遺産分割前の賃料債権は誰のものか──各共同相続人が相続分に応じて確定的に取得するとした事例|最判平成17年9月8日
相続開始から遺産分割までの間に、共同相続にかかる賃貸不動産から生ずる賃料債権は、遺産とは別個の財産として、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得します。本判例は、その帰属が後にされた遺産分割の影響を受けないことを最高裁として初めて明示した重要判例です。遺産分割が長期化した場合の賃料の清算実務に直結するため、相続実務では今なお頻繁に参照されています。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第一小法廷
- 判決日:平成17年9月8日
- 事件番号:平成16年(受)第1222号
- 関連条文:民法898条、899条、909条、427条
事案の概要
本件は、共同相続にかかる賃貸不動産から相続開始後に生じた賃料の帰属について、遺産分割の遡及効によりさかのぼって不動産取得者に帰属するのか、それとも各共同相続人が法定相続分に応じて取得するのかが争われた事案です。
登場人物
- A(被相続人):平成8年10月13日死亡。賃貸不動産を多数所有していた。
- X(被上告人):Aの妻。法定相続分2分の1。
- Y(上告人):Aの子。法定相続分8分の1。本件保管金を保管していた当事者。
- B・C・D(Aの他の子ら):いずれも法定相続分は8分の1ずつ。
時系列
- 平成8年10月13日:A死亡(法定相続人はX、Y、B、C、Dの計5名)
- 平成8年12月:相続人ら、賃料管理のための共同口座を開設し、賃借人らに賃料を共同口座に振り込ませる運用を開始
- 平成11年6月:大阪家庭裁判所が遺産分割審判
- 平成12年2月2日:抗告審の大阪高等裁判所が本件不動産について遺産分割をする旨の決定(本件遺産分割決定)
- 平成12年2月3日:本件遺産分割決定確定
- 平成12年5月:共同口座の残金の分配方法をめぐり紛争発生。争いのない範囲で分配し、争いのある金員(本件保管金)はYが保管して訴訟で帰属を確定する旨の合意
- 平成12年9月:Yが共同口座を解約し残金を保管
- 平成13年:X、Yを相手取り本件保管金の返還を求めて提訴
- 平成15年9月26日:大阪地裁、X請求を一部認容
- 平成16年4月9日:大阪高裁、Yの控訴を棄却
- 平成17年9月8日:最高裁、原判決を破棄し大阪高裁に差し戻し
経緯
Aの死亡により、妻Xと子Y・B・C・Dの計5名が共同相続人となりました。Aの遺産には多数の賃貸不動産が含まれていたため、相続人らは、遺産分割により各不動産の帰属が確定した時点で清算する前提で、共同口座を開設して賃料を一括管理する暫定的な運用を取り決めました。
その後、平成12年2月、大阪高等裁判所が遺産分割審判の抗告審で本件不動産について遺産分割をする旨の決定をし、各不動産の取得者が確定しました。ところが、共同口座に蓄積された残金約2億円の清算方法をめぐり、相続人間で意見が対立します。
Xは、「遺産分割の遡及効(民法909条)により、本件遺産分割決定で各不動産を取得した相続人が相続開始時から所有していたことになるのだから、賃料もさかのぼって不動産取得者に帰属する」と主張しました。この計算によれば、Xが取得すべき金額は約1億9000万円となります。
これに対しYら子側は、「遺産分割確定までの間は法定相続分に従って各相続人に帰属し、確定の翌日から不動産取得者に帰属する」と主張しました。この計算によればXが取得すべき金額は約1億円にとどまります。
争いのない範囲で分配したうえ、争いのある金員(本件保管金)をYが保管し、訴訟で帰属を確定することで合意したため、XがYに対して本件保管金の返還を求めて提訴しました。
第一審、控訴審ともにXの主張に沿った遡及的帰属説を採用してXの請求を認容したため、Yが上告受理申立てをした、というのが本件です。
争点
共同相続にかかる賃貸不動産から相続開始後に生じた賃料債権は、誰にどのように帰属するか
争点の本質的な問いは、「遺産分割前に共同相続不動産から生じた賃料債権が、遺産分割の遡及効を受けて不動産取得者にさかのぼって帰属するのか、それとも各共同相続人が法定相続分に応じて確定的に取得するのか」という点にあります。
