代償分割によって遺産全部を取得した相続人は、民法909条の遺産分割の遡及効により、相続開始の時に被相続人から直接当該遺産を単独相続したものとして扱われます。本判例は、その後に当該不動産を売却した場合の譲渡所得計算において、他の相続人に支払った代償金や、代償金支払いのために銀行から借り入れた借入金の利息を、取得費に算入することはできないと判示した最高裁判例です。代償分割を選択する際には、後日売却したときの譲渡所得課税を見越して代償金額を定める必要があることを、実務に強く示唆する内容となっています。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第三小法廷
- 判決日:平成6年9月13日
- 事件番号:平成6年(行ツ)第78号
- 関連条文:所得税法38条、60条1項1号/民法909条
事案の概要
本件は、共同相続した不動産を代償分割によって単独取得した相続人が、その不動産の一部を売却した際、他の相続人に支払った代償金等を譲渡所得の取得費に算入して申告したところ、税務署からこれを認めないとする更正処分等を受けた、という事案です。
登場人物
- A(被相続人):本件不動産の所有者。昭和57年3月27日死亡。
- X(上告人・相続人の一人):Aの相続人。代償分割により本件不動産を単独取得し、後に一部を売却。
- Y1〜Y5(他の共同相続人):Aの他の相続人5名。Xから合計300万円の代償金を受領。
- 被上告人:所轄の税務署長(本件更正処分等を行った行政庁)。
時系列
- 昭和57年3月27日:A死亡。Xは他の相続人5名とともに、本件不動産を共同相続
- 昭和57年〜昭和58年頃:共同相続人間の遺産分割協議により、Xが本件不動産を単独取得し、他の相続人5名に対して代償金合計300万円を支払うことを合意(以下「本件代償分割」)
- 同時期:Xは銀行から500万円を借り入れ、その一部を代償金の支払いに充てる
- 平成2年7月27日:Xは、相続不動産のうち土地・建物(以下「本件物件」)を代金1150万円で売却
- 平成3年3月(申告期限内):Xは、本件物件の譲渡所得申告にあたり、代償金のうち本件物件価額対応分250万円(以下「本件代償金」)と、借入金利息のうち本件代償金対応分111万8280円(以下「本件利息」)を取得費に算入して申告
- 平成3年10月18日:被上告人は、本件代償金及び本件利息の取得費算入を認めず、更正処分及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件処分」)を実施
- 平成3年12月25日:異議申立棄却
- 平成4年10月28日(同月30日通知):審査請求棄却
- 平成5年2月1日:Xが本訴提起
- 平成5年9月7日:第一審(鳥取地裁)、Xの請求を棄却
- 平成6年2月25日:控訴審(広島高裁松江支部)、控訴棄却
- 平成6年9月13日:最高裁、上告棄却
経緯
Aの死後、Xは他の相続人5名と共同相続人として本件不動産を相続しました。共同相続人間で行われた遺産分割協議の結果、Xが本件不動産の全部を単独取得する代わりに、他の相続人5名に対して代償金合計300万円を支払うこととされました。Xは、代償金の支払いのために銀行から500万円を借り入れ、その一部を代償金の原資としています。
その後、平成2年7月27日、Xは相続した不動産のうち本件物件を1150万円で売却しました。Xは、本件物件の譲渡所得を申告するにあたり、自分は他の相続人から共有持分を買い取って本件物件を取得したのと同じ立場にあると考え、本件代償金及び本件利息を本件物件の取得費に算入して申告したのです。
ところが税務署はこれを認めず、本件代償金等は取得費に該当しないとして更正処分等を行いました。Xはこれを不服として、異議申立、審査請求を経たうえで本訴を提起し、第一審、控訴審ともに敗訴し、最高裁に上告したのが本件です。
争点
争点:代償分割で支払った代償金は、当該遺産を売却した際の譲渡所得計算上、取得費に算入できるか
──代償分割によって他の相続人に代償金を支払い、遺産全部を単独取得した相続人が、後にその遺産を売却した場合、譲渡所得の取得費として、被相続人の取得費に加えて、自分が支払った代償金(及びその支払いのための借入金利息)も控除できるのか。
