被相続人の死後に購入された位牌・仏具は祭祀財産に当たらないとした事例|東京高決平成31年3月19日
民法897条の祭祀財産は、被相続人が生前所有していた「祭具」等を承継対象とします。本決定は、被相続人の死後に他の者が購入・作成した位牌・リン等は、たとえ仏壇とともに祭祀に供されてきたものであっても、被相続人から承継すべき祭祀財産には当たらないと判断しました。あわせて、位牌等を遺骨・遺体に準じて扱うことも、性質が異なるとして否定しています。
判例情報
- 裁判所:東京高等裁判所第22民事部
- 決定日:平成31年3月19日
- 事件番号:平成30年(ラ)第2187号
- 関連条文:民法897条
事案の概要
本件は、被相続人の長男が、被相続人の妻・長女・二男に対し、仏具一式の祭祀承継者を自らに指定するよう求めた家事審判の抗告審です。承継対象として申し立てられた財産には、被相続人が生前所有していた香炉・燭台・花立て等の祭具に加え、被相続人の死後に購入・作成された位牌およびリン(リン棒・リン布団を含む)が含まれていました。後者の祭祀財産該当性が、本記事で扱う中心論点です。
登場人物
- E(被相続人):昭和61年死亡。妻Bと昭和29年に婚姻し、長男A、長女C、二男Dをもうけた。
- A(原審申立人・抗告人兼相手方):Eの長男。喪主としてEの葬儀を主宰し、菩提寺の檀徒および本件墓地の永代使用権を承継した。本件仏壇は平成28年9月にBから引き渡しを受けている。
- B(原審相手方・相手方兼抗告人):Eの妻。被相続人死亡後、本件仏壇および各祭具をB宅に保管していた。
- C(原審相手方・相手方兼抗告人):Eの長女。
- D(原審相手方・相手方兼抗告人):Eの二男。
時系列
- 昭和61年:E死亡。Aが喪主として葬儀を主宰し、菩提寺KにあるF家の本件墓地に納骨
- 被相続人の葬儀後:AまたはBのいずれかが本件仏壇を購入し、B宅に安置
- 被相続人の死後:AまたはBのいずれかが、佛具店からリン・リン棒・リン布団を購入し、被相続人の位牌の作成を依頼(購入・作成者は判然とせず)
- 平成28年9月:BがAに本件仏壇および一部祭具を引き渡し
- 平成30年2月:Aが東京家裁に祭祀承継者指定の調停を申立て
- 平成30年7月:調停不調により審判に移行
- 平成30年11月22日:原審(東京家裁)が、被相続人所有と認められた香炉・燭台等の祭具についてはAを承継者と定めたが、位牌およびリンはEが所有していたものではないとして承継者を定めず
- 平成31年3月19日:抗告審(東京高裁)が決定
経緯
被相続人Eは、昭和61年に死亡しました。葬儀後、長男Aまたは妻Bのいずれかが本件仏壇を購入し、B宅に安置しています。仏壇とともに祭祀に供されてきた香炉・燭台・花立て・仏飯器・線香立て・マッチ消し・仏壇台といった祭具は、被相続人Eが生前から所有していたものと認められました。これに対し、リン(およびリン棒・リン布団)、ならびに被相続人の位牌は、いずれも被相続人の死後にAまたはBが佛具店から購入・作成したものであって、被相続人Eが生前に所有していた財産ではないことが、原審で認定されています。
その後、AとBの心情的対立が深まったことを契機に、平成28年9月、BからAに本件仏壇および一部の祭具が引き渡されました。Aは、残された祭具・位牌・リン等についても自らを承継者とするよう、平成30年2月、東京家裁に調停を申し立て、不調により審判に移行します。
原審(東京家裁)は、被相続人所有と認められた香炉・燭台等の祭具についてはAを承継者と定めましたが、位牌およびリンについては「いずれもEが所有していたものではないから、被相続人から承継すべき祭祀財産には当たらない」として、承継者の指定をしませんでした。Aは、位牌およびリンも被相続人の遺骨・遺体に準じて扱うべきだと主張して抗告しました。
争点
──被相続人の死後に他の者が購入・作成した位牌・リン等は、民法897条の祭祀財産として被相続人から承継すべき対象に当たるか。これらを遺骨・遺体に準じて扱うことができるか。
A側の主張:位牌およびリンは、被相続人が生前保有していなかった点で遺体や遺骨と共通する。紛争の一回的解決の要請、推認される被相続人の意思、本件仏壇や香炉・燭台等の祭具との密接した場所的関係等を踏まえれば、これらは祭祀財産に準じたものとして扱うべきである。仏壇および他の祭具と一体的に承継・引渡しの対象とすべきである。
