生前の財団設立手続だけでは遺言は撤回されないと判断した事例(最高裁昭和43年12月24日判決)

この記事のポイント
  • 争点:遺言後に行った生前の財団設立手続は、遺言と「抵触」して遺言を撤回したことになるのか?
  • 結論:裁判所は、生前処分の法律効果が確定的に生じていなければ、遺言との抵触は認められないと判断した。
  • ポイント:遺言と矛盾する行為を生前にしたとしても、その行為が法的に完成していなければ、遺言は有効なままである点を理解しておくことが重要。
目次

事案の概要

この事件は、被相続人Aが遺言と生前の行為の両方で、異なる財団法人を設立しようとしたことから生じた紛争です。

時系列の整理

  1. 昭和31年1月13日:Aは遺言を作成し、「財団法人清水育英会」を設立するための寄附行為(財団法人を作るために財産を提供すること)を行いました。つまり、「自分が亡くなったら、この財産で育英会をつくってほしい」という内容の遺言です。
  2. 昭和31年12月25日:ところが同じ年の暮れ、Aは生前に別の財団法人「財団法人三桝育英会」を設立するための寄附行為を行い、設立の手続を進めました。こちらは遺言ではなく、生きているうちに自分の手で財団をつくろうとしたものです。
  3. しかし、この「三桝育英会」の設立については、主務官庁(所管する役所)の許可がまだ下りていない状態のままでした。

何が問題になったのか

この2つの行為が「矛盾(抵触)」するかどうかが争いになりました。もし生前の行為が遺言と抵触するのであれば、民法1023条2項(遺言と生前処分が矛盾する場合、遺言は撤回されたものとみなすという規定)により、先に作った遺言は撤回されたことになります。

つまり、遺言で設立を予定していた「清水育英会」の遺言が無効になるのか、それとも生前の「三桝育英会」の設立手続がまだ完了していないから遺言は有効なままなのか——これが裁判の核心でした。

主な争点

主務官庁の許可を得ていない生前の財団設立手続は、遺言と「抵触」する生前処分にあたるのか?

民法1023条2項は、遺言の後に行われた生前処分が遺言と矛盾(抵触)する場合には、遺言を撤回したものとみなすと定めています。

上告人(本件で遺言の撤回を主張した側)は、Aが生前に三桝育英会の設立手続を行ったこと自体が、遺言による清水育英会の設立と矛盾するため、遺言は撤回されたとみなすべきだと主張しました。

これに対し、生前処分が遺言と抵触するためには、その生前処分が法的に確定した効力を生じていることが必要かどうかが、最大の争点となりました。

裁判所の判断

結論:遺言は撤回されていない

最高裁判所は、上告を棄却し、遺言は撤回されていないという結論を維持しました。その理由は、大きく3つのステップで説明されています。

①「抵触」の判断は慎重にすべき

裁判所はまず、遺言の撤回は、相続人や受遺者(遺言で財産を受け取る人)、遺言執行者などの法的地位に重大な影響を与えると指摘しました。そのため、遺言と生前処分が抵触するかどうかは慎重に判断すべきであり、「単に遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によって確定的に法律効果が生じていることを要する」と判示しました。

つまり、「こうしたい」という意思を示しただけでは不十分で、法律上の効果が実際に確定して初めて「抵触」が認められるという考え方です。

②無効な行為や条件未成就の行為は「抵触」にならない

裁判所は、具体例を挙げて説明しています。

  • 生前処分が無効であった場合や、詐欺・強迫を理由に取り消された場合は、その行為は初めから効力がないため、遺言と抵触するとはいえません。
  • 同様に、生前処分に停止条件(ある条件が満たされるまで効力が発生しないという制限)が付いている場合、その条件が成就するまでは法律効果が生じていないため、遺言と抵触するとはいえません。

③財団法人の設立には「主務官庁の許可」が不可欠

裁判所は、財団法人の設立には「設立者の寄附行為」と「主務官庁の許可」という2つの条件が必要であり、許可を得て初めて財団法人が設立されると述べました。

そして、この主務官庁の許可は、いわば法律が定めた停止条件(法定条件)のようなものであると位置づけました。許可がなければ、いくら寄附行為をしても、財団法人は法的に存在しないのです。

本件へのあてはめ

本件では、Aが生前に「三桝育英会」設立の寄附行為をし、設立手続を行ったものの、主務官庁の許可はまだ下りていませんでした。したがって、この生前処分はまだ法律上の効力を生じておらず、遺言による「清水育英会」設立の寄附行為と抵触するとはいえないと判断されました。

結果として、遺言は撤回されたものとはみなされず、有効なままとされました。

弁護士の視点

この判例から学べる、将来のトラブルを防ぐための重要なポイントを整理します。

遺言と矛盾する行為をする場合は、法的効果の完成まで注意する

遺言を作成した後に、その内容と矛盾するような行為を生前に行う場合、その行為が法的に完成しているかどうかで、遺言が撤回されるかどうかの結論が変わります。財団法人の設立のように許認可が必要な行為では、許可を受けるまでは法的に未完成であり、遺言への影響はないと判断されることがあります。

遺言の内容を変更したい場合は、正式な撤回・変更手続をとる

遺言の内容を変えたい場合に、生前の行為で「事実上」上書きしようとすると、本件のように「抵触が認められるか」をめぐって争いになるリスクがあります。確実に遺言を変更したいのであれば、新たな遺言を作成して、前の遺言を明確に撤回するのが最も安全な方法です。

財産の処分計画は書面で明確に記録する

遺言と生前処分が並存すると、遺言者の「本当の意思」がどちらにあったのかが分かりにくくなります。財産の処分計画を変更する際は、その経緯と理由を書面に残しておくことで、後の紛争リスクを減らすことができます。

よくある質問(FAQ)

遺言を書いた後に、遺言と矛盾する行為を生前にした場合、遺言は自動的に無効になりますか?

自動的に無効になるわけではありません。 民法1023条2項により、遺言と生前処分が「抵触」する場合には遺言が撤回されたとみなされますが、本判例が示すとおり、生前処分が確定的に法律効果を生じていることが必要です。たとえば、条件付きの行為で条件が満たされていない場合や、許認可が下りていない場合には、抵触は認められず、遺言は有効なまま維持されます。

遺言の内容を変更したいとき、一番確実な方法は何ですか?

新しい遺言を作成し、前の遺言を撤回する旨を明記することが最も確実です。 「前の遺言の全部(または一部)を撤回する」と新しい遺言に記載すれば、法的に明確な形で遺言の変更が可能です。生前の行為によって「事実上」遺言を変えようとすると、本件のように抵触の有無をめぐって争いが生じるおそれがあります。

「停止条件付きの生前処分」とは、どのようなものですか?

ある条件が満たされるまでは効力が発生しない法律行為のことです。 本判例では、財団法人の設立において「主務官庁の許可」が停止条件にあたると解されました。つまり、寄附行為をしただけでは財団法人は成立せず、許可が下りて初めて法的な効果が生じます。このように、法律が一定の手続の完了を効力発生の要件としている場合を「法定条件」と呼ぶこともあります。

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