被代襲者への贈与は代襲相続人の特別受益、贈与後に代襲相続人となった者への贈与も特段の事情ありで特別受益と認めた事例|福岡高判平成29年5月18日

判例のポイント

被代襲者が生前に被相続人から受けた贈与は、その後の被代襲者の死亡によって代襲相続人となった者との関係でも、特別受益(民法903条)に当たります。これに対し、推定相続人でなかった者が被相続人から直接贈与を受けた後に代襲相続人の地位を取得したときは、その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り、代襲相続人の特別受益には当たりません。本判決は、代襲相続が絡む特別受益・遺留分処理について、これら二つの場面を場合分けして整理した重要判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:福岡高等裁判所第5民事部
  • 判決日:平成29年5月18日
  • 事件番号:平成28年(ネ)第322号
  • 関連条文:改正前民法903条、1044条(現行民法903条、1043条、1044条)

事案の概要

本件は、被相続人の長女(被代襲者)に対する生前贈与と、その長男(後に代襲相続人となる孫)に対する直接の生前贈与の双方について、被相続人の二女が、代襲相続人らに対して遺留分減殺請求権を行使した事案です。

登場人物

  • A(被相続人・贈与者):農業と生花販売業を営んでいた女性。平成23年7月死亡。
  • B(Aの長女・被代襲者):Aと同居し、生花販売業を引き継いだ。平成16年2月死亡。
  • X(Aの二女・控訴人):Aの遺留分権利者で、本件遺留分減殺請求権を行使した者。
  • Y1(Bの長男・代襲相続人・被控訴人):A方の隣に居住していた孫。Bの死後にAから直接贈与も受ける。
  • Y2(Bの二男・代襲相続人・被控訴人):Bの遺産分割では代償金のみを取得した。

時系列

  • 昭和19年:Aの夫が戦争で死亡
  • 昭和53年6月:Bが3度目の離婚後、Aと同居
  • 昭和61年頃:BがAの生花販売業を事実上引き継ぐ
  • 平成元年12月7日:AがBに本件土地1(農地のほとんど)を贈与(移転登記は平成2年6月18日)
  • 平成3年5月24日:AがBおよびY1に本件土地2(自宅敷地を分筆したもの)の持分各2分の1を贈与
  • 平成6年頃:Bが交通事故で軽トラックの運転ができなくなる
  • 平成7年1月:Bが本件土地1の一部を売却(以後、平成14年にも一部売却)
  • 平成16年2月25日:B死亡(Y1がBの全遺産取得、Y2に代償金3970万円)
  • 平成16年4月23日:AがY1に本件土地3を贈与(「代がわり」として)
  • 平成21年11月3日:Aが全遺産をXに遺贈する公正証書遺言を作成
  • 平成23年7月2日:A死亡
  • 平成23年7月3日:XがY1・Y2に対して遺留分減殺請求権を行使
  • 平成28年3月2日:原審(福岡地裁小倉支部)がXの請求を棄却
  • 平成29年5月18日:本判決(原判決一部取消し、Xの請求一部認容)

経緯

A(被相続人)は、夫を戦争で亡くした後、農業と生花販売業を営んできました。長女Bは離婚後にAと同居し、生花販売業を引き継いでおり、Aの孫であるY1(Bの長男)はA方の隣に居住していて、親族として円満に暮らしていました。

Aは、平成元年12月にBに対して農地のほとんど(本件土地1)を、平成3年5月にBおよびY1に対して自宅敷地を分筆した本件土地2の持分各2分の1ずつを、それぞれ贈与しています。本件土地2には、その後Y1が自宅を建てています。なお、本件土地2のY1への贈与の時点で、Y1はAの推定相続人ではなく、孫にすぎませんでした。

平成16年2月、Bが死亡し、Y1とY2がBの相続人となりました。Bの遺産分割は、Y1がBの全遺産を取得した上で、Y2に代償金合計3970万円を支払うことで決着しています。