B側の主張:位牌およびリンは、いずれも被相続人が所有していたものではないから、被相続人から承継すべき祭祀財産には当たらない。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:被相続人の死後に他の者が購入・作成した位牌・リン等は、被相続人が所有していたものではない以上、被相続人から承継すべき祭祀財産には当たらない。これらを被相続人の遺骨等のように祭祀財産に準じたものと扱うことも困難である。
- 理由:遺骨・遺体は被相続人自身から生じたものであって「いわば被相続人自体」とも評価し得るのに対し、位牌・リン等は被相続人以外の主体が製作したものを取得した物であって、性質が根本的に異なるから。
判決文の引用
東京高裁は、まず被相続人が所有していなかった財産は祭祀承継の対象とならないことを次のように述べています。
目録記載8・9の各財産は、いずれも被相続人が所有していたものではなく、被相続人から承継すべき祭祀財産には当たらない以上、その承継者を原審申立人に指定することや、原審申立人へ引き渡すことに係る申立てを認めることはできないというほかない。
※判決文中の「目録記載8」はリン・リン棒・リン布団を、「目録記載9」は被相続人の位牌を指します。
そのうえで、位牌等を遺骨・遺体に準じて扱うことの可否について、両者の性質の違いを次のように整理しました。
たとえ被相続人が生前所有していた財産ではない点で共通点があるとしても、被相続人の遺体や遺骨は、被相続人自身から生じたものであって、いわば被相続人自体であるともいえるものであるのに対し、目録記載8のリン、リン棒、リン布団(各1個)及び目録記載9の被相続人の位牌は、被相続人以外の主体が製作したものが取得されたものであって、その性質において遺体や遺骨とは異なるものであることは明らかというべきである。そうすると、目録記載8・9の各財産を、被相続人の遺骨等のように、祭祀財産に準じたものと扱うことは困難であり、このことは、紛争の一回的解決の要請、推認される被相続人の意思、本件仏壇や目録記載1ないし7の各祭祀財産との密接した場所的関係等を考慮したとしても、左右されない。
判例の考え方
本決定の論理は、民法897条の「祭具」の射程と、遺骨・遺体との区別の2段で組み立てられています。
第1に、民法897条の制度趣旨に立ち返った原則。同条は、祖先の祭祀を主宰すべき者が「系譜、祭具及び墳墓の所有権を承継する」と定めます。条文の文言が示すとおり、承継の対象は被相続人が生前所有していた財産に限られます。被相続人の死後に他の者が購入・作成した物は、形式的には祭祀に供されていても、被相続人の所有財産ではない以上、承継の対象にはなりません。位牌・リンが現に仏壇とともに祀られていることや、他の祭具との場所的近接性があることは、この原則を覆す事情にはなりません。
第2に、遺骨・遺体との性質の違いに基づく区別。実務では、被相続人の遺骨・遺体について「祭祀財産に準じて扱う」という議論が定着しています。Aは、位牌等も「被相続人が生前所有していなかった」点で遺骨・遺体と共通すると主張しましたが、東京高裁はこれを退けました。理由は、両者の起源が決定的に異なる点にあります。遺骨・遺体は被相続人自身から生じたものであって、いわば被相続人そのものとも評価できる存在です。これに対し、位牌・リン等は被相続人以外の主体が製作したものを取得した物であり、被相続人との物質的な連続性がありません。この性質の違いは、紛争の一回的解決の要請や被相続人の推認される意思、場所的近接性といった事情では覆らない、というのが本決定の立場です。
要するに、本決定は「被相続人が生前所有していなかった」という共通点だけでは遺骨・遺体と同列に扱う理由として不十分であり、「被相続人自身から生じたもの」と「他者が製作した物」との間には、決定的な性質の違いがあると整理したものです。
結論に至る処理