X(妻側)は、賃料債権は遺産から生ずる法定果実であり、遺産分割の遡及効が及ぶ以上、不動産を取得した相続人が相続開始時にさかのぼって賃料についても権利を取得する、と主張しました。
これに対しY(子側)は、遺産分割確定までは法定相続分に従って各相続人に帰属し、確定後初めて不動産取得者に帰属するに至ると主張しました。
裁判所の判断
判旨の要約
最高裁は、原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻しました。共同相続不動産から生ずる賃料債権は遺産とは別個の財産であり、各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、その帰属は後の遺産分割の影響を受けない、と判断しています。
判決文の引用
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
判例の考え方
最高裁の論理は、おおむね次の3段階で組み立てられています。
第1に、遺産共有と賃料債権の関係です。相続人が複数いる場合、遺産は相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属します。その間に遺産である賃貸不動産を使用管理して得られた賃料債権は、共有財産の使用管理から派生する金銭債権であり、元物である不動産そのものとは性質が異なる別個の財産と位置付けられます。
第2に、可分債権としての性質です。賃料債権は金銭債権であり可分債権ですから、共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として取得することになります。これは、遺産中の可分債権が相続開始と同時に当然に分割されるという従来の判例の考え方と整合する処理です。
第3に、遺産分割の遡及効との関係です。民法909条本文は遺産分割に遡及効を認めますが、遡及効は遺産そのものの帰属を相続開始時に遡らせるものであって、すでに各共同相続人に確定的に帰属した別個の財産にまで及ぶものではありません。賃料債権は遺産とは別個の財産として確定的に分割取得されているため、後の遺産分割の影響を受けないことになります。
結論に至る処理
以上の判断を踏まえ、最高裁は、相続開始から本件遺産分割決定確定までの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、X・Y・B・C・Dがそれぞれの相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、共同口座の残金もこれを前提として清算されるべきだと判断しました。原審は遡及的帰属説に立って分配額を算定したため法令違反があるとして、原判決を破棄し、清算額の算定をやり直させるために大阪高裁に差し戻しています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
第1に、対象となる財産は共同相続にかかる賃貸不動産から生じた賃料債権に限定されます。判決文は「遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権」と限定的に表現しており、賃料以外の収益(売却代金、配当金等)についてまで本判例の射程が直接及ぶものではありません。
第2に、対象となる期間は相続開始から遺産分割までの間です。遺産分割確定後に発生する賃料は、遺産分割により当該不動産を取得した相続人が当然に取得するものであり、本判例の射程ではありません。
第3に、本判例は、賃料債権が「分割単独債権として確定的に取得」されると述べています。この「確定的に」という表現は、後の遺産分割により帰属が変動しないことを意味するもので、共同相続人間で別途の合意がある場合の処理についてまで判決文が触れているわけではありません。共同相続人全員が、賃料も併せて遺産分割の対象に含める旨の合意をした場合の取扱いは、本判例の射程外にとどまります。
第4に、本判例は遺産分割の遡及効(民法909条本文)が賃料債権に及ばないことを判示するものであって、遺産分割の遡及効そのものを否定するものではありません。元物である不動産の帰属については従来どおり遡及効が及び、相続開始時にさかのぼって当該相続人が取得していたことになります。
実務での使い方