X(上告人)の主張:代償分割は、共同相続人間における相続分の一種の売買契約と考えるべきである。Xは代償金を支払うことで、本来の相続分を超える資産を取得しているのだから、その代償金には他の相続人が手放した持分の対価としての性質があり、当該資産の取得に要した金額として取得費に算入されるべきである。被相続人の取得時から分割時までの増加益は、代償金として支払われている以上、Xがそのすべてを保有することはあり得ない。原判決のような解釈では、代償金を受け取る相続人は譲渡所得課税を免れる一方、代償金を支払った相続人が譲渡時に課税を一身に負担することになり、共同相続人間の公平を著しく欠き、憲法13条、14条に違反する。
被上告人(税務署長)の主張:相続(限定承認に係るものを除く)により取得した資産を譲渡した場合、相続人は当該資産を相続前から引き続き所有していたものとして譲渡所得を算出することとされている(所得税法60条1項1号)。代償分割は遺産分割の一方法にすぎず、代償金は遺産分割における共同相続人間の調整金であって、資産の対価ではない。したがって本件代償金は本件物件の取得費に該当しない。代償金の借入金利息も、元本である代償金が取得費に当たらない以上、取得費に当たらない。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:代償分割により遺産全部を取得した相続人が、その遺産を売却したときの譲渡所得計算において、他の相続人に交付した代償金及びその交付のための借入金の利息相当額を、取得費に算入することはできない。
- 理由:遺産分割の効果は相続開始の時に遡るから(民法909条本文)、代償分割により遺産全部を取得した相続人は、相続開始の時に当該遺産を単独相続したことになり、他の共同相続人から共有持分の譲渡を受けたものではない。したがって本件不動産は所得税法60条1項1号の「相続」によって取得した財産に該当する。
判決文の引用
最高裁は、次のように判示しました。
相続財産は、共同相続人間で遺産分割協議がされるまでの間は全相続人の共有に属するが、いったん遺産分割協議がされると遺産分割の効果は相続開始の時にさかのぼりその時点で遺産を取得したことになる。したがって、相続人の一人が遺産分割協議に従い他の相続人に対し代償としての金銭を交付して遺産全部を自己の所有にした場合は、結局、同人が右遺産を相続開始の時に単独相続したことになるのであり、共有の遺産につき他の相続人である共有者からその共有持分の譲渡を受けてこれを取得したことになるものではない。
そしてこれを前提に、譲渡所得計算上の取扱いについて次のように述べました。
上告人がその後にこれを他に売却したときの譲渡所得の計算に当たっては、相続前から引き続き所有していたものとして取得費を考えることになるから、上告人が代償として他の相続人に交付した金銭及びその交付のため銀行から借り入れた借入金の利息相当額を右相続財産の取得費に算入することはできない。
判例の考え方
本判決の論理は、次の3段階で整理できます。
第1に、民法909条の遺産分割の遡及効を、譲渡所得課税の場面においても貫徹する立場です。遺産分割が行われると、その効果は相続開始の時に遡ります。これを代償分割に適用すれば、代償分割によって遺産全部を取得した相続人は、相続開始の時から当該遺産を単独で承継していたものと扱われます。この扱いは、所得税法60条1項1号(相続により取得した資産は、相続前から引き続き所有していたものとみなす)の解釈とも整合する、というのが最高裁の理解です。
第2に、代償分割を「持分の有償譲渡」とは見ない位置付けです。Xは代償分割を「相続人間の相続分の売買」と捉えましたが、最高裁はこれを否定しました。遺産分割の遡及効が及ぶ以上、他の共同相続人は相続開始時に遡って当該資産を取得しないことになる、つまり、もともと持っていなかったことになる持分を譲渡することはできない、という論理です。代償金は、共同相続人間の遺産分割における調整金にすぎず、資産の譲渡対価ではない、という整理になります。
第3に、課税の不公平の主張に対する応答です。控訴審は、代償金を受領する相続人の側について「他の相続人が受け取った代償金は、代償分割という遺産分割に基づき相続によって取得した金銭ないし金銭債権であるから、相続税の課税対象となることはあっても、譲渡所得の課税をすることはできない」と述べています。最高裁は、上告人の憲法13条・14条違反の主張を「独自の見解」として斥けることで、この控訴審の整理を是認しました。譲渡所得課税が代償金支払者に集中する形になるのは、現物資産を取得することを選択した結果として生じる必然であり、不公平を避けたければ代償金額を定める段階で譲渡所得課税を考慮すべき、という発想です。
