【判例解説】意思能力を欠く被相続人に遺言を作成させた行為を「遺言書の偽造」とし、相続欠格と判断した事例(広島高裁平成14年8月27日判決)

判例の基本情報
- 裁判所:広島高等裁判所
- 判決日:平成14年8月27日
- 事件番号:平成13年(ネ)第24号
- 事件名:土地所有権確認請求控訴事件
- 結論:控訴棄却・予備的請求棄却(原判決維持)
結論
遺言者が意思表示できない状態を利用して相続人が公正証書遺言を作らせた場合、遺言は無効となり、関与した相続人は民法891条5号の相続欠格に当たり得る。
事案の概要
祖父Aの不動産が、妻Eや子らに順次移転。夫(控訴人)は「自分への贈与があった」と主張し、所有権確認を求めました。他方で、控訴人は、Eが意思表示できない状態にもかかわらず、公証人に内容を伝え、公正証書遺言を作成させ、特定の子Dに3筆の土地(工場敷地を含む)を相続させる段取りをしました。署名は公証人が代筆、押印は書記が介助。別件訴訟では、この贈与と遺言が無効とされ、その判断は確定しています。
判決の要旨
相続欠格(偽造の射程)
「被相続人が事理弁識能力を欠き意思表示できない状態にあることを利用して、相続人が発議し、遺言公正証書を作成させたような場合も、民法891条5号所定の遺言書の偽造に当たると解される場合がある。」
さらに、「相続人の同行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは…相続欠格者に該当しない」とも判示。
本件認定
「本件公正証書作成当時のEの精神状態は…事理弁識能力を完全に欠如し意思表示をなし得ない状態であった。」
「控訴人は…これを利用して…本件公正証書の作成を嘱託したものであって…相続欠格者に該当する。」
贈与主張の排斥
「Aが控訴人に本件各不動産を贈与したことを認めるに足りる的確な証拠はない。」
意思能力とは、遺言内容・財産状況を理解し判断できる力のこと。Eは高度のアルツハイマー病等で会話不能、署名・押印も自力では不可能でした。公証人の代筆・介助押印があっても、理解確認ができなければ遺言は無効です。
相続欠格(民法891条)とは、相続秩序を害する行為に対する制裁のこと。不当な利益目的があるかを要件として位置づけた点が実務上重要です。
口頭の「贈与があった」主張は、行動の一貫性や登記経緯と矛盾すると信用されにくいという判断が示されました。
重要論点の解説
相続欠格の射程
意思能力のない被相続人を利用して作らせた遺言も「偽造」(民法891条5号)に当たり得る。
「不当な利益目的」要件の意義
不当な利益目的がなければ相続欠格には当たらないという目的要件を判示。
公正証書遺言の「安全性」の限界
公証人が関与していても、本人の理解・判断能力がなければ、遺言は無効になる。
口頭の贈与主張の限界と立証実務
贈与の主張は、一貫した客観証拠がなければ認められにくい。
共有不動産・登記への波及
欠格者は最初から相続人でなかった扱いになり、共有持分が変動し得る。関連登記の更正・抹消が必要になることも。
実務への影響
- 同日近接の医師所見を取得(診断名だけでなく「理解→判断→指示」の観察記載)。
- 録音・録画で、本人が自分の言葉で財産・相続人・配分理由を説明する場面を残す。
- 専門家の直接ヒアリングを原則化。家族の関与は連絡・送迎など事務支援に限定。
- 不動産の贈与・名義変更は書面化・登記まで完了させる。口約束や「名義だけ」は避ける。
読者が気を付けるべき点(チェックリスト)
- 「公正証書=常に有効」ではない。鍵は意思能力の確認。
- 体調の良い時間帯を選び、同日または近接日の医師評価を添える。
- 家族が内容を決めない/誘導しない。
- 大事な場面は**記録(録音・録画・メモ)**を残す。
まとめ
・意思能力を欠く場面の遺言は無効。その作成を相続人が主導すれば、相続欠格に至り得る。
・不当な利益目的の有無が、相続欠格を適用する重要な分水嶺。
・予防の要は、作成プロセスの透明化と証拠化、そして相続人の関与の最小化。