Bの死亡からわずか約2か月後の平成16年4月、Aは「代がわり」として、本件土地3をY1に贈与しました。この時点でY1はAの代襲相続人の地位にあります。

その後、Aは平成21年11月にその遺産全部を二女Xに遺贈する公正証書遺言を作成し、平成23年7月に死亡。XはAの死亡の翌日、Y1・Y2に対して遺留分減殺請求権を行使しました。

原審(福岡地裁小倉支部)は、本件土地1および本件土地2については「Bが無断で登記したものではないか」とのXの供述を踏まえて贈与の事実を認めず、本件土地3の贈与のみを特別受益として、Xの遺留分は侵害されていないとしてXの請求を棄却。Xが控訴したのが本件です。

争点

本件の主要論点は、以下の2点です(贈与の有無に関する事実認定上の争点もありましたが、本判決はいずれの贈与についても事実を認定していますので、本稿では特別受益該当性に絞ります)。

争点1:被代襲者Bが生前に受けた贈与は、代襲相続人Y1・Y2の特別受益に当たるか

──被代襲者が生前に受けた贈与は、被代襲者の死亡により代襲相続人となった者との関係でも、特別受益(民法903条)として持ち戻されるか。

X側の主張:亡Bは贈与を受けた当時、Aの推定相続人であったから、Bに対する贈与は特別受益に当たる。被控訴人らはその相続人(Aの代襲相続人)であるから、Bの特別受益は被控訴人らとの関係でも遺留分算定の基礎に加えるべきである。

被控訴人ら(Y1・Y2)の主張:特別受益は一身専属的なものと考えるべきであるから、被代襲者Bが受けた特別受益について、代襲相続人である被控訴人らは持戻しの義務を負わない。

争点2:推定相続人でなかったY1がAから直接受けた贈与(本件土地2の持分2分の1)は、後に代襲相続人となったY1の特別受益に当たるか

──贈与の時点で被相続人の推定相続人でなかった者が、その後の被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得した場合、贈与は代襲相続人の特別受益として持ち戻されるか。

X側の主張:Y1への直接贈与も特別受益として、遺留分算定の基礎に加えるべきである。

被控訴人ら(Y1・Y2)の主張:特別受益とは認められない。

裁判所の判断

判旨の要約

争点1

  • 結論:被代襲者についての特別受益は、その後の被代襲者の死亡によって代襲相続人となった者との関係でも、特別受益に当たる。
  • 理由:特別受益の持戻しは共同相続人間の不均衡の調整を図る制度であり、代襲相続も相続人間の公平の観点から被代襲者の子らの順位を引き上げる制度であって、代襲相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はないから。

争点2

  • 結論:推定相続人でなかった者が被相続人から贈与を受けた後に代襲相続人としての地位を取得しても、その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り、代襲相続人の特別受益には当たらない。本件では、当該特段の事情があるとしてY1の特別受益に当たる。
  • 理由:被代襲者の死亡という偶然の事情がなければ他の共同相続人は当該贈与を特別受益として主張することができなかったのであり、代襲相続人の特別受益として扱えば共同相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与えることになるから。

判決文の引用

争点1について、本判決は次のように判示しました。

特別受益の持戻しは共同相続人間の不均衡の調整を図る趣旨の制度であり、代襲相続(民法887条2項)も相続人間の公平の観点から死亡した被代襲者の子らの順位を引き上げる制度であって、代襲相続人に、被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はないこと、被代襲者に特別受益がある場合にはその子等である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常であること等を考慮すると、被代襲者についての特別受益は、その後に被代襲者が死亡したことによって代襲相続人となった者との関係でも特別受益に当たるというべきである。

争点2について、本判決は次のように判示しました。

相続人でない者が、被相続人から直接贈与を受け、その後、被代襲者の死亡によって代襲相続人の地位を取得したとしても、上記贈与が実質的に相続人に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り、他の共同相続人は、被代襲者の死亡という偶然の事情がなければ、上記贈与が特別受益であると主張することはできなかったのであるから、上記贈与を代襲相続人の特別受益として、共同相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はない。