結論に至る処理
最高裁は、以上の理路により、原審(広島高裁松江支部)の判断を「正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない」と評価し、上告を棄却しました。本件代償金及び本件利息は本件物件の取得費に算入できず、これに従って算定された更正処分及び過少申告加算税賦課決定は適法であるという結論が確定しています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「遺産全部を自己の所有にした場合」という事案類型
最高裁は、本件事案を「相続人の一人が遺産分割協議に従い他の相続人に対し代償としての金銭を交付して遺産全部を自己の所有にした場合」として整理しています。
もっとも、判旨の核心は、遺産分割の効果が相続開始の時に遡るため、代償金を支払った相続人は他の共同相続人から共有持分の譲渡を受けたものではないという点にあります。この論理は、代償分割という分割方法に共通して妥当するものであり、本件のような遺産全部の単独取得型に限らず、現物分割と代償分割の混合型のように一部の遺産について代償金が授受される場合であっても、当該代償金部分について取得費算入が否定されるという結論に変わりはないものと整理されます。
「相続(限定承認に係るものを除く)」を前提とする射程
判旨は所得税法60条1項1号の「相続」によって取得した財産に該当することを根拠としていますが、同号は限定承認に係るものを除外しています。限定承認の場合は、所得税法59条1項1号により被相続人の段階で「みなし譲渡課税」が行われ、相続人は時価で取得した扱いになるため、本判例の射程外です。
借入金利息の取扱いは代償金の取扱いに従属
最高裁は、本件代償金及びその交付のために借り入れた借入金の利息相当額について、いずれも取得費に算入できないと判示しました。借入金利息については、独立の理由付けではなく、「代償金が取得費に算入できないため、これに従属する借入金利息も取得費に算入できない」という連動の論理で結論を導いています。したがって、代償金そのものの取扱いが変わらない限り、付随する借入金利息の取扱いも変わらないことになります。
譲渡所得計算における取得費の問題に限定
本判例は、あくまで譲渡所得の計算における取得費の問題を扱ったものです。代償金を受け取った側の課税(相続税の課税対象とされる)や、代償金を支払った側の相続税計算における代償金額の控除(相続税法11条の2)など、相続税法上の取扱いについては別途の規律があり、本判例の射程はこれらには及びません。
実務での使い方
本判例は、相続案件における代償分割の選択を検討する場面で、税務上の影響を依頼者に説明する際に避けて通れない判例です。代償分割は、相続の解決策として実務でよく選ばれる方法ですが、後日、現物資産を取得した相続人が当該資産を売却したとき、思いもよらない譲渡所得課税を負担する可能性があるため、事前の見立てが極めて重要になります。
使える場面
典型的な使い場面は、相続不動産について「一人が単独取得し、他の相続人に代償金を支払う」形の代償分割を提案・検討する局面です。たとえば、自宅を残したい長男が他の兄弟姉妹に代償金を支払う形で遺産分割協議をまとめる、というよくあるパターンです。
このとき、長男が将来その自宅を売却することになれば、譲渡所得の計算上、被相続人(親)が当該不動産を取得したときの取得費しか控除できず、自分が他の兄弟姉妹に支払った代償金は控除できません。代償金を支払って取得した不動産を売却すると、譲渡所得課税が代償金支払者に集中するという結果は、依頼者にとって直感に反するため、説明を尽くす必要があります。
代償分割を提案する側(代償金支払者になる相続人側)
代償分割によって現物資産を単独取得しようとする相続人の側は、本判例を踏まえて、次の点を事前に詰めておく必要があります。
第1に、取得した資産を将来売却する予定があるか。売却予定があるなら、本判例の効果が直撃します。被相続人の取得費がいくらだったかを資料(被相続人の取得時の契約書、登記簿、固定資産税評価額等)で確認し、取得費が極めて低い場合(先祖代々の不動産、戦前取得の土地など)には、譲渡所得課税の負担が想像以上に重くなる可能性があります。
