遺留分は誰にいくら請求できる?請求相手と順番のルールを弁護士が解説
「遺言書の内容が、特定の相続人に偏っていて納得できない」
「亡くなった親が生前に多額の贈与をしていたようで、自分の相続分が少ない気がする」
大切なご家族が亡くなられた後の相続手続きで、このようなお悩みを抱えていらっしゃる方はいませんか?
相続では、遺言書の内容が法定相続分と異なる場合や、生前贈与によって相続人間の取り分に大きな差が出ることがあります。そんな時、法律で保障された最低限の取り分として「遺留分」を請求できる可能性があります。
しかし、いざ遺留分を請求しようと思っても、
「そもそも誰に対して請求すればいいのか?」
「請求する相手が複数いる場合はどうなるの?」
「請求する順番に決まりはあるの?」
といった疑問が次々と浮かんでくるのではないでしょうか。
この記事では、相続問題に詳しい弁護士が、遺留分制度の基本的な仕組みから、遺留分を請求する相手は誰なのか、そして複数の相手がいる場合の請求の順番について、法律のルールに基づき、初心者の方にも分かりやすく解説します。
この記事を読むことで、遺留分請求の基本的なルールを理解し、ご自身の状況を整理するための一助となれば幸いです。
そもそも「遺留分」とは?最低限保障された相続人の権利
遺留分請求の相手や順番を理解する前に、まずは「遺留分」そのものについて基本的な知識を確認しておきましょう。
遺留分とは? – 法律で定められた最低限の取り分
遺留分(いりゅうぶん)とは、亡くなった方(被相続人)の財産について、一定の範囲の相続人(遺留分権利者)に対して法律上保障されている最低限の相続割合のことです。
遺言書は、原則として、被相続人の最終的な意思として尊重されます。
そのため、「全財産を長男に相続させる」「愛人に遺産の半分を遺贈する」といった内容の遺言も有効です。
しかし、このような遺言によって、他の相続人が全く財産を受け取れなくなると、その後の生活に困窮したり、相続人間の公平性が著しく損なわれたりする可能性があります。
そこで、民法では、遺言の内容に関わらず、遺留分権利者が最低限の財産を受け取れるように遺留分という制度を定めています。
これは、残された家族の生活保障や、相続人間の実質的な公平を図るための重要な制度と言えます。
誰が遺留分を請求できる? – 遺留分権利者の範囲
遺留分を請求できる権利を持つ人(遺留分権利者)は、法律で決まっています。
具体的には、以下の相続人です。
- 配偶者
- 子(子が既に亡くなっている場合は、その子、つまり孫(代襲相続人))
- 直系尊属(親や祖父母など。子がいない場合に相続人となる)
重要なポイントは、被相続人の兄弟姉妹(甥・姪含む)には遺留分が認められていない点です。たとえ兄弟姉妹が法定相続人になるケースであっても、遺留分を請求することはできません。
(遺留分権利者及びその割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。民法 第1042条(e-Gov法令検索)
遺留分の割合はどれくらい?
遺留分として請求できる割合(遺留分割合)についても、民法で定められています。
まず、遺留分権利者全体で確保される割合(総体的遺留分)が決まっており、原則として、遺留分算定の基礎となる財産の価額の2分の1です。ただし、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1となります。
そして、個々の遺留分権利者が請求できる具体的な割合(個別的遺留分)は、この総体的遺留分に、各自の法定相続分を掛けて計算します。
遺留分権利者の組み合わせ | 総体的遺留分 | 各相続人の個別的遺留分 |
---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者:1/2 |
子のみ | 1/2 | 子:1/2(複数いる場合は均等割り) |
配偶者と子 | 1/2 | 配偶者:1/4 (1/2 × 1/2) 子:1/4 (1/2 × 1/2)(複数いる場合は均等割り) |
直系尊属のみ | 1/3 | 直系尊属:1/3(複数いる場合は均等割り) |
配偶者と直系尊属 | 1/2 | 配偶者:1/3 (1/2 × 2/3) 直系尊属:1/6 (1/2 × 1/3)(複数いる場合は均等割り) |
例えば、相続人が配偶者と子2人の場合、総体的遺留分は1/2です。
配偶者の法定相続分は1/2、子1人あたりの法定相続分は1/4 (1/2 × 1/2) なので、それぞれの個別的遺留分は、配偶者が1/4 (1/2 × 1/2)、子がそれぞれ1/8 (1/2 × 1/4) となります。
遺留分を請求する相手は「誰」? 具体的な対象者を特定しよう
さて、ここからが本題です。
ご自身の遺留分が侵害されている可能性がある場合、具体的に誰に対して請求すればよいのでしょうか?
