登記名義を移さず固定資産税も負担しなかった占有は「所有の意思」を欠くか──他主占有事情として十分とはいえないとした事例|最判平成7年12月15日

判例のポイント

取得時効の前提となる「所有の意思」(自分のものとして占有する意思。これがある占有を自主占有といいます)は、占有者が心の中でどう思っていたかではなく、占有を始めた原因や占有に関する事情から、外形的・客観的に判断されます。本判例は、登記名義人に対して長期間にわたり移転登記手続を求めず、その土地の固定資産税も全く負担しなかったという事情があっても、占有者と登記名義人とが本家・分家の関係にあり、経済的な援助関係もあったなどの事実関係の下では、それだけで所有の意思を否定する事情(これを「他主占有事情」といいます)として十分とはいえない、と判断した事例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第二小法廷
  • 判決日:平成7年12月15日
  • 事件番号:平成6年(オ)第1905号
  • 関連条文:民法162条、186条1項/地方税法343条

事案の概要

本件は、本家・分家の関係にある親族が長年占有してきた土地について、占有者側の相続人が、本家側の相続人に対し、取得時効の成立を理由として持分移転登記を求めた事案です。

登場人物

  • A(本件土地の元の所有者):本家の当主。Bの兄。
  • C(Aの子):Aの死亡により本件土地を相続し、所有権移転登記を経た。
  • Y1(Cの妻)・Y2(Cの子):Cの死亡により本件土地の持分を相続した相続人。被上告人。
  • B(Aの弟):分家の者。本件土地の上に建物を建てて占有を開始した。
  • X1(Bの子)・X2(X1の夫):Bの占有を承継したと主張する者。上告人。

時系列

  • 昭和30年9月頃:Aが本件土地を所有(Bは別の土地〔以下「589番の土地」といいます〕を所有)
  • 昭和30年10月3日:589番の土地につき、同日の売買を原因として、BからCへの所有権移転登記。Bが本件土地上に居宅を建て、妻子とともに居住を開始
  • 昭和31年8月29日:A死亡。Cが本件土地につき相続を原因とする所有権移転登記を経る
  • 昭和38年頃:Bが建物を移築
  • 昭和40年8月頃:Bが建物を増築
  • 昭和42年4月頃:X2が本件土地上に作業所兼居宅を建築
  • 昭和49年5月29日:B死亡
  • 昭和60年:X2が建物を増築
  • 平成元年5月24日:C死亡。Y1・Y2が本件土地の持分を相続し、移転登記を経る
  • 平成5年8月27日:第一審判決(東京地方裁判所・請求棄却)
  • 平成6年6月16日:控訴審判決(東京高等裁判所・控訴棄却)
  • 平成7年12月15日:最高裁判決(一部破棄差戻、一部上告却下)

経緯

AとBは兄弟で、A家が本家、B家が分家という関係にありました。両家とも農業を営んでいましたが、Bは幼い子を抱えて経済的に苦しい生活をしており、本家であるA家(Aの死後はその子C)から援助を受けることもありました。

昭和30年10月頃、それまで借家住まいだったBは、本件土地の上に建物を建て、妻子とともに居住を始めます。その後Bはこの建物を移築・増築し、さらにX2(Bの子X1の夫)が昭和42年に作業所兼居宅を建て、昭和60年にはこれを増築しました。これらの建築について、本件土地の登記名義人であったAまたはCが異議を述べたことは一度もありませんでした。

もっとも、本件土地の登記名義はAからC、さらにCの死後はその相続人Y1・Y2へと移っていく一方で、B・X1・X2の側は、自分たちへの移転登記を求めることなく長期間放置し、本件土地の固定資産税もまったく負担していませんでした。

Bの相続人であるX1とその夫X2は、本件土地について複数の取得原因を主張して、Y1・Y2に対し持分移転登記を求める訴えを起こしました。具体的には、第一次的にはBとCとの間の土地交換契約を、第二次的にはBの占有による取得時効を、第三次的にはX1・X2自身の占有による取得時効を、それぞれ主張しています。

第一審・控訴審は、いずれもX側の請求を退けました。取得時効の点については、Bおよびその承継人であるX1・X2には本件土地を所有する意思がなかったとして、自主占有を否定したのです。X側が上告したのが本件です。