第2に、代償金額を定めるにあたっての譲渡所得課税の織り込み。控訴審が指摘するとおり、共同相続人間の不均衡を避けたければ、「遺産分割の際に譲渡益課税の点を考慮して代償金の額を定めればすむこと」とされています。具体的には、代償金額を時価そのものではなく、将来の譲渡所得課税相当額を控除した金額に調整する、あるいは代償金支払者が将来負担することになる税負担分を他の相続人にも応分に分担してもらう内容で合意するなどの工夫が考えられます。
第3に、代償分割と他の分割方法の比較検討。換価分割(遺産を売却して現金で分配する)であれば、譲渡所得は各相続人が持分に応じて負担することになり、課税が一人に集中する事態は避けられます。現物分割(物件を分けて取得する)であっても、各人が取得した物件を売却した時点でその者が課税負担者となるだけです。代償分割は、相続案件の落とし所として選ばれやすい一方で、税務上は最も負担の偏りが生じやすい方法であることを意識しておく必要があります。
代償金を受領する側(他の相続人)
逆に、代償金を受領する側の相続人の立場では、本判例の構図は有利に働きます。控訴審が明示するとおり、代償金は相続によって取得した金銭ないし金銭債権として扱われ、譲渡所得の課税対象にはなりません。代償金には、対象資産の含み益相当部分も含まれているのが通常ですが、それは譲渡所得としては課税されない、というのが本判例の前提する整理です。
ただし、代償金額の算定根拠として相続不動産の時価が用いられることは多いものの、相続税の課税価格の計算上は、代償金支払者の側で代償金額を控除でき(相続税法11条の2)、受領者の側で代償金額が加算される、という調整が行われます。代償金が「相続により取得した金銭」として扱われる以上、相続税課税の枠内で適正に処理される必要があります。
立証上のポイント
本判例の論理はそれ自体明快であり、代償分割で代償金を支払った事実が認定されれば、結論は機械的に導かれます。実務上重要なのは、事前のシミュレーションです。具体的には、被相続人の不動産取得費に関する資料(取得時の契約書、登記、領収書等)を可能な限り収集し、現時点での時価との差額(含み益)から将来の譲渡所得税額を試算したうえで、代償分割協議に臨むことになります。
なお、被相続人の取得費が不明な場合(古い不動産で資料が散逸しているケース等)には、租税特別措置法上、譲渡対価の5%相当額を概算取得費として控除できる扱いがあります。この場合、譲渡所得課税の負担は極めて重くなるため、代償金支払者になる相続人にとっては、代償分割の選択そのものを再検討する材料になります。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、換価分割との比較。換価分割を選択した場合、各相続人がそれぞれ持分に応じて譲渡所得を申告することになり、税負担も持分比で分散されます。本判例は、その意味で「換価分割の方が税負担の公平性が確保されやすい」ことを反射的に示しているとも読めます。相続案件で代償分割を提案する際には、換価分割と比較したうえでの選択であることを、依頼者と確認しておくのが安全です。
第2に、居住用財産の特例(3000万円特別控除等)の活用可能性。代償金支払者になる相続人が、取得した不動産を自ら居住用として使用したのち売却する場合、居住用財産の譲渡所得の特別控除(租税特別措置法35条)等を活用することで、課税負担を大幅に軽減できる場合があります。代償分割の枠組み自体は変わりませんが、譲渡時の税負担を抑える工夫として併せて検討する価値があります。
第3に、取得費加算の特例(措置法39条)。相続税申告期限の翌日から3年以内に相続財産を譲渡した場合、納付した相続税額のうち譲渡資産に対応する部分を取得費に加算できる特例があります。本判例の射程外ではありますが、相続後早期の売却を検討する場合には併用を視野に入れる必要があります。
第4に、遺産分割協議書の文言の整備。本判決の論理は、あくまで「遺産分割協議の効果として代償金が支払われた」ことを前提としています。遺産分割協議書に代償分割の合意であることを明記しておくことは、相続税法上の代償金額控除(相続税法11条の2)の適用を受けるためにも、また将来の税務調査における争点予防のためにも重要です。

