寄与分は遺留分によって制限されるか──寄与分を定める際の遺留分への配慮義務を示した事例|東京高決平成3年12月24日

判例のポイント

寄与分は遺留分によって当然に制限されるものではありません。しかし、寄与分を定めるにあたっては、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかについても、民法904条の2第2項の「一切の事情」の一つとして考慮しなければなりません。本判例は、家業の農業を続け被相続人の療養看護にあたった長男に7割の寄与分を認めた原審判について、抗告人の遺留分相当額を大きく下回らせるものであり、ただ家業を続け農地等の維持管理に努め療養看護にあたっただけでは7割という寄与分評価は相当でなく、特別の寄与をした等特段の事情がなければならないとして、原審判を取り消した重要決定です。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成3年12月24日
  • 事件番号:平成3年(ラ)第505号
  • 関連条文:民法904条の2、906条/(当時)民法1031条

事案の概要

本件は、農家の遺産分割審判において、家業の農業を続け被相続人の療養看護にあたった長男に7割の寄与分を認めた原審判に対し、抗告人(長女)が、当該寄与分は自己の遺留分相当額を大きく下回らせるものであり過大であると主張して抗告した事案です。

登場人物

  • A(被相続人):農家として土地・建物等の遺産を所有。平成元年5月9日死亡。
  • X(長女・抗告人):被相続人から資金援助・特別受益を受けることなく独自に生計を維持してきたと主張。
  • Y1(長男・相手方):昭和20年3月以来Aの農業を手伝い、農地等の維持管理に努めるとともに、晩年のAの療養看護にあたった。
  • Y2(二男・相手方):A死亡時の相続人。
  • Y3(二女・相手方):A死亡時の相続人。

時系列

  • 昭和20年3月:Y1がAの農業を手伝い始める
  • 平成元年5月9日:A死亡
  • 原審判:浦和家裁越谷支部がY1の寄与分を7割と認定し、遺産分割を決定
  • 平成3年12月24日:東京高裁が原審判を取消し、本件を浦和家裁越谷支部に差し戻す決定

経緯

被相続人Aは農家であり、平成元年5月9日に死亡しました。相続人は、長女X、長男Y1、二男Y2、二女Y3の4人です。遺産は土地17筆(主として農地)と建物2棟で、相続税評価額の合計は約5465万7422円でした。

長男Y1は、昭和20年3月以来、Aの農業を手伝い、農地等の維持管理に努めるとともに、晩年のAの療養看護にあたっていました。これに対し、長女Xは、被相続人から資金援助も特別受益も受けることなく独自に生計を維持してきたと主張しています。

原審判(浦和家裁越谷支部)は、Y1のこのような事実関係を踏まえてその寄与分を7割と認定しました。そのうえで、相続財産の相続税評価額合計約5465万円から寄与分7割を控除した残額約1640万円を4分割し、約410万円に相当する目録1の土地(評価額約418万円)を長女Xに取得させ、二男Y2と二女Y3に対しては、両名が遺産を取得しなくともよいと述べていることを考慮して、Y1から各50万円を支払わせる旨を定めています。

これに対し、長女Xは、寄与分7割は過大であって自己の遺留分相当額(約683万円)をも大きく下回らせる結果となっており、寄与分制度の趣旨に反すると主張して、東京高裁に抗告しました。

争点

──寄与分には法文上の上限の定めがありませんが、寄与分を定めるにあたって、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかは考慮すべきでしょうか。

X側(抗告人)の主張:寄与分の立法過程では、寄与分は遺留分相当額を超えられないとする理論や、相続財産の2分の1を限度とするなどの理論が考えられたが、結局上限は設けられなかった。しかし、それは理論的に遺留分と寄与分が別個のものだからにすぎず、実際の審判例で2分の1を超える寄与分を認定した例はなく、運用上、寄与分は遺留分を侵害できないとされてきた。本件原審判の7割は抗告人の遺留分相当額(約683万円)をも大きく下回らせるものであり、不当である。

