【判例解説】支払能力のない相続人に2億円弱の代償金の支払いを命じた原審の決定は違法であるとした事例(最高裁平成12年9月7日決定)
- 争点:遺産(不動産)を取得する代わりに現金を支払う際、その「支払能力」の有無は問われるか?
- 結論:裁判所は、支払能力の有無を調査せずに、代償金の支払いを命じることはできないと判断した。
- ポイント:不動産を単独で相続したい場合は、代償金を支払えるだけの「現金」や「資金調達」の準備が不可欠。
事案の概要
本件は、亡くなった被相続人の遺産分割をめぐり、特定の相続人が不動産を取得する代わりに、他の相続人に巨額の現金を支払うこと(代償分割)の是非が争われた事例です。

主な登場人物とその関係
- 被相続人(亡くなった方):A
- 申立人・抗告人(不動産を取得したい側):X1、X2
- 相手方(金銭を求めた側):Y1、Y2ら
トラブルの経緯
遺産分割の審判において、大阪高等裁判所(原審)は、遺産の不動産や株式等をXらが取得する決定を下しました。その代わり、公平を図るために、Xらに対して、Yら他の相続人へ合計1億8822万円の金銭を支払うよう命じました。
これを「代償分割」といいます。
しかし、Xらにはこれほどの大金を支払う現金の手持ちがありませんでした。Xらは「支払能力がないのに、高額な支払いを命じる決定はおかしい」として、最高裁判所に不服を申し立てました。
主な争点
支払うお金がない(または不明な)のに、代償分割を命じることはできるか?
法律(家事審判規則・現在は家事事件手続法)では、特別の事由がある場合、遺産を現物で分ける代わりに、特定の相続人に金銭債務を負担させる「代償分割」ができるとされています。
しかし、今回のように「支払えるあて(資力)がない」あるいは「資力が不明」である相続人に対して、裁判所が「遺産をあげるから、あとで現金を払いなさい」と命令することは法的に許されるのでしょうか?
もし支払えなければ、決定自体が実現不可能なものとなり、新たなトラブルを生む可能性があるため、その有効性が問われました。
裁判所の判断
最高裁判所は、原審(大阪高等裁判所)の決定を「違法」とし、審理をやり直すよう命じました(最高裁平成12年9月7日決定)。
裁判所は、以下のように判断しました。
代償分割には「支払能力」が必須である
最高裁は、代償分割を行うための条件として次のように述べました。
“”共同相続人の一人又は数人に金銭債務を負担させるためには、当該相続人にその支払能力があることを要すると解すべきである。””
つまり、法律の条文上は明記されていなくても、代償分割を命じる以上は、その前提として「その人に本当にお金を払う能力があること」が必要不可欠であると判断しました。
支払能力の調査不足
今回のケースでは、Xらに約1億8000万円の支払いを命じていますが、Xらにそれだけの資産や現金があるという事実は確認できていませんでした。むしろ、過去の調停案(6000万円程度の支払い)ですら、資金調達ができずに頓挫した経緯がありました。
裁判所がこのように判断した理由は、「絵に描いた餅」になるような解決策を避けるためです。
もし、支払能力がないのに「金を払え」と命令しても、結局は支払われません。そうなると、お金を受け取る権利があるYさんたちは、改めてXさんの財産(相続した不動産など)を差し押さえたり、競売にかけたりしなければならなくなります。
これでは遺産分割によって紛争を解決したことにならず、むしろ関係をこじらせ、新たな紛争の火種を作るだけです。したがって、「払えるかどうかわからない人には、代償分割を命じるべきではない」というのが今回の結論です。
弁護士の視点
この判例は、遺産相続において「欲しいものを手に入れるには、相応の準備が必要である」ということを強く示唆しています。将来のトラブルを防ぐために、以下の点に注意してください。
「代償金」の原資を確保しておく
実家や事業用資産など、どうしても手放したくない不動産がある場合、他の相続人の取り分に相当する「現金」を用意できなければ、裁判所は代償分割を認めてくれません。最悪の場合、不動産を売却して現金を分けること(換価分割)になりかねません。
生命保険の活用
親世代ができる対策として、特定の子供に不動産を継がせたい場合、その子供を受取人にした生命保険に加入しておく方法が有効です。死亡保険金は原則として受取人固有の財産となるため、その現金を代償金の支払いに充てることができます。
支払能力の証拠を準備しておく
遺産分割の話し合いがこじれて裁判所の手続きになった場合、「払えます」という口約束だけでは信用されません。通帳の写しや預金残高証明書などの証拠を提示し、客観的に支払能力があることを示す準備をしておくことが重要です。

