【判例解説】事業継続のためであっても、支払能力を超える代償分割は否定し、現物分割を命じた事例(名古屋高裁昭和47年11月27日決定)

この記事のポイント
  • 争点
    事業(旅館)を継続するために、支払能力を超える「代償金」の負担を伴う遺産分割は有効か?
  • 結論
    裁判所は、支払いが不確実で他の相続人がリスクを負う以上、公平ではないとして「現物分割(土地を分けること)」を命じた。
  • ポイント
    特定の相続人が不動産を単独取得したい場合は、他の相続人に支払う「現金」を準備しておくことが重要。
目次

事案の概要

この事案は、旅館業を営んでいた被相続人が亡くなり、その遺産である「土地・建物」を巡って親族間で争いになったケースです。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(亡くなった方):Aさん
  • 主な相続人(揉めた当事者)
    • Xさん(旅館経営者):被相続人の土地の上で旅館を経営し、居住している。土地・建物をすべて自分が引き継ぎ、営業を続けたいと希望。
    • Yさん他(反対派):Xさんが土地を独占することに反対し、土地そのものを分けること(現物分割)を希望。
  • その他の相続人:現金の取得を希望する者など、多数の親族が関与。

トラブルの経緯

遺産の中心は、Xさんが経営する旅館の敷地となっている土地(宅地)でした。
家庭裁判所の審判(第一審)では、「旅館営業を守るため、土地はXさんが取得する。その代わり、Xさんは他の相続人に相応のお金(代償金)を分割払いで支払いなさい」という決定が出されました。

しかし、Xさんが他の相続人に支払わなければならない金額は合計約2,371万円(当時の価格としては非常に高額)にも上りました。

Xさんの経営状態は決して裕福ではなく、他の相続人からは「本当にそのお金を支払えるのか?」「支払われなければ私たちは大損だ」という反発の声が上がり、高等裁判所に不服を申し立てました。

主な争点

「事業継続」のために、支払能力を超える債務を負わせてまで、特定の相続人に土地を取得させることは有効か?

遺産分割には、特定の相続人が不動産を取得し、他の相続人に現金を支払う「代償分割(だいしょうぶんかつ)」という方法があります。

今回の裁判では、「事業継続の必要性」と「支払い能力(実現可能性)」のどちらを優先すべきかが最大の争点となりました。

  • Xさんの主張
    土地を分けられたら旅館が続けられない。代償金は分割で支払うので認めてほしい。
  • 反対派の主張
    Xさんの収入や資産では、その金額を支払いきれない。担保もなく、将来支払いが滞るリスクが高い。

裁判所の判断

名古屋高等裁判所は、第一審の決定を取り消し、「土地を物理的に分ける(現物分割)」という判断を下しました(名古屋高裁昭和47年11月27日決定)。

支払能力の欠如は「不公平」である

裁判所は、Xさんの経済状況を詳しく分析しました。

  • Xさんは旅館の収入で生計を立てているが、収入は多くない。
  • すでに旅館の建物には、450万円の根抵当権(借金の担保)が設定されている。
  • 約2,300万円もの大金を支払う能力があるとは到底いえない。

裁判所は、「支払能力がないことが明らかなのに、多額の債務を負わせる分割方法は、相続人間の実質的な公平を無視している」と断じました。支払いが滞った場合の担保もないため、代償分割は認められないとしました。

事業への影響よりも「確実な解決」を優先

裁判所は、土地をバラバラに分ける(現物分割する)と、Xさんの旅館建物が他人の土地(Yさんらが取得する土地)の上にはみ出してしまい、最悪の場合、「旅館を収去(取り壊し)せざるを得ない立場に置かれる」可能性があることを認めました。

しかし、それでも裁判所は次のような判断を下しました。

“”(どうせ借金が払えず)いずれは右宅地を他に処分し、その代価をもつてこれに充てなければならない事態になることは目に見えている。そうとすると、現時点において、可能なかぎり、右の宅地を現物分割する方がむしろ直截的である。””

つまり、「一人の事業を守るために、他の相続人に不確実な債権回収のリスクを負わせることはできない」というロジックで、土地を物理的に分ける決定をしたのです。

弁護士の視点

この裁判例は、遺産分割において、「事業承継」よりも「公平性(代償金の支払い能力)」が厳格に問われることを示しています。ここから学べる将来のトラブル防止策は以下のとおりです。

「代償金」となる現金の準備が不可欠

特定の不動産(実家や店舗兼住宅など)を確実に引き継ぎたい場合、他の相続人に支払うための現金を準備しておく必要があります。

本件のように「分割払いで払うから」という主張は、相手方が同意しない限り、裁判所には認められない可能性が高いです。生命保険を活用し、受取人を事業承継者にしておくことで、代償金の原資を確保するのが有効な対策です。

遺言書で「分割方法」を指定する

被相続人(親)が生前に遺言書を作成していれば、このような紛争は防げた可能性があります。

「旅館の土地は長男に相続させる。その代わり、長男は〇〇円を他の兄弟に支払う(あるいは預貯金は他の兄弟に渡す)」と指定し、かつ、その支払いが現実的に可能な設計にしておくことが重要です。

事業用資産と個人資産のバランス

事業承継者が無理なく代償金を支払えるよう、事業用資産以外の財産(預貯金など)を他の相続人に渡せるように準備しておくことも大切です。

よくある質問(FAQ)

土地を分けると建物がはみ出してしまいますが、それでも分けられてしまうのですか?

公平性が優先される場合は、分けられることがあります。

本裁判例でも、土地を分けると旅館の建物が他人の土地にはみ出し、結果として「建物を収去(取り壊し)」せざるを得なくなる可能性を裁判所は認めています。それでも、代償金の支払いができない以上は、現物分割(土地を分けること)が原則とされました。

代償金の支払いは、分割払いにしてもらえますか?

相続人全員が合意すれば可能ですが、裁判所が命じる場合は一括払いが原則です。

相手方が同意していない場合、裁判所が分割払いを命じることは稀です。また、本件のように分割払いを認める場合でも、十分な支払い能力があるか、確実な担保があるかが厳しく審査されます。

「家業を守る」という事情は考慮されないのですか?

考慮はされますが、「公平性」の方が優先されます。

民法には「遺産の分割は、遺産の種類や性質、各相続人の職業などを考慮する」とあります。しかし、それは「他の相続人が何ももらえなくても良い(リスクを負っても良い)」という意味ではありません。他の相続人の権利を侵害してまで家業を保護することは、裁判所の判断では難しいのが現実です。

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