東京高裁は、位牌およびリンについて、承継者指定および引渡しを求めるAの抗告および追加的申立てをいずれも棄却しました。これらは、本決定の判断によって被相続人から承継すべき祭祀財産から外れることが確定し、その所有関係は通常の動産の所有権の問題に委ねられることになります(本件で位牌およびリンの所有者がAかBかは認定されていません)。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「被相続人が所有していたかどうか」が分水嶺
本決定は、位牌およびリンについて「いずれも被相続人が所有していたものではない」ことを承継対象から外す根拠としました。射程として確実に読み取れるのは、被相続人が生前所有していなかった位牌・仏具等は、民法897条の承継対象とならないことです。
逆に言えば、位牌や仏具が被相続人の生前から存在しており、被相続人の所有財産であったと評価される場合は、本判例の射程外です。例えば先代から引き継がれた位牌・仏具で、被相続人の代に所有財産となっていたものは、別の判断を受ける余地があります。本決定は所有関係の認定を前提とした判断であり、所有関係次第で結論が変わる構造になっている点に注意が必要です。
「被相続人自身から生じたもの」と「他者の製作物」の区別
本決定は、遺骨・遺体と位牌等との性質の違いを「被相続人自身から生じたもの」か「被相続人以外の主体が製作したものか」という基準で区別しました。射程として読み取れるのは、被相続人の身体から生じたものでない物を、遺骨・遺体に準じて祭祀財産として扱うことはできないという限度です。
仏壇・他の祭具との場所的・機能的関係は決め手にならない
本決定は、A側が主張した「紛争の一回的解決の要請、推認される被相続人の意思、本件仏壇や香炉・燭台等の祭具との密接した場所的関係等」をいずれも考慮対象に含めたうえで、「これらを考慮したとしても、左右されない」と明示的に退けています。
ここから読み取れるのは、仏壇や他の祭具と一体的に祀られているという外形的事実だけでは、被相続人の所有財産でない物を承継対象に取り込む根拠にはならないという限定です。実質的に祭祀の現場で一体運用されている財産であっても、所有関係の壁を超えて承継対象とすることはできない、という整理になります。
実務での使い方
本決定は、位牌・仏具の祭祀承継を巡る紛争で、対象財産の範囲を画定する際の出発点となる裁判例です。仏壇の引渡しはついたものの、位牌や鳴り物(リン)等が手元に残ってしまう、あるいはその逆のパターンがあるとき、何が法律上の祭祀財産として承継対象になるのかを整理するうえで参照価値があります。
使える場面
典型は、被相続人の死後にどちらか一方の遺族が購入した位牌・仏具を巡って争いがあるケースです。被相続人が生前から所有していた仏具と、死後に新調された位牌等とが、同じ仏壇内に混在しているという状況は実務でよく見られます。本判例は、この場合に両者を切り分けて処理すべきことを明示しました。仏壇と祭具一式を「セット」として直感的に承継対象と捉える発想は、本判例によって法律上は否定されることになります。
依頼者から「位牌や仏具を取り戻したい」という相談を受けた際には、まずそれらが被相続人の生前所有財産であったかを確認することが出発点になります。確認の結果、被相続人の死後に購入されたものであれば、祭祀承継者指定の枠組みでは取り戻せないことを早めに伝え、別の解決手段を検討する必要があります。
承継対象に含めたい側
被相続人の死後に購入された位牌・仏具を承継対象に含めたい側は、本判例の存在を前提にすると、正面から祭祀承継の枠組みで請求するのは困難です。それでも構成可能な主張としては、次のものが考えられます。
第1に、当該位牌・仏具が実は被相続人の生前所有財産であったとの主張です。位牌の作成費用・仏具の購入費用が被相続人の財産から支出されていた、被相続人の意思で作成・購入されたものであった、といった事情が示せれば、所有者の認定を被相続人とする余地があります。家計簿、領収書、佛具店の記録、関係者の証言等を丁寧に拾うことが必要です。
第2に、遺骨・遺体に準じた扱いを求める主張です。ただし本判例が「被相続人以外の主体が製作した物」については遺骨等に準じた扱いを否定したため、この主張はかなり厳しい立場に置かれます。そのうえで主張するとすれば、本件で扱われた一般的な位牌・リンとは異なる特殊な事情(例えば、被相続人の身体に由来する要素を含む特殊な仏具がある場合等)を具体的に積み上げることになります。