Y1側(相手方)の主張:寄与分には法文上の上限はなく、家業の農業を続け農地等を維持管理し被相続人の療養看護にあたった長男の貢献を評価したものとして、7割の寄与分認定は妥当である。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:寄与分は遺留分によって当然に制限されるものではないが、寄与分を定めるにあたっては、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかについても、「一切の事情」の一つとして考慮しなければならない。
  • 理由:寄与分制度は相続人間の衡平を図るための制度であり、民法が遺留分制度を設けて減殺請求権を認める一方、寄与分について「一切の事情を考慮して定める」と規定していることからすれば、裁判所が寄与分を定める際に他の相続人の遺留分を考慮すべきは当然であるから。

判決文の引用

東京高裁は、まず寄与分と遺留分の関係について次のように判示しました。

寄与分の制度は、相続人間の衡平を図るために設けられた制度であるから、遺留分によって当然に制限されるものではない。しかし、民法が、兄弟姉妹以外の相続人について遺留分の制度を設け、これを侵害する遺贈及び生前贈与については遺留分権利者及びその承継人に減殺請求権を認めている(一〇三一条)一方、寄与分について、家庭裁判所は寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して定める旨規定していること(九〇四条の二第二項)を併せ考慮すれば、裁判所が寄与分を定めるにあたっては、他の相続人の遺留分についても考慮すべきは当然である。

むしろ、先に述べたような理由から、寄与分を定めるにあたっては、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかについても考慮しなければならないというべきである。

そのうえで、本件への当てはめとして、次のように述べています。

このような寄与分の定めは、抗告人の遺留分相当額(約六八三万円)をも大きく下回るものであって、一郎が三郎の遺産の維持ないし増殖に寄与したとしても、前認定のように、ただ家業である農業を続け、これら遺産たる農地等の維持管理に努めたり、父三郎の療養看護にあたったというだけでは、そのように一郎の寄与分を大きく評価するのは相当でなく、さらに特別の寄与をした等特段の事情がなければならない。

さらに、農業承継者の取扱いについて、次のように判示しました。

相続財産が主として農地など農業経営に必要な資産である場合、永年農業経営の維持継続に尽力してきた相続人に対し、その寄与分を考慮することは十分考えられるところであるが、寄与分は相続人間の衡平を図るために設けられた制度であるから、農業経営の近代化、合理化に資する途であるからといって、農業経営の承継者のみを格別に扱うことは、その制度の趣旨にそぐわないものといわなければならない。

判例の考え方

本決定の論理は、次の4段階で整理できます。

第1に、寄与分制度の趣旨と遺留分との制度的関係。寄与分制度は相続人間の衡平を図るために設けられた制度であり、遺留分制度はこれと別個に、兄弟姉妹以外の相続人について最低限の取得を保障する制度です。両制度はそれぞれ独立した目的を持つため、寄与分は遺留分によって「当然には」制限されません。寄与分について法文上の上限が設けられなかった立法経緯も、この理解と整合します。

第2に、しかし両制度を併せて読むと、寄与分認定における遺留分考慮の必然性が浮かびます。民法は遺留分の侵害について減殺請求権(当時の民法1031条、現行の遺留分侵害額請求に相当)という強力な救済を用意しています。一方、寄与分は「一切の事情」を考慮して定めるとされています(民法904条の2第2項)。立法者は、寄与分の決定にあたって裁量幅を広く認めつつ、その裁量を「一切の事情」によって統制する仕組みを採用したと言えます。そうすると、他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかは、当然「一切の事情」の中核に含まれます。

第3に、当てはめにおける高率寄与分認定の限定。本件で原審判が認定した7割の寄与分は、抗告人の遺留分相当額をも大きく下回らせる結果になっていました。ここで本決定は、ただ家業を続け、農地等を維持管理し、療養看護にあたっただけでは、そのような大きな寄与分評価は相当でなく、「特別の寄与をした等特段の事情」が必要であると判示しました。家業継続・農地維持・療養看護はそれ自体相続財産の維持に貢献するものですが、相続人として通常期待される範囲を超えて、被相続人の遺産を実質的に増殖させたり、極めて特別な犠牲を払ったりした事情がない限り、高率の寄与分評価は支えきれないという発想です。