そして、本件土地2のY1への贈与については、次のように述べて特段の事情を認定しました。

被控訴人Y1への上記贈与は、亡Aの亡Bに対する遺産の前渡しの一環として、平成元年の本件土地1の贈与に引き続いて、自宅敷地の一部である本件土地2を亡Bに贈与するにあたり、その持分2分の1を亡Bの将来の承継人である被控訴人Y1名義にしたものというべきであって、上記贈与が実質的には亡Bへの遺産の前渡しとも評価しうる特段の事情があるから、上記贈与は被控訴人Y1の特別受益に当たるというべきである。

判例の考え方

本判決の論理は、代襲相続が絡む特別受益・遺留分処理について、二つの場面を場合分けして整理する点に特徴があります。

第1の場面は、被代襲者への贈与です。ここでは、共同相続人間の不均衡調整という民法903条の趣旨と、相続人間の公平確保という代襲相続制度(民法887条2項)の趣旨が、同じ方向を向きます。代襲相続人は被代襲者の地位を承継しており、被代襲者が受けた利益を実質的に享受している場合が通常です。にもかかわらず代襲相続人を持戻しの対象から外せば、代襲相続人に「被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益」を与えてしまう。本判決はこの発想で、被代襲者への贈与は代襲相続人との関係でも特別受益に当たる、と結論づけました。

第2の場面は、推定相続人でなかった者(典型的には孫)への直接贈与です。ここでは評価が反転します。贈与の時点で受贈者は推定相続人ではなかったため、本来であれば「相続人に対する贈与」(民法903条1項)には該当しません。被代襲者の死亡という偶然の事情で代襲相続人の地位を取得したからといって、もともと特別受益に当たらなかった贈与を遡って特別受益として扱えば、他の共同相続人に「被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益」を与えることになります。また、被相続人が他の共同相続人の子らにも同様の贈与を行っていた場合には、代襲相続人と他の共同相続人との間で不均衡を生じさせかねません。本判決は、これらの理由から、原則として代襲相続人の特別受益には当たらない、と整理しました。

ただし、形式的には推定相続人でない者への贈与であっても、実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しと評価できる場合には、もはや「相続人でない者への贈与」と扱う必要はなく、特別受益に当たります。本件では、本件土地2は被相続人Aと被代襲者Bが住む建物および孫Y1が住む建物の敷地として一体的に利用されており、贈与の前後で利用状況や建物の所有関係に変更がなく、Y1に独自に持分2分の1を贈与する必要があったこともうかがわれない、とされました。判決文は「亡Bの将来の承継人である被控訴人Y1名義にしたものというべき」と述べており、贈与の実質を被代襲者への遺産前渡しの一環として捉える論理に立っています。

結論に至る処理

本判決はこの整理に基づき、(1)亡Bへの本件土地1および本件土地2の持分2分の1の贈与は、代襲相続人Y1・Y2との関係で特別受益に当たり、(2)Y1への本件土地2の持分2分の1の直接贈与も特段の事情があるためY1の特別受益に当たり、(3)Y1への本件土地3の贈与は当時すでにY1が代襲相続人の地位にあった贈与で原審どおり特別受益に当たる、と判断しました。

そして、被控訴人らからの「相続開始よりも相当以前の贈与であるから遺留分減殺の対象とすべきでない」との主張(最判平成10年3月24日の枠組み)については、Y1が亡Bからの相続によって贈与財産の多くを取得しており、亡Bが売却した土地代金もそのほとんどが亡Bの遺産として残されて被控訴人らに承継されているとして、「酷であるなどの特段の事情」を否定しました。

その結果、Xの遺留分侵害額は242万6247円と算定され、最後の贈与である本件土地3(評価額282万4109円)から減殺すれば全額回復可能であるため、Y1からの価額弁償金242万6247円のみで足り、Y2への請求は理由がないと判断されました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

第1の論点(被代襲者の特別受益)の射程

本判決は、代襲相続制度(民法887条2項)と特別受益の持戻し制度(民法903条)の趣旨を共通の基盤として、被代襲者への贈与を代襲相続人の特別受益と認める結論を導いています。判決文は「被代襲者に特別受益がある場合にはその子等である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常である」とも述べており、代襲相続人が被代襲者の地位を承継したという法的構造を前提としています。射程は、代襲相続人が被代襲者の生前贈与の利益を実質的に享受している場合に及びますが、判決文自体は享受の事実を必須要件とするまでは述べておらず、結論の説示としては被代襲者への贈与は代襲相続人との関係でも特別受益に当たる、というところまでを示しています。