本判例は、遺産分割が長期化している案件で、その間に発生した賃料の帰属・清算方法を確定させる場面で、中心判例として引用します。
使える場面
典型は、多数の賃貸不動産が遺産に含まれ、遺産分割審判・調停が長期化している事案です。家庭裁判所での遺産分割が数年に及ぶことは珍しくなく、その間に発生する賃料は相当な金額にのぼります。本件のように、賃料を共同口座で一括管理し、遺産分割確定後に清算する運用が取られているケースでも、清算方法をめぐって紛争が再燃することは少なくありません。
本判例は、こうした場面で「賃料は不動産取得者にさかのぼって帰属する」という主張(遡及的帰属説)を退け、「各相続人が法定相続分に応じて確定的に取得する」という結論を基礎づけます。
法定相続分による帰属を主張する側
法定相続分に応じた取得を主張する側は、本判例を引用するにあたり、次の事実を押さえます。
第1に、遺産分割前に発生した賃料であることを確定させる必要があります。賃料の発生時期(賃貸借契約上の支払期日)が相続開始後・遺産分割確定前であれば、本判例の射程内に入ります。
第2に、共同相続人間で「賃料も併せて遺産分割の対象に含める」旨の合意がないことを確認します。本件のように共同口座で管理している場合でも、それが「便宜的な管理のため」なのか「賃料も遺産分割の対象に組み入れる合意なのか」で結論が変わり得ます。本件最高裁は、共同口座の開設だけでは賃料の遺産分割対象化の合意とは見ていません。
遡及的帰属を主張する側(本判例に対抗する側)
逆に、相続人全員の合意により賃料を含めて清算する立場では、「賃料も含めて遺産分割の対象とする合意」が成立していたことを主張する余地があります。本判例の射程は、あくまで合意がない場合の規律を示したものであり、共同相続人全員の合意により賃料を遺産分割の対象に含めることまでを否定するものではないからです。
そのためには、合意の成立時期、合意の内容、合意の対象範囲を示す客観的証拠(議事録、書面、メール、関係者証言)を準備する必要があります。共同口座の開設経緯や、相続人間でやり取りされた書面に「賃料も最終的な不動産帰属に応じて清算する」旨が明示されていれば有力な材料になります。
立証上のポイント
本件の判旨は明快ですが、実務上は次の点が争われやすくなります。
第1に、賃料の発生時期と支払時期の特定です。月額賃料の支払期日が相続開始日をまたぐ場合、その月の賃料がどちらに帰属するかは、賃貸借契約の定め(前払か後払か、日割計算の有無)に応じて整理する必要があります。
第2に、経費の控除です。賃料収入から固定資産税、修繕費、管理委託料等を控除した「純収益」をどう扱うかは、相続人間で争いになります。本判例は賃料債権そのものの帰属を判断したものですから、経費の負担者と負担割合は別途検討する必要があります。一般的には、各相続人が相続分に応じて経費も負担すると整理されますが、不動産を実際に管理していた相続人が立替えた管理費の精算など、個別に詰めるべき論点があります。
第3に、敷金返還義務の処理です。賃借人が退去する際の敷金返還義務は、賃貸人の地位を承継した不動産取得者が負うことになりますが、敷金預り金が共同口座に蓄積されている場合の精算は、賃料とは別の論理で処理する必要があります。本件控訴審でも、敷金の取扱いについて当事者の主張が交錯していました。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、預貯金債権との関係です。預貯金債権の遺産分割における取扱いについては、平成17年判決後に最高裁の判断が変容しました。賃料債権と預貯金債権では発生の機序が異なるため、本判例の射程は預貯金債権には直接及びませんが、共同相続不動産の賃料が振り込まれた預貯金口座の残金については、賃料債権としての性質と預貯金債権としての性質が交錯することがあるため、整理の際には注意が必要です。
第2に、遺産分割協議における賃料の扱いです。実務上、遺産分割協議書に「相続開始後の賃料は不動産取得者に帰属する」旨を盛り込むことは少なくありません。本判例の射程からすれば、これは「分割単独債権として取得した賃料を、合意により最終帰属者に再分配する」合意と理解されます。協議書のドラフティングにあたっては、合意の対象範囲(過去分・将来分の双方を含むか)、合意の効力発生時期、合意に伴う贈与税・所得税のリスクを併せて検討する必要があります。