基本原則:遺留分を侵害している人に請求する
遺留分侵害額請求(遺留分を請求すること)の相手は、被相続人から遺贈や贈与を受けたことによって、結果的にあなたの遺留分を侵害している人です。
つまり、遺言によって多くの財産を受け取った人(受遺者)や、被相続人が亡くなる前に多額の財産をもらった人(受贈者)が、主な請求相手となります。
請求相手となる具体的なケース
遺留分侵害額請求を誰にするのかについては、法律で具体的に定められています。
(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。民法 第1046条(e-Gov法令検索)
1 受遺者
「受遺者」とは、遺贈(遺言によって財産を与えること)を受けた者を指します。
単に遺贈を受けた第三者だけでなく、特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)によって財産を承継した相続人も含まれます。これは、遺留分侵害額請求においては、遺言によって特定の財産を取得した相続人も、遺贈を受けた者と同様に扱われるためです。
例えば、遺言で「長男に全財産を相続させる」とあれば長男が、「愛人に遺産の一部を遺贈する」とあれば愛人が受遺者となります。
2 受贈者
「受贈者」とは、被相続人から生前贈与を受けた者を指します。
ただし、遺留分侵害額の算定において考慮される贈与と受贈者には、以下の点で区別があります。
- 相続人に対する贈与の場合
相続開始前の10年間にされた贈与については、それが特別受益に該当する場合に限り、その受贈者が該当します。
なお、特別受益とは、婚姻や養子縁組、生計の資本、事業などのための贈与を言います。
この場合も、特別受益の価額が遺留分算定の基礎財産に算入されます。 - 相続人以外の第三者に対する贈与の場合
原則として、相続開始前の1年間にされた贈与の受贈者が該当します。
この場合、贈与された財産の価額が遺留分算定の基礎財産に算入されます。
ただし、贈与の当事者双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年以上前にされた贈与の受贈者も該当します。
この場合も、贈与された財産の価額が遺留分算定の基礎財産に算入されます。
少し複雑ですが、
- 遺贈→期間に関係なく対象
- 相続人への特別受益にあたる贈与→10年以内
- 相続人以外への贈与→原則1年以内(悪意の場合はそれ以前も)
と覚えておくといいでしょう。
複数の相手がいる場合、請求する「順番」はあるの?
遺贈と贈与の両方があった場合や、複数の人に贈与が行われていた場合など、遺留分を侵害している相手が複数いるケースも少なくありません。
このような場合、誰から、どの順番で請求すればよいのでしょうか?