第2の論点(推定相続人でなかった者への直接贈与)の射程

本判決は「特段の事情」の有無で例外を認めています。判決文が認めた特段の事情は、贈与が「実質的には被代襲者に対する遺産の前渡し」と評価しうる場合です。

本件で具体的に挙げられた事情は、贈与の対象不動産が被代襲者と被相続人が同居する敷地の一部であったこと、贈与の前後で当該不動産の利用状況や建物の所有関係に変更がなかったこと、推定相続人でなかった受贈者本人に独自に贈与する必要があったとはうかがわれないこと、被代襲者への他の贈与の流れの一環として位置づけられる経緯があったこと、といった点に現れています。

判決文は本件土地2の持分2分の1を「亡Bの将来の承継人である被控訴人Y1名義にしたものというべき」と述べており、贈与の実質を被代襲者への遺産前渡しと捉える論理に立っています。射程としては、贈与の経緯・対象財産の性質・贈与の必要性などを総合して、形式上の受贈者と実質的な利益の帰属先が異なる事案に及びます。受贈者本人に独自の贈与の必要性があった事案、他の場面に向けられた贈与であった事案などは、特段の事情が否定される方向に働くことになります。

なお、本件は改正前民法のもとでの遺留分減殺請求の事案である点に留意が必要です(令和元年7月1日施行の改正民法のもとでは遺留分侵害額請求権・民法1046条に変更されています)。改正後の遺留分処理における特別受益の取扱いについては、後記「実務での使い方」で触れます。

関連判例

判決文中で明示的に引用されている先例は、以下のものです。

  • 最判平成10年3月24日(民集52巻2号433頁):相続人に対する贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが上記相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、(改正前)民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となる、と判示した判例。本判決でも、被控訴人らの「相続開始よりも相当以前の贈与であるから遺留分減殺の対象とすべきでない」との主張に対し、この最判平成10年判決の枠組みで「酷であるなどの特段の事情」の有無を検討しています。

実務での使い方

使える場面

本判決は、代襲相続人が絡む遺留分(現行法下では遺留分侵害額請求)・遺産分割(特別受益の持戻し)の事案で、特別受益の範囲を確定する際に有用です。具体的には、被相続人が、(1)子(被代襲者)に対して生前贈与をした後、その子が被相続人より先に死亡し、孫(代襲相続人)が登場するケース、(2)推定相続人でなかった孫等に対して、その者が代襲相続人となる前に直接贈与をしていたケース、の双方が想定されます。

実務では、被相続人が早い段階で長男(あるいは長女)に多くの財産を生前贈与しており、その後長男が被相続人よりも先に亡くなって孫の代に移った、という事案は決して珍しくありません。代襲相続人の特別受益をどこまで認めるかは、遺留分・遺産分割双方の局面で決定的な意味を持ちます。

主張する側(他の相続人=本件のXに相当する立場)

被代襲者への贈与については、本判決の論理(被代襲者の特別受益は代襲相続人の特別受益に当たる)に乗って主張を組み立てます。被代襲者の遺産が代襲相続人にどのように承継されたか(相続によって取得しているか、代償金として取得しているか、第三者に売却されてしまったか)は、特別受益該当性そのものではなく、最判平成10年3月24日の枠組みでの「酷であるなどの特段の事情」の判断で重要な事情になります。代襲相続人らがどのような形で被代襲者の財産(贈与財産およびその代償物を含む)を承継したかを、登記、遺産分割協議書、調停・和解調書、預貯金通帳などの客観資料で丁寧に立証することが基本となります。

推定相続人でなかった者への直接贈与については、本判決の述べる「実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情」を、具体的事実から立証していきます。本判決が重視した事情は、贈与対象が被代襲者の生活基盤(敷地・建物・事業財産等)の一部であったこと、贈与の前後で当該財産の利用状況に変更がなかったこと、贈与の時点でその受贈者に独自の利益享受の合理的理由が見当たらなかったこと、被代襲者への他の贈与の流れと密接に関連する経緯があったこと、などです。これらに沿った主張・立証を組み立てます。