争点

本件で最高裁が判断したのは、取得時効の前提となる「所有の意思」の有無、すなわち自主占有か他主占有かという点です。第一次的請求である交換契約の成否については、上告理由書が提出されず上告が却下されているため、最高裁の実質的な判断はこの取得時効の点に絞られています。

長期間移転登記を求めず固定資産税も負担しなかったことは、所有の意思を否定する事情(他主占有事情)として十分か

本件は、原審(第一審・控訴審)の判断と、最高裁の判断とが対立する形になっています。原審は、第一に、B・X1・X2の内心の意思が所有の意思のあるものと認めるに足りないこと、第二に、B・X1・X2が本件土地の登記名義が自分たちにないことを知りながら長期間にわたって移転登記手続を求めず、固定資産税も全く負担しなかったことを総合して考慮すると、所有者として当然とるべき措置をとっていないとして、B・X1・X2には所有の意思がなかったと判断しました。

これに対しX側(上告人)は、Bは本件土地の上に建物を建てて妻子とともに居住し、その後も移築・増築を重ね、X2も建物を建てて占有を続けてきたこと、これらに対して登記名義人が一切異議を述べていないことを挙げ、移転登記を求めず固定資産税を負担しなかったとしても、本家・分家という人的関係を考えれば異常なことではなく、所有の意思は否定されないと主張しました。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:登記名義人に対して長期間にわたり移転登記手続を求めなかったことや、その固定資産税を全く負担しなかったことをもって、他主占有事情として十分であるということはできない。
  • 理由:これらの事実は、占有者と登記名義人との人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともあり、常に決定的な事実であるわけではないから。

判決文の引用

最高裁は、まず所有の意思の判断基準について、次のように判示しました。

所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものである

そのうえで、移転登記手続を求めないことの評価について、次のように述べています。

この事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によつては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある

そして本件の結論として、次のように判示しました。

所有権移転登記手続を求めなかつたこと及び固定資産税を負担しなかつたことをもつて他主占有事情として十分であるということはできない

判例の考え方

本判決の論理は、次のように整理できます。

第1に、所有の意思は外形的・客観的に判断するという出発点。民法186条1項は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しています(自主占有の推定)。したがって、取得時効を争う相手方、つまり占有が他主占有だと主張する側が、所有の意思のない占有であることを立証しなければなりません。そして、その「所有の意思」は、占有者が心の中でどう思っていたかではなく、占有を始めた原因(権原)や占有に関する客観的な事情から、外形的・客観的に判断されます。

第2に、所有の意思を否定するには二つの道がある。一つは、その性質上はじめから所有の意思がないとされる権原(たとえば賃貸借や使用貸借)に基づいて占有を取得した事実が証明される場合です。もう一つは、占有者が、真の所有者なら通常はとらないような態度を示したり、所有者なら当然とるはずの行動をとらなかったといった「他主占有事情」が証明される場合です。このいずれかが立証されて初めて、所有の意思を否定できます。

第3に、原審が内心の意思を理由にした点の誤り。原審は、B・X1・X2の内心の意思が所有の意思のあるものと認めるに足りないことを理由の一つにしていました。しかし、これは内心の意思を問題にするものであって、外形的・客観的な判断の枠組みに沿っていません。所有の意思は内心ではなく外形的・客観的に定めるべきであるという基準に照らすと、内心の意思の不存在を理由に所有の意思を否定するのは誤りだ、というのが最高裁の指摘です。

第4に、移転登記・固定資産税の不負担をどう評価するか。最高裁は、移転登記手続を求めないことについて、これは基本的には占有者の悪意(自分に所有権がないと知っていること)を推認させる事情であって、他主占有事情として考慮される場合でも、占有者と登記名義人との人的関係等によっては、所有者として異常な態度とはいえないこともある、と述べました。固定資産税の不負担についても、納税義務者は登記簿上の所有名義人とされていること(地方税法343条)を踏まえ、他主占有事情として通常問題になるのは、占有者が固定資産税の賦課を知りながら自分が負担すると申し出ないことであるとしたうえで、これも移転登記を求めないことと大筋で変わらず、税額等の事情によっては異常な態度とはいえないこともある、としています。つまり、これらの事実は、他主占有事情の判断において意味を持つ場合もあるが、常に決定的な事実ではない、という位置づけです。

