「夫名義の預金」で親のローンを返済しても「寄与分」になると判断した事例(大阪高裁平成27年3月6日決定)

この記事のポイント
  • 争点親の借金を「相続人の夫名義」の預金から返済した場合、妻(相続人)の寄与分として認められるか?
  • 結論裁判所は、妻も働き家計を支えていた実態などを踏まえ、夫名義の支出であっても「妻の意思に基づく寄与」として約700万円を認めた。
  • ポイント親の援助をする際は、誰の負担か曖昧にならないよう記録を残し、可能であれば「代償として遺産を譲る」旨の遺言書を作成してもらうことが重要。
目次

事案の概要

本件は、亡くなった母親の遺産分割をめぐり、長女と、先に亡くなった次女の子供たちである孫との間で「寄与分」が争われた事例です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人A:亡くなった母親。生前に借地(底地)を買い取り、その借金を抱えていた。
  • 申立人X:Aの長女。夫Bと共にAの生活を支え、資金援助を行っていた。
  • 相手方Y1、Y2:亡き次女の子供たち(Aの孫)。代襲相続人として各1/4の相続権を持つ。
  • Xの夫B:Xの配偶者。ローンの名義人(債務者)となり、自身の口座から返済を行っていた。

事実の経緯

STEP

Aの土地の購入

母親Aは、長年借りていた自宅の底地(土地の所有権)を地主から買い取ることにしました。しかし、A自身には十分な資金がなく、購入資金として銀行から約700万円を借りました。
この際、ローンの名義人(債務者)となったのはAではなく、長女Xの夫であるBでした。

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ローンの返済から相続まで

その後、約700万円のローンは、夫B名義の預金口座から引き落とされる形で完済されました。A自身の収入(年金や賃料)は生活費に消えており、Aが自分で返済した記録はありませんでした。

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相続トラブルの発生

Aが亡くなった後の遺産分割協議において、長女Xは「夫と協力して親の借金を全額肩代わりしたのだから、その700万円分を私の『寄与分』として遺産から先に差し引いてほしい」と主張しました。

これに対し、孫のYらは「お金を出したのは夫のBさんであって、相続人のXさんではない。夫からの援助は寄与分にはならない」と反論し、真っ向から対立しました。

主な争点

「夫名義の資金」による援助は、妻(相続人)の寄与として認められるか?

法律上、寄与分が認められるのは、原則として「相続人自身」が貢献した場合に限られます。
本件の最大の争点は、親のローン返済に使われたお金が、X本人名義の口座ではなく、夫B名義の口座から出されていたという点です。

「夫の金は夫のもの(夫婦別産制)」と形式的に捉えれば、これは「義理の息子(第三者)が親を助けただけ」であり、「相続人である妻(X)の貢献ではない」ということになります。
実際に、一審(家庭裁判所)ではこの理屈によりXの主張は認められず、却下されていました。

裁判所の判断

大阪高等裁判所は、一審の判断を覆し、長女Xの主張を全面的に認め、700万円全額をXの寄与分と決定しました(大阪高裁平成27年3月6日決定)。

裁判所は、口座の名義という「形式」よりも、夫婦生活の「実態」と「当事者の意思」を重視しました。

「家計の一体性」を評価

当時、夫Bは会社の代表を務め、妻Xもその会社で事務員として働き、給与を得ていました。

裁判所は、夫婦が協力して生計を立てていた実態に着目し、夫名義の預金であっても、それは「夫婦が協力して築いた一家の家計(共有財産的性質)」から出されたものであると考えました。

「妻の意思」に基づく支出

ローン返済は、夫Bが勝手に(あるいは個人的な贈与として)行ったものではなく、妻Xの「親に家を持たせてあげたい、借金を返してあげたい」という強い意思に基づいて行われました。

裁判所は、この支出が「Xの意思に基づき、一家の家計から支払われた」ものである以上、「X自身が身銭を切って支出した(=X自身の寄与)」と同視できると判断しました。

結論

この判決は、「夫婦のお財布は実質一つであり、妻が家計をやりくりして親を助けたなら、形式上の名義が夫でも、それは妻の努力として評価すべきだ」という、家族の実態に寄り添った判断と言えます。

これにより、Xは、遺産の大部分(寄与分700万円+本来の相続分)を取得することになりました。

弁護士の視点

この判例は、配偶者と協力して親を支えている方にとって朗報ですが、すべてのケースで認められるわけではありません。将来のトラブルを防ぐための対策は、以下のとおりです。

「誰のための支出か」を記録に残す

夫の口座から親の費用を払う場合、単なる「生活費の援助」なのか「借金の肩代わり(立替)」なのかが曖昧になりがちです。
通帳の摘要欄にメモを残す、あるいは日記や家計簿に「〇月〇日、母のローン返済として家計から〇万円支出」と記録し、それが「相続人(自分)の意思による支援であること」を証拠化しておきましょう。

遺言書で「貢献」を明記してもらう

寄与分の主張は、遺産分割調停で最も揉める要因の一つであり、認められるハードルも非常に高いのが現実です。
親の借金を肩代わりしたり、多額の援助をしたりしている場合は、親にお願いして「長女Xには借金を返済してもらったので、その代償として自宅不動産を相続させる」といった内容の遺言書を作成してもらうのが、最も確実で円満な解決策です。

よくある質問(FAQ)

親と同居して生活費や食事の世話をしていた場合も、寄与分になりますか?

基本的には認められにくいです。

本件判決でも、長女Xによる「約18年間の食事の世話」についての寄与分請求は却下されています。親子には互いに助け合う「扶養義務」があるため、通常の生活費を出したり家事を手伝ったりする程度では「特別の寄与」とはみなされません。
寄与分が認められるのは、親の財産を減らさないために(ヘルパー代相当額などの)明確な支出を免れさせたといえるような、特別な貢献があった場合に限られます。

夫が親の介護をがんばってくれた場合、私の寄与分になりますか?

はい、認められる可能性があります。

判例により、相続人の配偶者(夫や妻)が献身的に介護を行った場合、それを「相続人の手足となって動いた(履行補助者)」とみなし、相続人自身の寄与分として評価する考え方が定着しています。ただし、「時々見舞いに行った」程度ではなく、介護施設の利用を減らせるほどの実質的な介護労働が必要です。

寄与分が認められると、具体的な相続分はどう変わりますか?

寄与分を先に引き算してから、残りを分けます。

本件の数字で説明すると、遺産総額が約789万円、認められた寄与分が700万円でした。 計算式は以下のようになります。

  1. みなし相続財産:789万円 - 700万円(寄与分) = 89万円
  2. 各人の取り分:残りの89万円を法定相続分で分ける。
    • 長女X:44.5万円
    • 孫Yら:44.5万円(2人で)
  3. 最終取得額
    • 長女X:700万円(寄与分) + 44.5万円 = 744.5万円
    • 孫Yら44.5万円(2人で)

このように、寄与分が認められると、貢献した人が遺産の大半を取得できる結果になることもあります。

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