【判例解説】日付の訂正に形式不備があっても、遺言を有効と判断した事例(東京地裁平成19年7月12日判決)
30秒で要点
結論:自筆証書遺言の「日付の訂正」は、方式が一部欠けても、事情次第では有効と判断され得る。
理由:訂正の外形と遺言者の意思が明確で、公平を害さない特段の事情が揃っているため。
注意点:あくまで例外的判断。通常は「変更箇所の指示・変更の付記・付記への署名・訂正箇所への押印」が無いと無効になりやすい。
まず結論
本判決(東京地裁平成19年7月12日判決)は、日付の訂正に形式不備がある自筆証書遺言を有効と判断。
事案の概要
母の自筆証書遺言をめぐり、①日付の訂正の仕方の適法性と、②別日付の遺言の効力、③賃貸中不動産の帰属が争われた。
母(遺言者)が最初の遺言(平成14年8月25日)を作成後、別の遺言(平成15年11月18日)も作成。のちに、家族同席の場で最初の遺言の日付を「平成15年12月1日」に書き換えた(訂正)。このとき、第三者(子)が線で抹消し「訂正」と記すなど、方式の一部を満たしていなかった。裁判では、(1) 子の行為が相続欠格(民法891条)に当たるか、(2) 二つの遺言のどちらが有効か、(3) 賃貸マンション等の引渡し・賃料の扱いが問われた。
争点の整理
「方式違反があっても訂正が有効か」と「どの遺言が最終意思か」が主な争点。
- 争点1:相続欠格(相続資格喪失)に当たる妨害の有無(民法891条3号・5号)
- 争点2:第二の遺言(平成15年11月18日)の効力
- 争点3:不動産(賃貸物件を含む)の帰属と賃料(家賃)の扱い
裁判所の判断
最終意思は「日付を訂正した最初の遺言」。訂正は有効、第二の遺言は無効。相続欠格は否定。
裁判所は、日付の訂正について、変更位置の指示や「変更した旨の付記・その署名」は欠けるが、訂正の事実と遺言者の意思に疑いがなく、公平を害する事情も見当たらないと評価。「形式欠缺のみで真意に反する結論にすると『実質的正義に反する』」として、有効とした(民法968条3項の趣旨に即した柔軟解釈)。
相続欠格の主張は、子が訂正過程で関与したものの、詐欺・強迫や遺言書破棄に当たるとまではいえないとして退けられた(民法891条3号・5号不該当)。
結果、最新の遺言は「日付を平成15年12月1日に訂正した最初の遺言」(第三の遺言)で、別途作成の平成15年11月18日遺言は無効。賃貸中の不動産については、所有者とされた相続人に引渡し(指図による引渡しを含む)や賃料相当額の支払・返還が命じられた。
実務への影響・チェックリスト
訂正は原則どおり厳格に。やむを得ず例外を主張する場合は、「意思の明確化」と「状況の記録化」が決定打になる。
- チェック1:訂正は遺言者本人の自筆(自書)で、変更箇所の指示→「変更の付記」→付記に署名→訂正箇所へ押印(民法968条3項)。
- チェック2:同席者・経緯・会話内容をメモや音声で残す(意思の明確化)。
- チェック3:第三者の書込み・代筆は避ける(原則無効)。
- チェック4:自筆方式に不安があれば、公正証書遺言・法務局保管制度の利用を検討。
似た場面での分岐点
A(本人が自署・押印し意思が明確)なら有効の余地。B(第三者の追記・意思不明)なら無効の可能性が高い。
- A(本人が変更箇所を示し、付記・署名・押印も概ね備える)なら → 検認・証拠で補強しつつ有効主張。
- もしB(家族が線引きや追記、本人の意思不明)なら → 無効リスクが高いため作り直しを案内。
判例比較表
本件は「意思が明確」な特殊事情で有効方向、一般には方式不備で無効方向に傾く。
項目 | 本件 | 比較判例・実務傾向 | 実務メモ |
---|---|---|---|
要件 | 変更位置の指示・付記・付記署名は欠けるが、遺言者が日付を自書し押印。家族同席で意思明確。 | 訂正経緯・意思が不明瞭、第三者の追記のみ等。 | 本人意思の立証と訂正手順の「証拠化」が鍵。 |
帰結 | 日付訂正は有効。訂正後の遺言が最終意思。 | 方式違反で訂正無効、旧遺言や別遺言が有効。 | 原則は厳格、例外は限定的に主張。 |
補足 | 公平を害しない特殊事情を重視。 | 改ざん疑い・利害対立が強いと無効方向。 | 争いになりそうなら公正証書遺言を選択する。 |