭裁判所調査官の調査に対し、分割案の一つとして、具体的な金額を前提としないまま代償金支払に言及した程度にとどまっていました。また、X1・X2の支払能力については全く審理されておらず、支払能力を認めるに足りる資料もありませんでした。本決定は、命じられた金額と支払期限(審判確定の日から3か月以内)に照らせば、支払能力の審理をしないまま代償金支払を認めてよい事情はいっそう乏しいとも指摘しています。

さらに、X2が主張した「Y1・Y2は代償金の支払を求めない旨を申し出ていた」という点についても、その事実の有無や両名の意向次第では遺産分割の方法・内容に大きな変更をもたらす可能性があるのに、原審はこれを審理していませんでした。

加えて、原審判の分割方法に代わる方法(たとえば遺産の一部売却)を検討するにも、当事者の意向を踏まえた土地の特定や分筆の要否、売却方法の選択など、審理すべき点が多く残されているのに、原審ではほとんど審理されておらず、抗告審の手元の資料では相当な分割方法を判断できない状態でした。

そこで本決定は、審理を尽くさせるため、原審判を取り消して、本件を新潟家庭裁判所三条支部に差し戻しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

審判で代償金の支払を「命じる」場面についての判断であること

本決定が理由の中心に据えたのは、「代償金支払が債務負担を命じるものであること」です。つまり本決定は、裁判所が審判によって、相続人の意思にかかわらず代償金債務を負担させる場面を対象としています。相続人全員が協議や調停で合意して代償分割をする場面の規律を述べたものではありません。

意向と支払能力は「当然に考慮されるべき」要素として示されたこと

本決定は、共同相続人の意向と支払能力が「特別の事由」として「考慮されるべきであることは明らか」としました。これは、この二つを考慮しないまま代償金の支払を命じることは許されない、という趣旨です。他方で、「特別の事由」として考慮される要素をこの二つに限定する旨を述べたものではありません。

支払能力を欠く相続人への支払命令も一切許されないわけではないこと

本決定は、支払能力に欠ける相続人への代償金支払命令を、「他の相続人がそのような方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合」には認める余地を残しています。「等」という表現からも、他の相続人の積極的な希望は例示であり、支払能力の不足が直ちに代償分割を不可能にするわけではないことが読み取れます。

差戻しの判断であり、本件で代償分割を否定したものではないこと

本決定は、原審判を取り消して差し戻したものであり、本件で代償分割が許されないと確定的に判断したわけではありません。割付方法自体は「必ずしも不当とはいえない」とされており、差戻し後の審理で当事者の意向や支払能力が確認されれば、代償金の支払を伴う分割があり得ることは否定されていません。

実務での使い方

本決定は、不動産が遺産の中心を占める相続案件で、代償分割の採否や代償金の条件が争いになる場面で引用できる裁判例です。なお、本決定が依拠した家事審判規則109条は、家事事件手続法の施行(平成25年1月)に伴い廃止されましたが、現行の家事事件手続法195条が、特別の事情があると認めるときに、相続人に債務を負担させて現物の分割に代えることができるという同趣旨の定めを引き継いでいます。そのため、本決定の示した考え方は、現行法のもとでの遺産分割審判でも参考になると考えられます。

使える場面

典型は、自宅や事業用地など分けにくい不動産を特定の相続人が取得し、他の相続人との差額を代償金で清算する形が検討される場面です。協議や調停で全員が合意できればその内容で解決できますが、合意ができないまま審判へ進んだ場合、裁判所が代償金の支払を「命じる」には、本決定が示したとおり、当事者の意向と支払能力の審理が前提になります。

代償金の支払を命じられた側にとっては、意向や支払能力の審理を欠いたまま支払を命じた審判に対する即時抗告の根拠になります。本件でも、原審判は即時抗告によって取り消されています。

現物の取得を希望し、代償金を支払う側

自宅など特定の遺産をどうしても取得したい相続人にとっては、支払能力の主張・立証は自分の側の課題になります。支払能力が認められなければ、希望する形での現物取得の審判を得られないおそれがあるからです。

具体的には、預貯金の残高、収入資料、金融機関の融資証明(内諾を含む)、親族からの資金援助の裏付けなどを早い段階から準備し、代償金の支払が現実に可能であることを示します。あわせて、希望する取得内容と代償金支払の意思を手続の中で明確に表明しておくことが、本決定のいう当事者の「意向」の審理にも対応することになります。

代償金を受け取る側

代償金を受け取る立場の相続人にとっても、相手の支払能力は他人事ではありません。確定した審判で命じられた代償金は強制執行が可能ですが(家事事件手続法75条)、相手に資力がなければ現実の回収は困難です。相手の支払能力に疑問があるときは、代償分割に安易に乗らず、遺産を売却して代金を分ける換価分割を求めることも選択肢になります。

他方、支払能力に不安のある相手であっても、その相続人に現物を取得させたうえで代償金を受け取る形を積極的に望むのであれば、本決定のいう「他の相続人がそのような方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合」に当たり得ますから、その意向を手続の中で明確に表明しておくことになります。

立証上のポイント

本決定が審理不尽とした二つの点、すなわち当事者の意向支払能力が、そのまま立証活動の柱になります。

意向については、調停・審判の期日での陳述や主張書面での明示が基本です。本件では、調査官調査での断片的な言及だけでは「当事者全員の意向が明確に聴取された」とはいえないとされており、手続のどの場面で、だれが、どのような内容の意向を示したかが、記録上明確になっているかどうかが問われます。

支払能力については、預貯金残高、収入資料、負債の状況、融資証明などの客観資料が中心になります。本決定は、命じられた金額と支払期限との関係にも言及していますから、金額の規模に見合った原資の裏付けと、支払期限までに現実に用意できるかという時間的な見通しの両方を意識した立証が必要です。

併せて検討すべき周辺論点

第1に、代償金の額の前提となる遺産の評価です。本件の抗告理由でも、評価額どおりに土地を売却できる見込みは乏しく、経費や税負担を考えると手取りが大きく目減りするという不満が述べられていました。本決定はこの点自体に判断を示していませんが、実務では不動産の評価額に争いが生じることが多く、鑑定の要否を含めた検討が代償分割の前提になります。

第2に、換価分割との比較です。本決定も、原審判の分割方法に代わる方法として遺産の一部売却を検討するなら、土地の特定や分筆の要否、売却方法の選択などの審理が必要だと指摘しています。代償金の支払が見込めない事案では、換価分割が現実的な受け皿になります。

第3に、配偶者居住権です。本件のY1のように、配偶者が自宅に住み続けることが課題になる事案では、令和2年4月1日以後に開始した相続であれば、自宅の所有権を取得して代償金の負担を負う方法のほかに、配偶者居住権を取得して自宅に住み続けるという選択肢もあります。配偶者居住権の評価額は所有権の価額より低くなるため、配偶者側の代償金の負担を抑えられる場合があります。

第4に、相続分の譲渡です。本件では、Y1がX1に相続分を譲渡する意思表示をした後に撤回したという経緯があり、原審判は譲渡の効力に疑義があるとして譲渡はなかったものとして扱いました。本決定はこの点に判断を示していませんが、相続分の譲渡や放棄の意思表示があった事案では、その効力が分割の前提問題になりますので、別途の検討が必要です。

目次