第5に、本件の人的関係に即した総合判断。本件では、Bが本件土地上に建物を建て、移築・増築を重ね、X2も建物を建てたのに対し、登記名義人であったAまたはCが一度も異議を述べなかったこと、AとBが兄弟で本家・分家の関係にあり、経済的に苦しいB家が本家から援助を受けることもあったこと、といった事情がありました。これらを総合すると、移転登記を求めず固定資産税を負担しなかったことだけでは、他主占有事情として十分とはいえない、と判断されました。

結論に至る処理

最高裁は、原審の判断には所有の意思に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、それが審理不尽・理由不備にもつながっていると判断しました。そのうえで、原判決のうち取得時効に係る部分(第二次的請求・第三次的請求に係る部分)を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、この部分を控訴審(東京高等裁判所)に差し戻しています。

なお最高裁は、原審が固定資産税について、AやCにいつからどの程度の金額が賦課されていたのか、B・X1・X2がいつそれを知ったのかを審理していない点も、審理不尽として指摘しています。固定資産税の不負担を他主占有事情として評価するなら、占有者がその賦課を知りながら負担を申し出なかったといえる事実関係が必要であり、その点の審理が欠けていた、という趣旨です。

他方、第一次的請求(交換契約を原因とする登記請求)については、上告理由書が提出されなかったため、この部分の上告は不適法として却下されています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「常に決定的な事実であるわけではない」という位置づけ

最高裁は、移転登記を求めないことや固定資産税を負担しないことについて、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的・客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない、と述べています。ここから読み取れるのは、これらの事情が他主占有事情として一切意味を持たない、と述べたわけではないという点です。本判例は、これらの事情が他主占有事情になり得ること自体は否定せず、本件の具体的事実関係の下では「十分とはいえない」と判断した事例判断として理解するのが正確です。

占有者と登記名義人との人的関係による評価の違い

最高裁は、移転登記を求めないことの評価について、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある、と述べています。本件では、本家・分家という親族関係と、本家から分家への経済的援助があったという事情が、評価を左右しました。判決文の表現に即して読めば、これらの事実の評価は当事者間の人的関係を抜きには定まらない、ということになります。

固定資産税の不負担を評価する前提

最高裁は、固定資産税の不負担が他主占有事情として通常問題になるのは、占有者が、登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことである、と述べています。つまり、占有者が賦課の事実を知っていたことが前提になります。本件で最高裁が審理不尽を指摘したのも、この前提、すなわちいつから、どの程度の額が賦課され、占有者がいつそれを知ったのかという点の審理が欠けていたためです。固定資産税の不負担を他主占有事情として位置づけるには、占有者の認識という前提事実が必要だという点が、判決文から読み取れます。

関連判例

本判決が判断の根拠として引用した先例は、次のとおりです。

  • 最判昭和58年3月24日(民集37巻2号131頁):所有の意思は占有者の内心の意思ではなく、占有取得の原因である権原または占有に関する事情により外形的・客観的に定められるべきであり、他主占有事情が証明されて初めて所有の意思を否定できる、とした判例。本判決は、この自主占有の判断枠組みを前提として引用しています。

実務での使い方

本判例は、親族間や先代から続く土地の占有について取得時効が争われる場面で使われます。とりわけ、登記名義が実態と食い違ったまま長年放置されてきた不動産をめぐる争族案件で、占有者側が時効取得を主張するときの支えになります。

使える場面

典型は、先代どうしの兄弟(本家・分家)の間で、一方が他方名義の土地に建物を建てて長年住み続け、その相続人どうしが土地の帰属を争う、という構図です。占有者側の相続人が「先代からの占有を引き継いで時効取得した」と主張するのに対し、登記名義人側が「移転登記も求めず固定資産税も払っていないのだから、所有の意思はなかった(他主占有だ)」と反論してくる、という争いになります。

本判例は、この場面で、移転登記を求めず固定資産税を負担しなかったという事実だけでは、ただちに所有の意思を否定する事情にはならない、という結論を支えます。

時効取得を主張する側(占有者側・その相続人)

時効取得を主張する側は、相手方が持ち出す「移転登記を求めなかった」「固定資産税を払わなかった」という事情に対して、本判例を引用し、それだけでは他主占有事情として十分でないと反論できます。そのうえで、次の事実を具体的に押さえることが重要です。

