たんの吸引などの医療行為を「看護報酬分」として加算し、約759万円の寄与分を認めた事例(東京高裁平成29年9月22日決定)

この記事のポイント
  • 争点:家族による「たんの吸引」等の医療行為は、通常の身体介護とは別に評価されるか?
  • 結論:裁判所は、重度の「介護日当」に加え、医療行為の対価を「別枠で加算(上乗せ)」し、約759万円の寄与分を認めた。
  • ポイント:医療行為の回数や内容を記録した「介護日誌」があれば、基本の介護報酬に上乗せして請求できる可能性がある。
目次

事案の概要

本件は、亡くなった親の遺産分割において、長年にわたり同居して在宅介護を担った長女と、それ以外の相続人との間で、介護の労力を評価する「寄与分」の金額が争われた事例です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人A:X・Yらの母
    • 状態:脳梗塞の後遺症等により、亡くなる前の約3年半は「要介護4」から「要介護5」。自力での食事・排泄・寝返りが不能。特に晩年は、自力で痰(たん)を出せず、窒息を防ぐために頻繁な「たんの吸引」が必要でした。
  • 申立人X:Aの長女。母と同居し、在宅介護をメインで行った介護者。
  • 相手方Yら:他のきょうだい。母の介護には直接関わらなかった他の相続人。

トラブルの経緯

経緯

在宅介護の重篤化(医療的ケアの発生)

母Aの病状が悪化し、施設に入らず自宅療養を選択。Xはヘルパー等のサービスも利用しましたが、サービスの隙間を埋めるように、1日平均8回以上の「たんの吸引」等の過酷なケアを続けました。

経緯

遺産分割協議・調停の決裂

Aの死後、Xは「看護師並みの高度なケアをして財産減少(入院費等)を防いだのだから、その対価(寄与分)を遺産に上乗せしてほしい」と主張。しかし、Yら側と折り合いがつかず、最終的に、家庭裁判所での審判へ移行しました。

経緯

家庭裁判所の判断

家庭裁判所はXの寄与分を認めましたが、その単価は全期間を通じて「ヘルパー(介護福祉士)」基準で計算しました。Xは、「命に関わる医療的ケアまでしたのに、評価が低すぎる」として、不服を申し立てました。

主な争点

本裁判における最大の争点は、「家族による医療行為(たんの吸引等)をどう評価するか?」でした。

介護の単価は「ヘルパー並み」か「看護師並み」か?

通常、親族による介護の寄与分を計算する際は、資格を持たない家族が行うため、プロの「訪問介護員(ホームヘルパー)」の報酬基準を参考に、修正して設定されることが一般的です。

しかし、Xは、「自分が行っていた『たんの吸引』は、ヘルパーでは対応できない高度なケアであり、より単価の高い『訪問看護(看護師)』の報酬基準で評価されるべきだ」と主張しました。

裁判所の判断

東京高等裁判所は、Xの主張を認め、家庭裁判所の認定額を約100万円上回る、総額759万3530円の寄与分を認めました(東京高裁平成29年9月22日決定)。

判断の理由

裁判所は、介護の労力を以下の3つの要素に分解し、それぞれを計算して「合算(積み上げ計算)」するという判断を下しました。 特に重要なのは、要介護5の期間について日当を高く設定した上で、さらに医療行為の対価を別枠で上乗せした点です。

評価要素計算式(×裁量割合0.7)裁判所の判断理由
① 要介護4の期間
(通常の身体介護)
日当 6670円 × 80日× 裁量割合0.7 = 約37万円通常の介護報酬(ヘルパー相当)を基準に評価。
② 要介護5の期間
(重度の身体介護)
日当 7500円 × 1176.5日× 裁量割合0.7 = 約617万円病状の悪化に伴い、身体介護の手間が増大したことを考慮し、要介護4の期間よりも基本日当を増額(ベースアップ)して評価。
③ 医療行為分
(たんの吸引等)
看護報酬分2850円×523日× 裁量割合0.7 = 約104万円身体介護(日当)とは別に、医療行為そのものの対価を独立して計算し、①②に「加算」した。

裁量的割合(0.7):「プロの報酬相当額の7割を寄与分として認める」という判断です。残りの3割は、家族としての「互助義務」として控除されました。

最終的な決定額

裁判所は、これら3つを合計し、以下のとおりに寄与分額を算定しました。

寄与分額 = ①(約37万円)+ ②(約617万円)+ ③(約104万円)= 759万3530円

この計算方法は、「身体介護の労力(②)」と「医療行為の労力(③)」を二重に(別々に)評価して積み上げるものであり、介護者の納得につながる判断といえます。

弁護士の視点

この判例から学べるのは、介護の内容を具体的に記録することの重要性です。「医療行為」が別枠で計算された事実は、今後の実務に大きな影響を与えます。

「いつ、何をしたか」の詳細な記録(介護日誌)

本件で勝敗を分けたのは、Xが「いつから吸引が必要になったか」「1日何回行ったか」を立証できた点です。
漫然と介護するのではなく、「〇月〇日 吸引開始」「1日平均8回吸引」といった具体的な記録(介護日誌)を大学ノート等に残してください。これが裁判での「証拠」になります。

医師の指示書やケアプランの保存

「要介護5」という認定結果だけでなく、ケアマネジャーが作成した「ケアプラン(サービス計画書)」や、医師の指示書を必ず保管してください。「家族が吸引を行っている」という記載が公的書類にあれば、強力な裏付けとなります。

遺言書による対策がベスト

寄与分の主張は、遺産分割協議がこじれた後の「最後の手段」であり、裁判には長い年月と精神的負担がかかります。
最も確実な予防策は、親が元気なうちに「長女Xには介護の負担に報いるため、遺産を〇〇万円多く相続させる」という付言事項付きの遺言書を作成してもらうことです。

よくある質問(FAQ)

親の食事を作ったり洗濯をしたりしただけでも、寄与分はもらえますか?

原則として認められません。

単なる家事(食事、洗濯、掃除)や見守りは、民法上の「親族間の扶助義務」の範囲内とされ、特別の寄与とはみなされません。寄与分が認められるには、親が要介護状態(要介護2以上が目安)にあり、「プロの介護職に匹敵する負担(排泄介助など)」を無償で長期間行ったという実績が必要です。

寄与分の計算に使われる「裁量的割合」とは何ですか?

「家族なんだからタダでやって当然」と評価される部分を差し引く係数です。

他人であるプロの介護士なら報酬は100%もらえますが、家族にはお互いに助け合う義務(扶養義務)があります。そのため、裁判実務ではプロの報酬相当額に0.5〜0.8程度の数字(裁量的割合)を掛け合わせて、金額を調整します。本件では0.7が採用されました。

寄与分を請求できる期限はありますか?

遺産分割が終わるまでは請求可能です。

ただし、令和3年の民法改正により、相続開始から10年が経過した後の遺産分割では、原則として、寄与分の主張ができなくなりました。証拠が散逸しないよう保管した上で、遺産分割を長期間放置しないことを強くお勧めします。

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