対抗する側(代襲相続人=本件のY1・Y2に相当する立場)

被代襲者への贈与について、特別受益性そのものを争う場合は、贈与の趣旨が「生計の資本」(民法903条1項)ではなく被相続人自身の便益のためであった等の事情を主張することが考えられます。本件でも被控訴人らは「亡A自身のその後の生活のために行われた贈与」と主張しましたが、贈与の対象が農地のほとんどおよび自宅敷地分筆分という規模の大きさ、被代襲者が事実上事業を引き継いでいた経緯などから認められませんでした。とはいえ、贈与の趣旨が小規模な扶助や生活費の前渡しの域にとどまる事案では、なお争う余地があります。

推定相続人でなかった者への直接贈与については、「実質的には被代襲者への遺産の前渡し」と評価しうる特段の事情がないことを示します。具体的には、贈与の対象財産が被代襲者の生活基盤と一体ではないこと、贈与の時点で受贈者本人に独自の合理的理由(独立した居住、事業、婚姻、教育、医療など)があったこと、被代襲者の他の贈与の流れと切り離して評価できること、などです。本件土地2のように敷地として一体利用されていた事案ではなく、独立した別個の財産であれば、特段の事情の認定は容易ではありません。

また、贈与が相続開始よりも相当以前のものである場合、最判平成10年3月24日の枠組みで「相続人に酷であるなどの特段の事情」を主張することも検討します。本件では、贈与財産およびその代償物が被代襲者の遺産として残されて代襲相続人らに承継されているとして「酷とまではいえない」と判断されましたが、贈与から長期間が経過し、かつ贈与財産が消費されて固有財産との区別がつかなくなっている事案では、なお検討の余地があります。

立証上のポイント

代襲相続人への直接贈与が特別受益に当たるかを判断する「特段の事情」は、贈与の経緯・対象財産の性質・贈与の必要性・他の贈与との関連・贈与後の利用状況などの複合的事実から導かれます。これらを立証するためには、登記簿、建物所有関係を示す書類(建築確認、固定資産税課税明細、登記事項証明書)、贈与の時期に近接する家族の生活実態を示す資料(住民票、固定資産税の納付状況、生活費の負担状況、当時の家族関係を示す手紙・写真など)が有用です。

また、被代襲者の遺産分割の経緯(誰がどの財産を取得したか、代償金で解決したか等)も、代襲相続人らが被代襲者の特別受益を実質的に享受しているかという判断材料として、最判平成10年3月24日の「酷であるなどの特段の事情」の検討の場面で重視されます。本件でもこの点が決定打の一つとなりました。被代襲者の遺産分割に関する調停・審判・和解の記録は、早い段階で取り寄せておくことが望まれます。

併せて検討すべき周辺論点

本件は改正前民法のもとでの遺留分減殺請求の事案ですが、令和元年7月1日施行の改正民法では遺留分侵害額請求権(民法1046条)に変わり、遺留分は金銭債権化されました。特別受益に関しては、改正民法1044条3項により、相続人に対する特別受益の遺留分への持戻しは原則として相続開始前10年間に受けたものに限定されています(改正前は期間制限なし)。本件のような相続開始前20年以上の古い贈与をめぐる事案は、現行法下では別途、贈与時期の検討が不可欠です。

ただし、遺産分割における特別受益の持戻し(民法903条)は、相続開始前10年という期間制限の対象ではありません。本判決の射程は、現行法下でも遺産分割の場面では(具体的相続分の算定の場面で)直接的な意味を持ち続けます。代襲相続人が登場する遺産分割事案では、本判決の二場面の整理を念頭に主張・立証を組み立てることが有益です。

なお、平成30年改正民法は、特別受益の持戻し免除の意思表示の推定(民法903条4項)も新設しています(婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与等)。本判決の事案には直接関係しませんが、現行法下で特別受益を扱う際には併せて視野に入れておく必要があります。

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