【判例解説】代償金の支払能力がなく、現物分割としたが、将来の譲渡を見越して分配した事例(新潟家裁昭和46年3月10日審判)
- 争点
資金力不足の相続人に不動産を集約させ、代償金を「後払い(債務)」にする方法は認められるか? - 結論
裁判所は支払能力の欠如を理由にこれを退け、原則どおり「現物分割(土地を分ける)」を命じた。 - ポイント
「リーダーが耕作中の土地を、その支持者に割り当てる」という、将来の譲渡をスムーズにする工夫がなされた。
事案の概要

本件は、農地や自宅を中心とした遺産(約2,125万円相当 ※昭和46年当時)をめぐり、多数の相続人が2つの派閥に分かれて対立した事案です。
主な登場人物とその関係
- 被相続人(亡くなった方):農業を営んでいた父親
- 主な相続人:
- 長男X:唯一の男子。「X派」のリーダー。遺産である農地の全取得を希望し、すでに一部を耕作している。
- 八女Y:身体に障害があるものの、長年家業の農業を支えてきた。「Y派」のリーダー。Xと不仲で別居中だが、自らも農地の取得を希望し、一部を耕作している。
- その他の姉妹たち:「X派」と「Y派」に分かれ、「自分の相続分は支持するリーダー(XまたはY)に譲りたい」と主張。
- 孫:中立の立場で、自分自身の分として農地の現物取得を希望。
トラブルの経緯
多くの姉妹(支持者たち)は、「自分は土地を使うつもりがないので、リーダー(XまたはY)に権利をあげたい」と考えていました。
しかし、土地をもらうはずのXやYには、他の兄弟姉妹の持分を買い取るだけのお金(代償金)を払う能力がありませんでした。
そこで、「お金はないけれど、とりあえず土地をリーダーに単独取得させて、代償金は借金(債務)として背負わせる形にしてよいか」、あるいは「派閥ごとに土地を共有にするか」が大きな問題となりました。
主な争点
裁判所は、遺産分割の方法として、以下の3点の是非を検討しました。
支払能力がなくても「代償分割」はできるか?
多くの姉妹が望んでいるからといって、XやYに農地を集中させ、超過分については後から支払う「債務」として負担させる方法は有効か? 彼らの経済状況(支払能力)が問題視されました。
支持者ごとの「グループ共有」は解決になるか?
代償金が払えないなら、「Xとその支持者グループ」「Yとその支持者グループ」という単位で、土地を共有として持ち合う解決は許されるか?
紛争解決の手段として「共有」を残すことが適切かどうかが問われました。
計算上の過不足はどう調整するか?
現物分割をした結果、取得額に不公平(もらいすぎ、もらいなさすぎ)が生じた場合、必ず金銭で精算しなければならないか?
裁判所の判断
結論:代償分割も共有も認めず、全員への「現物分割」を命じた
新潟家庭裁判所は、特定の誰かに土地を集約させるのではなく、「各相続人に、それぞれの相続分に見合う土地(現物)を具体的に分け与える」という判断を下しました。
判断の理由
裁判所は、単に法律を適用するだけでなく、「どう分ければ将来スムーズに農業が続けられるか」という実利と常識的な公平感を重視し、以下のようなロジックで分割方法を決定しました。
- 「払えない借金」を背負わせる解決は不公平
裁判所は、XおよびYについて「支払能力に疑問がある」と断定しました。もし無理に土地を取得させ、他の相続人への支払いを命じても、結局はお金が払えず、せっかく取得した土地を売る羽目になります。これでは本末転倒であるため、代償分割は不採用となりました。 - 「共有」は紛争の先送り
グループごとの共有案についても、裁判所はきっぱりと否定しました。「共有関係は、最終的には分割を予定するものであり、紛争を後日に残すこととなるため、抜本的解決とはいえない」からです。 - 「取得してから譲渡」すればよい(解決の工夫)
裁判所が採用したのは、「まずは全員が自分の分の土地をもらう。その上で、各自が『自分の土地をX(またはY)にあげたい』という意思があるなら、審判の後で勝手に譲渡すればよい」という方法です。
これなら、代償金の不払いトラブルも起きず、各人の「応援したい」という意思も(結果的に)実現できます。 - 将来の譲渡を見越した「配置(場所)」の決定
ここが本判決の最大のポイントです。裁判所は、土地をバラバラに分けるのではなく、「将来、X(またはY)が支持者から土地を譲り受けたときに、農作業がしやすい形」になるよう配慮しました。- X派のAへの配分:審判前の処分により、すでに「Xが耕作してきた土地」を割り当てました。
- Y派のBへの配分:審判前の処分により、すでに「Yが耕作してきた土地」を割り当てました。
- 不公平の調整は「過去の利益」で相殺
現物分割の結果、Xの取得額は本来のシェアより少なくなりましたが、裁判所は「Xは長年、遺産の家に住んで利益を得ていた」として、金銭による調整を不要としました。
弁護士の視点
この判例は、資金不足で代償分割ができない場合でも、裁判所が柔軟な解決策(現物分割の配置の工夫)を示すことがあるという好例です。
「共有」は避けるべき
裁判所が「グループごとの共有」さえ認めなかった点に注目してください。仲の良い親族間であっても、不動産の共有は将来必ずトラブルになります。遺産分割では「とにかく共有は解消し、単独所有にする」ことが鉄則です。
「代償金」の準備がないと土地は守れない
「土地は長男が継ぐ、代わりにお金を払う」という約束はよくありますが、実際に払える能力(現金)がなければ、裁判所はその案を採用しません。結果として本件のように土地をバラバラに切り分けられる(分筆される)可能性があります。不動産を守りたい場合は、生命保険金を活用するなどして、事前に現金を準備しておくことが不可欠です。
「分割後の譲渡」という解決策
本件のように、「一旦自分の名義にしてから、すぐに特定の人に譲渡(贈与または売買)する」という方法は、実務上も有効な解決策です。遺産分割協議書の中で無理にまとめようとせず、「①まずは法定相続分通りに登記」→「②その後に譲渡契約」という2段階の手順を踏むことで、複雑な利害関係を整理できる場合があります。
※ただし、譲渡時の税金(贈与税や譲渡所得税)には十分な注意が必要です。