第1に、占有者と登記名義人との人的関係です。本家・分家、兄弟、親子といった親族関係や、当事者間の援助・依存関係など、移転登記を求めないことや固定資産税を負担しないことが「この間柄では異常とはいえない」と評価される事情を、具体的に主張します。

第2に、占有者による所有者らしい振る舞いと、登記名義人がそれを黙認していた事実です。建物の建築・移築・増築、長期間の居住といった事実と、それに対して登記名義人が異議を述べなかったことは、外形的・客観的にみて所有の意思を裏付ける方向に働きます。

第3に、占有を始めた原因(権原)が、その性質上所有の意思のないものとされる権原(賃貸借・使用貸借など)でないことです。本件で問題になった原審の判断は、占有開始の権原を確定しないまま内心の意思を問題にした点に誤りがありました。裏を返せば、占有者側としては、占有開始が他主占有権原に基づくものではないことを示せると有利になります。

時効取得に対抗する側(登記名義人側・その相続人)

逆に、時効取得を争う登記名義人側は、本判例を踏まえると、移転登記を求めなかった・固定資産税を負担しなかったという事実を並べるだけでは足りないことを前提にする必要があります。

第1に、固定資産税の不負担を他主占有事情として主張するなら、占有者が、登記名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出なかったという事実関係を立証する必要があります。いつから、どの程度の額が賦課され、占有者がいつそれを知ったのかという点まで踏み込んだ主張・立証が求められます。本件で最高裁が審理不尽を指摘したのは、まさにこの前提事実の審理が欠けていたためです。

第2に、占有開始の権原が、その性質上所有の意思のないものとされる権原(賃貸借・使用貸借など)であったことを立証できれば、他主占有事情を積み上げるまでもなく、所有の意思を否定できます。本件でも、本家が分家の居住のために土地を無償で貸したという経緯がうかがわれており、占有が使用貸借に基づくものだったとみる余地が記録上現れていました。占有開始時の合意や経緯を示す同時代の証拠を確保することが、立証の中心になります。

第3に、移転登記の不請求や固定資産税の不負担を、占有者と登記名義人との人的関係から切り離して評価できる事情を主張することです。両者が親族であっても、たとえば占有者自身が所有権を争う言動をしていなかった、固定資産税の負担をめぐって何らかのやり取りがあった、といった個別の事情があれば、評価は変わり得ます。

立証上のポイント

本判例が示しているのは、移転登記や固定資産税の不負担といった「占有者が所有者らしく振る舞わなかった」事実は、占有者と登記名義人との人的関係の中に置いて評価しなければならない、ということです。同じ事実でも、他人どうしの間でなら所有の意思を疑わせる事情になり得ますが、親族間で援助・依存の関係があれば、必ずしも異常な態度とはいえません。

したがって、自主占有か他主占有かが争われる事案では、移転登記や固定資産税といった個別の事実を一つひとつ取り上げるだけでなく、占有開始の経緯(権原)、当事者間の人的関係、占有期間中の双方の言動、登記名義人が占有を黙認してきたかどうか、といった事情を総合して主張・立証することが求められます。とりわけ、占有開始時の権原を示す同時代の証拠(契約書、当時のやり取り、関係者の認識)は、内心の意思に頼らない外形的・客観的な判断を左右する重要な材料になります。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は、所有の意思(自主占有)の判断方法を扱うものであって、取得時効の他の要件(占有の継続、占有期間、占有の承継など)について判断したものではありません。本件でも、Bの占有とX1・X2の占有を通算できるか、占有が本件土地のどの範囲に及んでいたか、といった点は、差戻し後の審理に委ねられています。時効取得を主張する際には、所有の意思だけでなく、これらの要件を併せて主張・立証する必要があります。

また、本件は取得時効の判例ですが、相続実務では、先代名義のまま放置されてきた不動産の帰属が、相続をきっかけに表面化することが少なくありません。占有者側の相続人が時効取得を主張する場合も、登記名義人側の相続人が反論する場合も、先代の占有の経緯や当事者間の人的関係といった古い事実関係を掘り起こして立証する必要があります。関係者が高齢化し、当時を知る人が少なくなっていることも多いため、早い段階で同時代の資料や証言を確保しておくことが大切です。

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