【判例解説】寄与分のみを有する後継者に「農業用不動産」の取得を認め、代償金で解決した事例(東京高裁平成22年5月20日決定)

この記事のポイント
  • 争点:本来の相続分がなく「寄与分」のみを持つ後継者が、家業に必要な不動産(現物)を取得できるか?
  • 結論:裁判所は、農業経営の継続に必要な不動産をその相続人に取得させ、超過額を「代償金」で支払わせる方法を認めた。
  • ポイント:事業に必要な資産を守るためには、他の相続人に支払うための「現金(代償金)」の準備が不可欠。
目次

事案の概要

本件は、代々続く農家であった被相続人Aが亡くなり、その家業を継いだ長男Xと、母Y1や他の兄弟姉妹(Y2・Y3)との間で、遺産の分け方をめぐって争われた事案です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(A):亡くなった父。農業および建設業を営んでいた。
  • 申立人(X):Aの長男。約30年にわたり父の農業に従事し、農地の集約や近代化に大きく貢献した後継者。
  • 相手方(Y1~Y3):Xの母および兄弟姉妹。

トラブルの経緯

長男Xは、長年の農業への貢献が評価され、裁判所で「遺産総額の4割」という非常に高い割合の寄与分が認められました。

しかし一方で、Xは生前に父Aから多くの農地を贈与されていたため、計算上は「すでに遺産の前渡し(特別受益)を受けすぎており、これ以上もらえる本来の取り分(具体的相続分)はゼロ」という状態でした。

つまり、今回の遺産分割においてXが主張できる権利は、実質的に「寄与分(遺産の4割相当額)」のみでした。

この状況下で、Xは「農業を続けるためには、父名義の作業所や特定の田畑が絶対に必要だ」として、金銭的な清算ではなく、不動産そのもの(現物)の取得を強く求めました。

主な争点

「寄与分」しか権利がない相続人に、不動産(現物)を取得させることはできるか?

通常、具体的相続分(本来の取り分)がない相続人は、遺産を取得できません。しかしXには「寄与分」という権利があります。

Xのような「寄与分しか持たない相続人」が、他の相続人との共有や売却による金銭分割ではなく、特定の重要な不動産を単独で取得することが認められるかが争点となりました。

不動産の価値が権利額を超えてしまう場合、どう清算すべきか?

Xが希望する不動産を取得すると、その価値の合計が、Xの持っている「寄与分の権利額」を上回ってしまう(もらいすぎてしまう)状態でした。

事業継続の必要性と、相続人間の公平性を両立させるために、裁判所がどのような調整方法を採用するかが注目されました。

裁判所の判断

東京高等裁判所は、農業経営の実情を重視し、「Xに農業経営に必要な不動産を取得させ、超過分は現金(代償金)で他の相続人に支払わせる」という判断を下しました(東京高裁平成22年5月20日決定)。

農業経営の継続性を最優先

裁判所は、単なる金額計算だけでなく、「その遺産が何に使われているか」という実態を重視しました。

具体的には、以下の不動産についてXの単独取得を認めました。

  • 作業所(附属建物):Xが今後も営農していく上で不可欠な近代的装備を備えていること。
  • 特定の田(11の土地など):Xが長年手塩にかけて集約し、尽力してきた「創意工夫の結晶」ともいうべき農地であること。

これは、「農業承継者であるXがこれらを取得できなければ、事業に支障が出るため、Xに取得させることが最も合理的である」という理屈に基づいています。

超過部分は「代償金」で解決

Xに不動産を与えると、Xは自分の権利(寄与分)以上の財産を得ることになり、他の相続人にとっては不公平になります。

そこで裁判所は、以下のような解決策を命じました。

“一切の事情を考慮して、寄与分のみを取得する相続人に農業経営をするうえで必要な不動産を取得させるとともに、他の相続人らに対して代償金の支払をもって超過部分を清算させることが相当である。”

具体的には、Xが取得する不動産等の価値(約1755万円)から、Xの寄与分の額(約1274万円)を差し引いた差額(約481万円)について、Xが他の相続人に現金(代償金)で支払うことで清算させました。

弁護士の視点

この判例は、農業に限らず、店舗兼住宅や自社株など「事業承継」に関わる遺産分割において、非常に重要な教訓を含んでいます。

「代償金」を支払える現金の準備が不可欠

裁判所は「事業継続の必要性」を理解してくれましたが、それはあくまでも「超過分を現金で支払えるなら」という条件付きです。

本件のXのように、不動産を取得する代わりに数百万円〜数千万円の現金を支払うよう命じられるケースは珍しくありません。もしXに現金がなければ、せっかくの農地や作業所を売却して現金化せざるを得なくなります。

生命保険を活用するなどして、後継者の手元にまとまった現金が入る仕組みを作っておくことが最も有効な対策です。

事業への貢献は「寄与分」として主張可能

Xが不動産を確保できた大きな要因は、裁判所が「遺産の4割」という高い寄与分を認めたことにあります。

家業に従事している方は、将来の遺産分割を見据えて、貢献の事実を裏付ける資料(従事期間、無給・低賃金の証明、事業拡大の記録など)を確実に残しておくことが重要です。これにより、本件のように、本来の相続分がゼロでも、「寄与分」を根拠に資産取得を主張できる可能性が高まります。

よくある質問(FAQ)

家業を継ぐ私が不動産を貰うと、他の兄弟にお金を払わないといけませんか?

はい、本来の相続分を超過する場合は、現金(代償金)を支払う必要があります。

これを「代償分割」といいます。遺産が「事業用不動産」しかないような場合、後継者が不動産を単独取得する代わりに、他の相続人の相続分に見合う現金を支払って解決するのが一般的です。

代償金を支払うお金がない場合、不動産を共有にしてもいいですか?

事業用資産の「共有」は避けるべきです。

共有名義にすると、将来、きょうだいの誰かが亡くなってさらに相続が発生した際、権利関係が複雑化します。また、売却や担保設定に全員の同意が必要となり、迅速な経営判断ができなくなります。銀行融資を受けてでも代償金を払い、単独名義にすることをお勧めします。

寄与分が認められれば、必ず不動産をもらえますか?

必ずしも現物(不動産)でもらえるとは限りません。

寄与分はあくまで「金額」での評価が基本です。不動産での取得を希望する場合、本件のように「その人が取得することの合理性(事業継続の必要性など)」を裁判所に認めてもらう必要があります。

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