第4に、農業承継者の格別扱いの否定。本決定はさらに、農業経営の近代化・合理化に資する途であるからといって、農業承継者のみを格別に扱うことは、寄与分制度の趣旨にそぐわないと判示しました。これは、家業承継者の保護という政策的考慮を寄与分制度に持ち込むことを否定する判示です。寄与分はあくまで相続人間の衡平を図る制度であって、特定の相続人を産業政策的に保護する制度ではない、という立場が明確に示されています。

結論に至る処理

東京高裁は、原審判には、抗告人の遺留分相当額をも大きく下回らせる7割の寄与分認定について、「特別の寄与をした等特段の事情」を考慮した形跡が判文上窺われないとして、寄与分の解釈を誤ったか、もしくは理由不備の違法があるとしました。そのうえで、原審判をその余の点について判断するまでもなく取消し、本件を浦和家裁越谷支部に差し戻しています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「当然には制限されない」と「考慮しなければならない」の二段構え

本決定は、寄与分が遺留分によって「当然に」制限されるものではないと明言する一方、寄与分を定めるにあたっては遺留分を侵害する結果となるかどうかを「考慮しなければならない」と判示しています。この二段構えが射程の核心です。

すなわち、本決定は、寄与分の上限として遺留分を機械的に適用する立場(遺留分を超える寄与分は一切認められないとする立場)を採っているのではありません。あくまで「一切の事情」の一つとして遺留分への配慮を要求するにとどまります。したがって、特段の事情があれば、結果として遺留分を侵害する寄与分が認定される余地は、判決文の論理上、否定されていません。

「ただ〜にあたっただけでは」という限定

本決定は、家業継続・農地維持管理・療養看護という事実のみでは、抗告人の遺留分相当額をも大きく下回らせる7割の寄与分評価を支えきれないとし、「特別の寄与をした等特段の事情」を要求しました。

この限定は、家業継続・農地維持・療養看護という個別の事実を寄与の事情として無価値だと言ったものではありません。これらの事実は寄与分認定の基礎事実として評価され得ますが、それのみで遺留分相当額を大きく下回らせるほどの大きな認定を支えるには足りない、という限定です。

「特別の寄与をした等特段の事情」の具体的内容については、本決定は明示していません。判決文の表現に即した限りでは、被相続人の遺産を実質的に増殖させた事実や、相続人として通常期待される範囲を超える犠牲・貢献を示す事実が想定されますが、確定的な内容は本決定からは読み取れない部分です。

農業承継者の格別扱い禁止の射程

本決定は、農業経営の近代化・合理化に資する途であるからといって、農業承継者のみを格別扱いすることは寄与分制度の趣旨にそぐわないと判示しています。

この判示は、農業承継者という属性のみを根拠に寄与分を大きく認定することを否定するものです。農業承継者であることが寄与分認定上「考慮できない」のではなく、農業承継者という属性のみで「格別扱い」できない、という限定です。農業承継に伴う具体的な労力・犠牲・貢献の事実は、引き続き寄与分認定の基礎事実として評価されます。

なお、本決定は農地が主たる相続財産である事案について判断したものであり、判文中の表現も「農業経営の承継者のみを格別に扱うことは、その制度の趣旨にそぐわない」というものです。商工業など他の事業承継者の寄与分評価について、本決定の論理がそのまま及ぶかどうかは、判決文の表現からは確定的に読み取れない部分です。

実務での使い方

本判例は、寄与分の認定が他の共同相続人の遺留分を侵害する場面、または家業承継者・療養看護者に対する高率の寄与分評価が問題となる場面で、中心判例として引用します。争族案件における典型的な使いどころを整理します。

使える場面

典型的な場面は次の2つです。

第1に、特定の相続人(典型的には家業承継者や療養看護にあたった相続人)に高率の寄与分が主張され、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となる場面。本判例は、寄与分を定めるにあたって遺留分への配慮義務があることを明示しているため、遺留分権利者側の主張の支柱になります。

第2に、農業承継者に対する寄与分認定。農業承継者であるという属性のみを根拠に高率の寄与分を主張してくる場面で、本判例は「農業承継者のみを格別に扱うことは制度趣旨にそぐわない」という直截な判示を提供します。

寄与分の過大認定を争う側(遺留分権利者側)

