【判例解説】共同相続人が相続不動産を長年独占的に使用しても時効取得しないとした事例(大阪高裁平成29年12月21日判決)
30秒で要点
結論:共同相続人の一人が相続不動産を長年独占的に使い、賃料を得て税金を負担していても、それだけでは取得時効は原則成立しません。
理由:相続で取得した占有は、他の相続人の持分については「所有の意思(自分のものとする意思)」が権原上否定されるため。
注意点:建物の建築・賃料の独占・固定資産税の負担・他の相続人の無異議だけでは足りません(自主占有への転換が未立証)。
まず結論
本判決(大阪高裁平成29年12月21日判決)は、共同相続人による独占的な占有のみで相続不動産の取得時効を認めませんでした。
事案の概要
長男Xが相続不動産(土地)を独占使用し、賃貸マンションを建てた事案で、取得時効における「所有の意思(自分のものとする意思)」の有無が争点になりました。
被相続人Aが昭和37年に死亡し、子ら(X・Y1〜Y4)が相続。相続直後からXが本件土地を耕作・占有。昭和46年の換地処分でA名義の登記、昭和48年末にXが本件土地上へ賃貸マンションを建築し賃料を独占、少なくとも昭和59年以降は固定資産税を全額負担。平成26年8月、Xは「本件土地は自分が取得した」とする遺産分割協議書の作成を求めたが他の相続人(Yら)が拒絶。原審(京都地裁平成29年4月26日)は取得時効を認容したものの、大阪高裁はこれを取消しXの請求を棄却しました。:contentReference[oaicite:4]{index=4}
争点の整理
即答:共同相続人の独占的占有が「自主占有(自分のものとして占有)」に転化するかが核心でした。:contentReference[oaicite:5]{index=5}
- 争点1:共同相続人の占有に「所有の意思(自分のものにする意思)」を認められるか(民法162条)。
- 争点2:建物の建築・賃料の独占・税金の負担等で「185条の新権原(占有の性質の変更)」が成立するか。
- 争点3:他の相続人が長年異議を述べなかった事情の評価(黙認とみるか、関係悪化・排除等の事情で否定されるか)。
裁判所の判断
大阪高裁は取得時効を否定。Xの占有は他の相続人の持分につき「権原の性質上…所有の意思がない」とし、建物の建築等からの自主占有への転換も認めませんでした。
判決は、Xは共同相続人として本件土地の持分10分の1しか有さず、残る10分の9については所有の意思を伴わない占有(他主占有)であると整理。「権原の性質上客観的にみて所有の意思がない」と明言し、185条による新権原の取得(占有の性質変更)も否定しました。理由は、合意なく建物を建築した事実があっても、それだけで占有が直ちに自主占有へ転じるとはいえず、また他の相続人の無異議は権利行使を妨げるものではなく、Xが「所有の意思があることの表示」をしたといえる証拠もない、としたためです。
実務への影響・チェックリスト
共同相続人の一人が相続不動産を独占使用していても、取得時効の立証はハードルが高く、まず遺産分割での解決が軸になります。
- チェック1:独占使用の出発点に、単独所有と信じる合理的事情(公的手続・有効な合意等)はあるか。
- チェック2:長期間の単独管理・収益独占・公租公課(固定資産税等)負担の実績が客観資料で証明できるか。
- チェック3:他の相続人に対し、単独所有の意思を外形的に示した事実(通知・表示・排他的管理の明確化)があるか。
- チェック4:無異議・無関心といえる事情が継続していたか(紛争・排除があれば推認は弱まる)。
似た場面での分岐点
明確な合意や合理的な単独相続の信頼があるなら「時効主張の余地」、それが無ければ「遺産分割で処理」が基本です。
- 有効な遺産分割合意や公的記録により単独所有と信じ得る事情が明確なら → 10年・20年の時効主張検討。ただし証拠精査は必須。
- 合意なし・他の相続人との対立や排除があるなら → 取得時効の主張は困難。家庭裁判所での遺産分割・共有物分割へ。
判例比較表
項目 | 本件 | 比較判例 | 実務メモ |
---|---|---|---|
要件 | 共同相続人Xの独占使用・建物建築・賃料独占・税負担のみ | 最判昭和47年9月8日:①正当に単独相続と信頼、②単独管理・収益独占・公租公課負担、③他相続人の無関心・無異議を総合。 | ①〜③がそろわないと自主占有の立証は困難。 |
帰結 | 取得時効否定(原判決取消・請求棄却) | 事案により取得時効肯定の余地あり(上記3要素が充足される場合)。 | まず遺産分割での解決を選択肢に。 |
補足 | 民法185条の新権原への転換不成立(所有の意思の表示なし)。 | 虚偽相続放棄等では「合理的な単独所有の信頼」が否定されやすい(最三小判昭54年4月17日の射程)。 | 排他的支配が「非難される専横」と評価されることも。 |