【判例解説】単に一括で支払えないという理由だけでは、代償金の分割払いや支払猶予を認めないと判断した事例(東京高裁昭和53年4月7日決定)

この記事のポイント
  • 争点:遺産を取得する代わりに支払う「代償金」は、手持ち資金不足を理由に分割払いにできるか?
  • 結論:裁判所は、単に「一括で支払えない」という理由だけでは、分割払いや支払猶予を認めないと判断した。
  • ポイント:不動産を単独で相続したい場合は、他の相続人に支払うための「現金」を事前に確保しておくことが極めて重要。
目次

事案の概要

今回の事案は、父親が亡くなった後の遺産分割において、長男と長女らの間で「不動産の取得」や「金銭の支払方法」をめぐって争われたケースです。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(亡くなった方)A (父)
  • 申立人・抗告人X (長男)
  • 相手方Y1、Y2 (長女ら)

トラブルの経緯

経緯

父Aが亡くなり、遺産分割の審判(裁判所の手続き)が行われました。

経緯

家庭裁判所は、主な遺産である「土地」を長男Xに単独で取得させる代わりに、XからYらに対し、公平を図るための金銭(代償金)を一括で支払うよう命じました。

経緯

しかし、Xはこの決定に納得せず、以下の理由で高等裁判所に不服を申し立て(即時抗告)ました。

  • 「この土地は登記上父の名義だが、実は自分が復員後に働いた金で買った自分のものだ」
  • 「自分は妹Yの医療費や家賃などを肩代わりしてきたので、その分を考慮すべきだ」
  • 「現在、手持ちの現金がなく、一括で代償金を支払うことができないため、分割払い(または支払い猶予)にしてほしい」

主な争点

「一括で払えない」という理由で、代償金の分割払いは認められるか?

本件で特に注目すべき法的な争点は、遺産分割において代償金の支払いを命じられた際、「支払う側にお金がない(資力がない)」という事情だけで、裁判所が支払いの猶予や分割払いを認めてくれるのかという点です。

Xは、土地を取得して収益を得ているものの、Yらに支払うべきまとまった現金が手元になく、「一括払いは無理だ」と主張しました。これが法的に「やむを得ない事情(特段の事情)」として認められるかどうかが問われました。

裁判所の判断

東京高等裁判所は、長男Xの主張をすべて退け、「一括払いを命じた原審判は正しく、分割払いを認める必要はない」と判断しました。

裁判所は、以下のような理由で、Xの訴えを退けました。

「お金がない」は理由にならない

裁判所は、「給付を命ぜられた者が単に現在一時に支払いができないという理由のみで分割支払いないしは支払いの猶予を容認すべきではなく(中略)特段の事情がない以上、これを容認すべきものではない」、つまり、「今、現金がないから待ってくれ」という個人的な都合だけでは、相手方(Yら)の権利を犠牲にしてまで分割払いを強制する理由にはならないとしました。

利益を得ているなら一括で支払うべき

裁判所は、Xが遺産である土地を単独で取得し、すでにそこから収益(家賃収入など)を得ている点、さらに将来も収益が見込める点を重視しました。「不動産をもらって利益を得ているのだから、相手方への支払いだけ『分割にしてくれ』というのは虫が良すぎる」というのが判断の根底にあります。その財産を活用して資金を作ることは可能であり、あえて分割払いを命じなければならないような「特別な事情」は見当たらないとされました。

「自分の土地」等の主張も否定

Xが「自分のお金で買った」と主張した点については、登記の日付が昭和21年(終戦直後)であり、当時復員したばかりのXに土地を買えるだけの収入があったとは常識的に考えにくいとして、父Aの遺産であると認定しました。また、妹Yの医療費を払った点についても、「兄妹間の扶養(助け合い)」として行われたものであり、遺産分割とは別問題であると判断しました。

弁護士の視点

この判例は、不動産を相続したいと考えている方にとって非常に重要な教訓を含んでいます。

将来のトラブルを防ぐための対策として考えられるのは、以下のとおりです。

「代償金」の原資を確保しておく

実家や収益不動産を特定の相続人が引き継ぐ場合、他の兄弟姉妹には「現金」で精算しなければならないケースが大半です。

「不動産はあるけれど、現金がない」という状態は、遺産分割で最も行き詰まるパターンです。

  • 死亡保険を活用する:死亡保険の受取人を不動産取得予定者にしておき、代償金の支払いに充てる。
  • 生前の預貯金管理:相続発生時にある程度の現預金が残るよう計画する。

遺言書で取得者を指定しておく

遺産分割協議がまとまらず、裁判所での審判になると、本件のように厳格に「一括払い」を命じられるリスクが高まります。

被相続人(親)が元気なうちに、「長男に不動産を相続させる。その代わり長女には預貯金〇〇円を相続させる」といったバランスの取れた遺言書を作成しておくことで、相続人同士が代償金の支払いで揉める事態を防げます。

不動産の一部売却や融資の検討

もし代償金が払えない場合、最悪のケースでは、せっかく相続した不動産が差し押さえられ、競売にかけられてしまう可能性があります。

「どうしてもこの家を守りたい」のであれば、不動産の一部を売却したり、事前に金融機関に相談し、相続不動産を担保にして代償金支払い用の融資(ローン)が受けられるか確認しておいたりすることも必要です。

よくある質問(FAQ)

遺産分割で代償金を分割払いにすることは可能ですか?

相手方が同意すれば、可能です。

今回の判例は、あくまで当事者同士で話がまとまらず、裁判所が決定を下す場合(審判)の判断基準です。遺産分割協議(話し合い)の段階で、相手方が「分割払いでいいよ」と合意してくれるのであれば、自由な支払方法を決めることができます。

裁判で「分割払い」が認められるのはどんな時ですか?

非常に限定的ですが、支払う側の生活基盤が脅かされる場合などです。

判例では「特段の事情」があれば認めるとされています。例えば、相続した不動産が自宅のみで収益を生んでおらず、一括で支払うためにその自宅を売ると住む場所を失ってしまうようなケースでは、裁判所の裁量で分割払いが認められる可能性もゼロではありません。しかし、ハードルは非常に高いと考えてください。

目次