第3に、法的な取り戻しを諦め、新たに購入・作成し直すという割り切りです。位牌・仏具は売買契約の当事者である購入者の所有物となるのが原則であり、購入者が依頼者以外であれば、依頼者は契約関係にも共同所有関係にも立たず、所有権に基づく引渡請求や贈与の主張といった一般民事の構成も基本的に成り立ちません。法的に取り戻す手段がないことを前提に、新たに位牌・仏具を作成・購入する方向で割り切るのが、結局のところ現実的な解決になることが多い場面です(後記「併せて検討すべき周辺論点」第2項参照)。
承継対象から外したい側
逆に、相手方の祭祀承継者指定の申立てに対し、位牌・仏具の一部を承継対象から外したい側は、本判例を直接の根拠として主張することができます。
決め手は、当該位牌・仏具を購入・作成した時期と支出元を具体的に示すことです。被相続人の死後に購入されたことが客観的に裏付けられれば、本判例の枠組みに乗せて承継対象から外す主張が通りやすくなります。佛具店の納品書・領収書、家計上の支払記録、購入を依頼した経緯のメモ等が有力な証拠になります。
加えて、相手方が「遺骨・遺体に準じる扱い」を主張してきた場合の対応も準備しておく必要があります。本判例の論理に従えば、「被相続人自身から生じたもの」と「他者が製作した物」の起源の違いを強調することで、準祭祀財産化の主張を遮断できます。
立証上のポイント
本判例の枠組みを実務で活かすには、所有関係の立証が中核になります。被相続人の生前所有財産に当たるか否かを判断するには、(1)購入・作成の時期(被相続人の生前か死後か)、(2)購入費用の支出元(被相続人の財産か、相続人の財産か)、(3)購入の意思決定者(被相続人本人の意思か、相続人の判断か)、の3点を整理することが基本となります。
本件でも、香炉・燭台等の祭具については「被相続人が所有していたものと認めるのが相当」とされた一方、位牌およびリンは「いずれも被相続人が所有していたものではない」と認定が分かれています。同じ仏壇内の祭具であっても、購入時期と購入者によって扱いが分かれるという結論ですから、対象財産ごとに丁寧な所有関係の認定作業を行うことが欠かせません。
なお、本件のように購入・作成者が「Aか相手方Bのいずれかは判然としない」とされた場合でも、少なくとも被相続人の所有ではないことが認定できれば、祭祀承継の対象から外す結論には足ります。被相続人の所有でないことの立証ができれば足り、AとBのどちらの所有かまで確定する必要はないという点は、立証戦略上の重要なポイントです。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、位牌等が承継対象から外れた場合の所有関係の確定です。本判例は被相続人の所有でないことを認定しただけで、その先の所有者(本件ではAかBか)までは確定していません。承継対象から外れた位牌・仏具については、別途、購入者・支出元等の事情から所有者を確定する作業が必要となり、場合によっては別途の所有権確認訴訟や引渡請求訴訟が必要になります。
第2に、新たな位牌・仏具を作成するという現実的な選択肢です。位牌・リン等は、所有関係を巡って紛争を続けるよりも、祭祀承継者となった側で新たに作成・購入する方が早いという場合が少なくありません。とくに位牌は、菩提寺で開眼供養を経て新調することが宗教的にも特段の支障はなく、依頼者と相談のうえで現実的な落としどころとして検討する価値があります。本判例によって法的に取り戻せない範囲が明確になった以上、紛争の長期化を避ける観点から、依頼者の宗教的・心情的なニーズと法的な取り戻しの可能性を切り分けて整理することが重要です。
第3に、遺骨・遺体の取扱いとの関係です。本判例は遺骨・遺体について「いわば被相続人自体」と位置付けており、これらが祭祀財産に準じて扱われるという従来の実務的整理を再確認する形になっています。遺骨を巡る紛争では別の判例法理が形成されており、本判例から直接の結論は導けませんが、本決定が遺骨・遺体の特殊な地位を改めて言語化した点は、関連する事案の検討においても参考になります。

