【判例解説】認知症で認知機能が低下していても、遺言の内容が単純であることを理由に、遺言公正証書を有効とした事例(東京地裁令和6年5月27日判決)
30秒で要点
結論:認知症の診断があっても、遺言の内容と法的効果を理解できる程度の判断力があれば遺言は有効となり得る。
理由:本件では遺言内容が「全財産を二女に相続させる」等の単純な内容で、作成当時の認知機能低下はあっても遺言能力(遺言の内容と効果を理解できる力)欠如までは認められなかった。
注意点:遺言が単純なら有効になりやすく、遺言が複雑で作成経緯が不自然なら無効になりやすくなる。
まず結論
本判決(東京地裁令和6年5月27日判決)は、公正証書遺言の有効性を是認。民法の遺言能力の考え方に照らし、認知症の診断があっても単純な内容なら有効と判断した。
事案の概要
姉(原告)が、母の公正証書遺言の無効と遺産確認を妹(被告)に求めた事件。焦点は「遺言能力」と預金の不当利得、そして遺産確認の必要性(確認の利益)。
被相続人(母)は生前に複数回遺言し、最終の平成28年6月27日公正証書遺言で「遺産はすべて二女(被告)に相続させる」等と定めた。令和3年12月1日に死亡。原告は、遺言作成当時のアルツハイマー型認知症を理由に無効を主張し、さらに口座からの払戻しに関して被告の不当利得を主張して遺産性を争った。裁判所は、遺言無効確認・遺産確認請求は一部却下・一部棄却とした。
争点の整理
①遺言能力の有無、②出金についての不当利得の成否、③遺産確認の訴えの適法性(確認の利益)。
- 争点1:遺言能力(遺言の内容と効果を理解できる力)があったか
- 争点2:口座からの払戻しに関し、被告に不当利得があるか
- 争点3:当事者間で争いのない財産について、遺産確認の訴えに確認の利益(今すぐ裁判で確かめる必要)があるか
裁判所の判断
遺言は有効。不当利得は否定。当事者間で遺産性が争いのない部分の確認訴えは不適法。
裁判所は、遺言作成時に認知機能低下は認めつつも、「遺言能力は、完全な認知機能を要するものではなく、遺言内容を具体的に決定し、その法律効果を弁識できれば足りる」とし、本件遺言は全財産を被告に相続させるなど単純であることから、遺言能力欠如は否定した(詐欺・錯誤の主張も採用せず)。
また、各口座については、被相続人意思に反する領得や不当な利得を裏付ける証拠がないとして不当利得返還請求権の遺産該当性を否定。
さらに、当事者間で遺産であることに争いのない不動産・預貯金の確認請求は、確認の利益を欠き不適法として却下した。
実務への影響・チェックリスト
認知症があっても、遺言の「内容の単純性」と「作成時の理解状況」が具体的資料で示せれば有効性は維持され得る。
- チェック1:遺言時期前後の医療記録(診療録・検査所見・登録内容)を確保する。
- チェック2:遺言内容の複雑さ(配分方法・条件・負担の有無)を評価する。内容が単純か複雑かは能力判断に影響。
- チェック3:公証人・立会人の関与状況、作成経緯のメモや下書きを保存する。
- チェック4:預金引出しは「誰が・いつ・いくら・何に使ったか」をレシート・通帳・介護費用明細で立証設計。
似た場面での分岐点
A(遺言が単純)なら有効認定に傾きやすく、B(遺言が複雑で作成経緯に不自然さ)なら無効主張が通りやすくなる。
- A(相続人1名に一括相続・付言なし・作成直前に意思疎通が確認できる)なら → 有効の立証が相対的に容易。
- B(多数の条件付与・受遺者との利害対立・作成直前の混乱やせん妄の記録)なら → 能力欠如・詐欺/錯誤の主張を具体的資料で補強。
判例比較表
本件は「内容が単純なら有効に傾く」典型例。対比として、内容が複雑・経緯が不自然な場合は無効判断が出やすい。
項目 | 本件 | 比較判例 | 実務メモ |
---|---|---|---|
要件 | 認知機能低下ありでも、遺言内容と法的効果を理解できれば足りる。 | 内容が入り組み、作成経緯や動機が不自然な事案では能力否定例あり(一般論)。 | 能力判断は相対評価(内容の複雑さ・当時の理解状況)。 |
帰結 | 遺言は有効。不当利得は否定。争いのない財産の確認訴えは不適法。 | 複雑な負担付遺言等で無効認定された例もある。 | 医療記録・公証過程・使途資料の三点セットを。 |
補足 | 「完全な認知機能までは不要」との基準を明示。 | 後日追加の資料により評価が変わることも。 | 事実記録の充実が勝敗を左右。 |