【判例解説】家業を手伝い、給料を得ていた相続人の寄与分を認めず、代償金の支払いを命じた事例(札幌高裁平成27年7月28日決定)

この記事のポイント
  • 争点: 給料をもらい、さらに生活費も親持ちで家業を手伝った場合、「寄与分」は認められるか?
  • 結論: 裁判所は、相応の収入を得て、生活費負担もなかったため「特別の寄与」には当たらないと判断した。
  • ポイント: 事業を継ぐ相続人が遺産を多く取得する場合、他の相続人へ「代償金(現金)」を支払う準備が不可欠。
目次

事案の概要

本件は、簡易郵便局を経営していた被相続人が亡くなり、その事業に従事していた子供(相続人)が「家業に貢献した分、遺産を多くもらう権利(寄与分)がある」と主張し、それを認めなかった他の兄弟と争いになった事例です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人A: 亡くなった父親。生前、簡易郵便局を経営していました。
  • 二男Y1: Aと同居し、郵便局業務に従事していた子供。「家業を支えた」として寄与分を主張。
  • 三男Y2: その他の相続人。
  • 長男X: Y1の寄与分を認めた家庭裁判所の判断に納得できず、高等裁判所に不服を申し立てた相続人。

トラブルの経緯

経緯

被相続人Aは簡易郵便局を経営し、Y1夫婦は長年その業務に従事していました。

経緯

Y1夫婦は、Aが引退する平成18年頃まで、月額25万円〜35万円程度の収入を得ていました。

経緯

Y1夫婦はAと同居しており、家賃や食費などの生活費はすべてAが負担していました。

経緯

Aが亡くなった後、Y1は「自分たちの給与は平均賃金より低く、Aの財産形成に貢献した」として寄与分を主張しました。

経緯

第一審(家庭裁判所)はY1の寄与分を認めましたが、Xがこれを不服として抗告しました。

主な争点

「給与」と「生活費援助」がある中での家業従事は、特別の寄与と言えるか?

相続法における「寄与分」が認められるためには、被相続人の財産の維持・増加に対して「特別の寄与(通常期待される範囲を超えた貢献)」をしたことが必要です。

親子間で家業を手伝う場合、相場より低い給与で働くケースは少なくありません。Y1も「給与が安かった」ことを理由に寄与分を主張しました。

しかし本件では、「毎月給与を受け取り、かつ生活費の援助も受けていた状況」でもなお、特別の貢献があったと言えるかが最大の争点となりました。

裁判所の判断

札幌高等裁判所は、第一審の判断を覆し、Y1の寄与分を一切認めない(却下する)という決定を下しました(札幌高裁平成27年7月28日決定)。

裁判所は、理由として、以下の法的な判断を示しました。

相応の対価を得ていた(寄与分の否定)

裁判所は、Y1夫婦の収入について、たとえ統計上の平均賃金より低かったとしても「月25万円から35万円という相応の収入を得ていた」と認定しました。

さらに、決定的な理由として、以下の点を挙げました。

「Y1夫婦は被相続人と同居し、家賃や食費は被相続人が支出していたことを考慮すると、Y1は郵便局事業に従事したことにより相応の給与を得ていたというべきであり、特別の寄与をしたとは認められない」

つまり、「お給料をもらい、さらにご飯や家賃も親に出してもらっていたのだから、労働の対価としては十分プラスになっており、これ以上遺産から上乗せする理由はない」という、生活実態に即した判断がなされました。

遺産の分け方(代償分割の採用)

寄与分が否定された結果、遺産は法定相続分をベースに分けることになりました。しかし、郵便局の建物や土地をバラバラに分けると事業が継続できません。

そこで裁判所は、以下の「代償分割」という方法を命じました。

  • Y1の取得
    郵便局事業を行っている土地・建物と、遺産の現金をY1がすべて相続する。
  • 代償金による調整
    Y1は遺産をもらいすぎることになるため、その差額として、自分の財産からXに対して約1,415万円、Y2に対して約3,140万円の現金(代償金)を支払う。

結果として、Y1は寄与分が認められなかっただけでなく、他の兄弟へ合計4,500万円以上もの現金を支払う義務を負うことになりました。

弁護士の視点

この判例は、家業を継ぐ相続人にとって非常に重要な教訓を含んでいます。

「生活費の援助」は実質的な給与とみなされる

「給料を安く抑えて家業を助けた」という自負があっても、同居して家賃や食費を親に出してもらっている場合、裁判所はそれを「実質的な給与の一部」とみなします。将来、寄与分を主張したいのであれば、生活費を自分で負担していた記録(通帳の振込履歴など)を残すか、あるいは生前に「給与が低い分は遺産で報いる」旨の遺言書を作成してもらうことが重要です。

事業承継には「現金」の準備が不可欠

本件では、Y1が郵便局の不動産を守ることができましたが、その代償として兄弟たちに巨額の現金を支払うことになりました。

幸い本件では遺産の中に多額の現金があり、それをY1が取得できたため支払いが可能だと判断されましたが、もし遺産が不動産ばかりだったらどうなっていたでしょうか。Y1は代償金を払えず、最悪の場合、郵便局の土地建物を売却して現金化しなければならなかった可能性があります。

事業用資産を特定の相続人に継がせたい場合は、代償金に充てるための生命保険加入や現金の確保など、生前の対策が極めて重要です。

よくある質問(FAQ)

もらっていた給料が安ければ、必ず寄与分はもらえますか?

必ずもらえるわけではありません。

給与が世間一般より多少安い程度では認められにくく、「無償に近い状態で長期間働き、それによって親の財産が減らずに済んだ」といえるほどの特別な事情が必要です。本件のように、生活費の面倒を見てもらっている場合は、実質的な給与は低くないと判断される傾向にあります。

「代償金」とは何ですか?

遺産を現物で分けられない時に、調整のために支払う現金の事です。

本件のように、事業用不動産をY1が一人で相続すると、他の兄弟(XやY2)の取り分がなくなってしまいます。そこで、不動産をもらった人が、もらえなかった人に対して、自分の財布から現金を支払って不公平を解消します。これを代償分割(だいしょうぶんかつ)といいます。

裁判になれば、自分の頑張りを裁判官は汲み取ってくれますか?

感情論ではなく、客観的な証拠と数字で判断されます。

「親孝行をした」「苦労した」という感情的な主張だけでは、裁判所は動きません。本件のように「いくら給与をもらい、いくら生活費がかからなかったか」という経済的な実態がシビアに計算されます。自身の貢献を評価してほしい場合は、曖昧な期待を持たず、確実な証拠や遺言書を準備しておくことが重要です。

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