民法が定める請求の順番ルール (負担割合のルール)
民法では、遺留分侵害額請求を受けた側の負担割合について、以下の順番を定めています(民法1047条)。
遺留分権利者は、基本的にこの順番に従って請求していくことになります。
(受遺者又は受贈者の負担額)
第千四十七条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による相続分を超える部分の承継を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から、その遺留分額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。(後略)
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。民法 第1047条(e-Gov法令検索)
- まず、遺贈を受けた人(受遺者)が負担する。
複数の受遺者がいる場合は、原則として遺贈の目的物の価額に応じて按分して負担します。 - 遺贈だけでは遺留分侵害額に満たない場合、次に贈与を受けた人(受贈者)が負担する。
贈与については、相続開始時に近い時期の贈与から順に負担していきます。
つまり、最も新しい贈与から請求の対象となり、それで足りなければ、次に新しい贈与へ…という順番になります。
同じ時期に複数の贈与があった場合は、贈与の目的物の価額に応じて按分します。
簡単にまとめると、「①遺贈 → ②贈与(新しいものから古いものへ)」という順番で請求していくのが基本ルールです。
具体例で考える請求の順番
少し複雑なケースで見てみましょう。
【ケース1】
- 被相続人:父
- 相続人:長男、次男
- 遺産:預貯金2000万円
- 遺言:「愛人Aに全財産を遺贈する」
- 生前贈与:
- 相続開始の半年前:友人Bに1000万円を贈与
- 相続開始の3年前:長男に事業資金として2000万円を贈与(特別受益)
【計算と請求の順番】
- 遺留分算定の基礎となる財産
預貯金2000万円 + 友人Bへの贈与1000万円 + 長男への特別受益2000万円 = 5000万円
※友人Bへの贈与は相続開始前1年以内、長男への特別受益は相続開始前10年以内なので算入。 - 次男の遺留分額
5000万円 × 1/2 (総体的遺留分) × 1/2 (次男の法定相続分) = 1250万円 - 次男の遺留分侵害額
次男は遺産を全く受け取っていないので、侵害額は1250万円。 - 請求相手と順番
愛人Aは全財産(預貯金2000万円)の遺贈を受けており、これが次男の遺留分侵害額1250万円を上回っているため、次男は愛人Aに対して1250万円全額を請求できます。
では、愛人Aに対する遺贈が少なかったケースを考えてみましょう。
【ケース2】
- 被相続人:父
- 相続人:長男、次男
- 遺産:預貯金600万円
- 遺言:「愛人Aに全財産を遺贈する」
- 生前贈与:
- 相続開始の半年前:友人Bに1000万円を贈与
- 相続開始の3年前:長男に事業資金として2000万円を贈与(特別受益)
【計算と請求の順番】
- 遺留分算定の基礎となる財産
預貯金600万円 + 友人Bへの贈与1000万円 + 長男への特別受益2000万円 = 3600万円
※友人Bへの贈与は相続開始前1年以内、長男への特別受益は相続開始前10年以内なので算入。 - 次男の遺留分額
3600万円 × 1/2 (総体的遺留分) × 1/2 (次男の法定相続分) = 900万円 - 次男の遺留分侵害額
次男は遺産を全く受け取っていないので、侵害額は900万円。 - 請求相手と順番
次男は、まず、愛人A に対して、600万円 の遺留分侵害額請求をすることができます。愛人Aが受け取った遺産は600万円であるため、請求できるのはこの金額が上限となります。
次に、愛人Aからの回収によっても次男の遺留分900万円に満たない不足額(900万円 – 600万円 = 300万円)については、生前贈与を受けた者に対して請求することができます。
友人Bへの1000万円の贈与は、相続開始前1年以内に行われた贈与であるため、遺留分侵害額請求の対象となります。
長男への2000万円の贈与は特別受益に該当しますが、遺留分侵害額請求の順序としては、まず遺贈を受けた者、次に相続開始に近い贈与を受けた者に対して行われます。
したがって、次男は、愛人Aから600万円を回収した後、残りの不足額である300万円 を、相続開始の半年前(1年以内)に贈与を受けた友人B に対して請求することができます。
このように、遺留分侵害額請求では、誰にいくら請求できるのかを判断するために、遺贈や贈与の内容、時期を正確に把握し、民法の定める順番に従って計算していく必要があります。
まとめ:遺留分請求の相手と順番を理解し、正しく請求しましょう
今回は、遺留分を請求する相手と順番について、基本的なルールを解説しました。
- 遺留分を請求する相手は、基本的に遺贈や一定期間内の贈与を受けた人(受遺者・受贈者)です。
- 請求の順番は、まず受遺者、次に贈与の受贈者(相続開始時に近い贈与から)というルールがあります。
遺産相続、特に遺留分が関わる問題は、法律的な知識が必要となるだけでなく、感情的な対立も生じやすいデリケートな問題です。
しかし、ご自身の正当な権利である遺留分について、誰に、どの順番で請求できるのかという基本的なルールを理解しておくことは、冷静に対応するための第一歩となります。
遺留分の計算や請求相手の特定、具体的な手続きの進め方など、ご自身のケースで判断に迷うことや、相手との交渉が難しいと感じることもあるかもしれません。
そのような場合は、相続問題に詳しい専門家に相談することも、円満な解決に向けた有効な選択肢の一つです。
この記事が、遺留分に関する皆様の疑問解消の一助となれば幸いです。