遺産分割で共有となった自宅の分割請求が「権利の濫用」として棄却された事例(東京高裁平成25年7月25日判決)

この記事のポイント
  • 争点: 遺産分割協議で不動産を「共有」とした後、共有者の一方が競売による換金(共有物分割)を求めることは有効か?
  • 結論: 裁判所は、居住者の生活基盤を奪う分割請求は、遺産分割時の前提を覆すものであり、「権利の濫用」に当たるとして請求を棄却した。
  • ポイント: 相続不動産を共有にする場合は、「誰がいつまで住むか」という利用条件を明確に合意しておくことが重要。
目次

事案の概要

本件は、亡くなった被相続人Aの遺産であるマンションを巡り、相続人同士で争いになった事案です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人A: 亡くなった父親
  • 原告X(控訴人): 相続人の一人。生活保護を受給し、賃貸アパートで別居生活を送っている。
  • 被告Y(被控訴人): 相続人の一人。本件マンションに居住し、年金等で生活している。
  • その他の相続人Z: 他の相続人。本件建物の共有には関与していない。

トラブルの経緯

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遺産分割協議による共有取得

Aの死亡後、X・Y・Zの間で遺産分割協議が行われました。その結果、本件マンションは、XとYが各2分の1の持分を持つ「共有」とすることになりました。

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生活の実態

遺産分割協議の前後から、Yは本件マンションに住み続け、Xは別のアパートで生活していました。

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共有物分割請求訴訟の提起

その後、Xは、「共有状態を解消したい」と考え、Yに対して「持分を買い取るか、できないなら建物を競売にかけて代金を分けよう(共有物分割請求)」と訴えを起こしました。

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Yの主張

Yは、資金力がないため、Xの持分を買い取ることはできません。本件マンションが競売になれば、住む場所を失います。Yは、「自分が生きている間はここに住むという前提で遺産分割をしたはずだ」と反論しました。

主な争点

遺産分割で合意した「共有」関係を解消するために、競売を求めることは認められるか?

民法上、共有者は、原則として、いつでも「共有物の分割」を請求することができます(民法258条)。

しかし本件では、「Yが住み続けることを前提に遺産分割協議(共有の合意)をしたにもかかわらず、その前提を覆してYを追い出すような請求をすることは許されるのか(権利の濫用ではないか)」が最大の争点となりました。

裁判所の判断

東京高等裁判所は、Yの主張を認め、Xの請求を棄却しました(東京高裁平成25年7月25日判決)。

裁判所は、Xの請求は「権利の濫用」に当たり許されないと判断しました。その理由は、以下のとおりです。

遺産分割時の「暗黙の前提」を重視

裁判所は、遺産分割協議当時の状況(Yは本件マンションに居住し年金生活、Xは別居し生活保護)から推測すると、相続人全員の間で以下の「前提」があったと認定しました。

「被控訴人(Y)はその存命中は本件建物に居住し(中略)他方で、控訴人(X)は、被控訴人とは別居して賃借アパートに居住し、主として生活保護によって生計を維持することを前提として、Aの遺産についての分割の協議をしたものと推認することができる。」

重大な事情変更がない

遺産分割協議の当時と現在を比較しても、Yは引き続き本件マンションで生活し、Xは生活保護を受けているという状況に重大な変化はありません。 それにもかかわらず競売を命じることは、上記の前提を一方的に覆し、Yの生活基盤を奪うことになります。

Xの必要性の乏しさ

Xは、分割を求める理由として、「専門学校に入学するための資金が欲しい」と主張しました。

しかし、裁判所は、Xの過去の生活歴や、Yに対して金銭を要求する際に強迫的な言動があったことなどを踏まえ、「前提を覆してまで実現すべき堅固な意思や必要性があるとは認められない」と判断しました。

結論

Xの請求は、共有取得時の前提(Yが生きている間は住むこと)を合理的な理由なく覆すものであり、権利の濫用に当たるため、認められませんでした。

弁護士の視点

この判例は、遺産分割における「共有」のリスクと、合意内容の重要性を示唆しています。将来のトラブルを防ぐために、以下の点に注意が必要です。

不動産の「共有」は極力避ける

不動産をきょうだいで共有にすると、将来的に「売りたい人」と「住みたい人」の間で意見が対立する可能性があります。原則として、不動産は単独所有にする(一人が不動産を相続し、他の人には代償金を支払うなど)方法を検討すべきです。

共有にするなら「利用条件」を書面に残す

やむを得ず共有にする場合は、遺産分割協議書とは別に、合意書を作成することをお勧めします。

  • 誰が住むのか(居住者)
  • いつまで住むのか(終身、〇年間など)
  • 家賃(使用料)は発生するか

これらを明確にしておかないと、本件のように「住むのが当然の前提だった」という主張と「いつでも分割できるはずだ」という主張がぶつかり、裁判に発展する恐れがあります。

「権利の濫用」は例外的な判断

注意が必要なのは、裁判所が常に「住んでいる人」を守るわけではないということです。本件は、遺産分割協議の前提のみならず、Xの言動や生活保護受給の背景、Yの年齢や健康状態(うつ病等)など、個別具体的な事情を総合考慮して「例外的に」請求を棄却した事例です。通常は、共有物分割請求が認められ、競売(換価分割)となる可能性が高いことを理解しておく必要があります。

よくある質問(FAQ)

共有名義の不動産は、相手の同意がなくても売却できますか?

自分の「持分」だけなら売却できますが、不動産全体を売却するには全員の同意が必要です。

ただし、自分の持分だけを買い取ってくれる第三者は、極めて限定的です。不動産全体を処分したい場合は、本件のように裁判所に「共有物分割請求」を行い、最終的に競売にかける方法をとることになりますが、本件のように「権利の濫用」として制限される場合もあります。

共有不動産に住んでいるきょうだいから家賃を取ることはできますか?

共有不動産を単独で使用しているきょうだいに対しては、持分を超える使用の対価を請求できます(対価償還義務。民法249条2項)。

ただし、長年請求していない場合、「無償で使用する合意(使用貸借)」があったとみなされる可能性があります。家賃を請求したい場合は、遺産分割の話し合いの時点で明確に取り決めておく必要があります。

「権利の濫用」とはどういう意味ですか?

形式的には権利を持っているように見えても、その行使が正当な範囲を超えて他者に不当な損害を与える場合、その権利行使を認めないという法理です。

本件では、Xには「共有物を分割する権利」がありますが、それを行使することでYが住居を失うという結果があまりに酷であり、かつ過去の合意(前提)に反するため、権利の行使自体が許されないと判断されました。

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