寄与分の過大認定を争う立場で本判例を引用する際のポイントは次のとおりです。

第1に、寄与分の認定にあたっては、遺留分を「一切の事情」の一つとして考慮すべきことを正面から主張します。本判例は、寄与分には法文上の上限がないことを認めつつも、だからといって遺留分を考慮しなくてよいということにはならない旨を明示しています。寄与分の認定が他の相続人の遺留分を侵害する結果となる場合には、その点を裁判所が慎重に考慮すべきであるという主張は、本判例の判文に正面から支えられます。

第2に、家業継続・農地維持管理・療養看護という事実のみでは、高率の寄与分認定を支えるに足りないことを主張します。本判例は「特別の寄与をした等特段の事情」を要求しているため、相手方が高率の寄与分を主張するには、家業継続等を超える具体的寄与事実(被相続人の財産を実質的に増殖させた事実、相続人として通常期待される範囲を超える犠牲・貢献の事実等)の主張・立証責任があることを浮き彫りにします。

第3に、農業承継者・事業承継者であることを理由に高率の寄与分を主張してくる場合は、本判例の「農業承継者のみを格別に扱うことは制度趣旨にそぐわない」という判示を引用し、属性のみによる格別扱いを排する論理を組み立てます。

寄与分を主張する側(家業承継者・療養看護にあたった相続人側)

逆に、寄与分を主張する側は、本判例を踏まえると、立論の組み立てに注意が必要です。

第1に、家業継続・農地維持管理・療養看護という事実のみを並べ立てるだけでは、高率の寄与分主張は通りにくくなります。これらの事実に加えて、「特別の寄与をした等特段の事情」、すなわち、被相続人の遺産を実質的に増殖させた具体的事実(売上・収益の増加への貢献、新たな資産形成への寄与、被相続人個人では実現困難であった事業展開等)を主張・立証する必要があります。

第2に、療養看護については、単に被相続人の世話をしたという事実を超えて、職業的看護人・介護人を雇うことを節約させた事実、被相続人の財産を実質的に保全した事実等を具体的に主張します。療養看護そのものは、親族として通常期待される範囲のものとして評価される傾向があるため、これを超える特別の寄与の事情が必要です。

第3に、寄与分の額についても、遺留分への配慮を踏まえた現実的な水準で主張します。遺留分相当額を大きく下回らせる寄与分主張は、本判例の論理に直接抵触するため、慎重な水準設定が必要です。

立証上のポイント

本件で東京高裁が原審判を取り消した直接の理由は、「特別の寄与をした等特段の事情について判文上考慮した形跡が窺われない」という理由不備でした。実務上の含意として、寄与分の認定主張においては、家業継続・農地維持・療養看護等の基礎事実だけでなく、それを超える「特別の寄与」の事情を、具体的事実と証拠でもって示す必要があります。

具体的には、第1に、被相続人の事業内容と相続人の関与の具体的内容(役割分担、勤務時間、報酬の有無、専従性の程度等)、第2に、相続人の関与によって生じた被相続人の財産の変動(増加した財産の内容、減少を免れた額、税負担の軽減等)、第3に、相続人として通常期待される範囲を超える犠牲(自己の生計を犠牲にして被相続人を支えた事情、職業選択を制限された事情等)を、同時代資料(帳簿、確定申告書、家計の記録、第三者の証言等)で押さえることが、立証戦略の核になります。

併せて検討すべき周辺論点

本判例を実務で活用するにあたっては、次の点に留意が必要です。

第1に、本決定は平成30年改正前の判例であり、判文中の「民法1031条」は当時の遺留分減殺請求権に関する規定です。同改正後は、遺留分の救済は遺留分侵害額請求権(現行民法1046条)による金銭請求の形に変わりました。もっとも、寄与分認定にあたって遺留分への配慮を要求するという本決定の論理自体は、改正後も同様に妥当すると解されます。

第2に、令和元年7月から施行された民法904条の3(特別寄与料)により、相続人以外の親族にも特別の寄与をした場合の金銭請求権が認められるようになりました。本決定は相続人による寄与分(民法904条の2)を扱ったものであり、特別寄与料の枠組みとは別個の制度ですが、「特別の寄与」概念の評価軸として参考になり得る点には留意が必要です。

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