公正証書遺言で「口授」と「筆記・読み聞かせ」の順序が前後しても有効と判断した事例(最高裁昭和43年12月20日判決)

この記事のポイント
  • 争点:公正証書遺言の作成手順で、口授(遺言者が内容を口頭で伝えること)と筆記・読み聞かせの順番が前後した場合、その遺言は有効か?
  • 結論:最高裁判所は、手順の前後があっても遺言者の真意が確保されていれば、遺言は有効であると判断した。
  • ポイント:公正証書遺言を作成する際には、法律の趣旨を正しく理解し、遺言者本人の意思確認が確実に行われるようにしておくことが重要。
目次

事案の概要

登場人物

記号立場
A被相続人(亡くなった方)
X1・X2上告人(原告側・分割を求めた共有者)
Y1(B)・Y2被上告人(被告側・共有者)

事実の経緯

本件は、亡くなったA(被相続人=遺産を残して亡くなった方)が、ある不動産をX1・X2・Y1(B)・Y2の4名に均等に分け与えるという内容の遺言を、公正証書(公証人が作成する公的な文書)によって残したことに端を発します。

具体的な経緯は次のとおりです。

  1. Aは、本件不動産を上記4名に均等に特定遺贈(特定の財産を指定して贈ること)する旨を決意しました。
  2. Aは、Y1であるBに頼んで、公証人のもとへ行かせました。
  3. 公証人は、Bから遺言の内容を聴き取り、それを筆記したうえで、公正証書用紙に清書しました。
  4. その後、公証人がAのもとを訪れ、Aおよび立会証人に対して、すでに清書してある遺言の内容を読み聞かせました。
  5. Aは、読み聞かせを受けた内容と同じ趣旨を自ら口頭で述べ(口授)、これを承認したうえで、書面に自ら署名・押印しました。

その後、A の死後にこの不動産の共有関係をめぐって、X1・X2がY1・Y2に対して共有物分割請求訴訟(共有している不動産の分け方を裁判所に決めてもらう訴え)を起こしました。この訴訟の中で、X1・X2側は「そもそもこの公正証書遺言は、法律で決められた作成手順に違反しているから無効だ」と主張したのです。

主な争点

公正証書遺言の口授と筆記・読み聞かせの順番が前後した場合、その遺言は有効か?

民法969条は、公正証書遺言の方式として、おおまかに次の手順を定めています。

  1. 遺言者が公証人に遺言の内容を口頭で伝える(口授)
  2. 公証人がそれを筆記する
  3. 公証人が遺言者と証人に内容を読み聞かせる
  4. 遺言者と証人が署名・押印する

本件では、先に公証人が筆記・清書を済ませ、その内容を読み聞かせた後に、遺言者Aが口授したという順番になっていました。つまり、民法が定める「口授→筆記→読み聞かせ」の順序のうち、口授と筆記・読み聞かせが前後していたのです。

上告人(X1・X2)側は、「この手順の前後は法律違反であり、遺言は無効である」と主張しました。

裁判所の判断

結論:遺言は有効

最高裁判所は、上告を棄却し、本件の公正証書遺言は有効であると判断しました(最高裁昭和43年12月20日判決)。

判断の理由

最高裁は、本件の遺言について次のように述べています。

“右遺言の方式は、民法九六九条二号の口授と同条三号の筆記および読み聞かせることとが前後したに止まるのであつて、遺言者の真意を確保し、その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではない”

この判示を分かりやすく言い換えると、次のようになります。

民法が公正証書遺言の作成手順を定めている本来の目的は、「遺言者が本当に望んでいる内容が、正確に文書に反映されること」にあります。つまり、手順の順番を守ること自体が目的なのではなく、遺言者の真意(本当の気持ち)を確実に確保することが法律の趣旨なのです。

本件では、たしかに口授と筆記・読み聞かせの順番が前後しましたが、実際には次のことが確認されています。

  • 公証人がAに遺言の内容を読み聞かせた
  • Aが同じ趣旨の内容を自ら口頭で述べた(口授した)
  • Aがその内容を承認した
  • A自身が署名・押印した

このように、遺言者Aの意思は十分に確認されており、「遺言者の真意を確保し、その正確を期する」という法律の目的はしっかりと達成されています。したがって、手順の前後だけを理由に遺言を無効とする必要はない、というのが最高裁の考え方です。

なお、最高裁はこの判断にあたり、大審院(戦前の最高裁にあたる裁判所)の昭和6年および昭和9年の判決を引用しており、同様の考え方がすでに確立されていたことも示しています。

弁護士の視点

本判例は、公正証書遺言の手続きにおいて多少の順序の前後があっても、遺言者の真意が確保されていれば有効となり得ることを示した重要な判例です。ただし、これは「手順を軽視してよい」という意味ではありません。むしろ、以下のような対策を意識しておくことが大切です。

公正証書遺言を作成する際は、遺言者本人が公証人と直接やり取りする

本件では、遺言者Aが家族(B)を通じて公証人に内容を伝えましたが、これが後に争いの原因の一つとなりました。可能な限り、遺言者自身が公証人と直接面談し、意思を伝えることが望ましいといえます。

遺言の内容は事前に整理しておく

誰にどの財産を渡したいのか、不動産の所在や持分などを具体的に整理した財産目録をあらかじめ準備しておくと、公証人とのやり取りがスムーズになり、誤解が生じにくくなります。

立会証人の選定に注意する

公正証書遺言には2人以上の証人の立会いが必要です。証人は、遺言の内容を聞き、遺言者の意思を確認する重要な役割を担います。利害関係のない信頼できる方を選ぶことが重要です。

遺言書作成後も定期的に内容を見直す

家族構成や財産状況は変化するものです。一度作成した遺言書も、状況の変化に応じて定期的に見直し、必要があれば新たな遺言書を作成することが、将来のトラブル防止につながります。

よくある質問(FAQ)

公正証書遺言で手順に多少の違いがあった場合、すべて無効になるのですか?

いいえ、必ずしも無効にはなりません。 本判例が示すように、民法が遺言の方式を定めた趣旨は、遺言者の真意を確保し、その正確を期することにあります。手順に多少の前後があっても、遺言者の意思が確実に確認されている場合には、遺言は有効と判断される可能性があります。ただし、方式の逸脱が大きい場合には無効となるリスクもあるため、できる限り法律の定める手順に沿って作成することが望ましいです。

「口授」とは具体的にどういうことですか?

口授(くじゅ)とは、遺言者が遺言の内容を公証人に対して口頭で伝えることです。 公正証書遺言では、遺言者本人の意思を直接確認するために、遺言者が自分の言葉で遺言の趣旨を述べることが求められています。本件では、公証人が先に内容を読み聞かせた後に遺言者が同趣旨を口頭で述べる形になりましたが、最高裁はこれも口授として認めました。

家族に代わりに公証人のところへ行ってもらって遺言を作成することはできますか?

遺言の内容を家族が公証人に事前に伝えること自体は認められています。 本件でも、遺言者Aが家族であるBを公証人のもとに赴かせ、遺言内容を伝えさせています。ただし、最終的には遺言者本人が公証人の面前で意思を確認し、署名・押印することが不可欠です。遺言者本人の関与なく、家族だけで遺言を完成させることはできませんので、その点には注意が必要です。

目次