【判例解説】支払能力の調査をせずに代償分割を命じた審判を取り消した事例(東京高裁平成12年11月21日決定)
- 争点:資金力のない相続人に対し、裁判所が「代償金」の支払いを命じることはできるか?
- 結論:高等裁判所は、支払能力や当事者の意向を調査せずに代償金の支払いを命じた家庭裁判所の審判を取り消した。
- ポイント:不動産を単独で相続する場合、他の相続人に支払う「現金」の準備が可能か確認しておくことが重要。
事案の概要
本件は、亡くなった父(被相続人=A)の遺産をめぐり、母と3人の子供たちの間で遺産分割の方法が争われた事例です。

主な登場人物とその関係
- 被相続人(A):亡くなった父
- 申立人・抗告人(X1):長男。倉庫の敷地として利用している土地の取得を希望。
- 相手方・抗告人(X2):二男(第一審では相手方)
- 相手方(Y1):母(Aの妻)
- 相手方(Y2):二女
トラブルの経緯
父Aの遺産には、新潟県内の多数の土地(宅地・畑)、建物、株式などが含まれていました(総額約8,800万円)。
第一審(家庭裁判所)は、土地の利用状況を考慮して、長男X1や二男X2に不動産を取得させる決定をしましたが、公平を期すため、「X1とX2は、もらいすぎた分を現金(代償金)で母Y1や二女Y2に支払え」と命じました。
<家庭裁判所が命じた支払い内容>
- 長男X1に対し、合計570万円(母Y1へ200万円、二女Y2へ370万円)の支払い命令。
- 二男X2に対し、998万円(二女Y2へ全額)の支払い命令。
これに対し、X1とX2は、以下の理由で東京高等裁判所に不服を申し立てました(即時抗告)。
- 長男X1の主張:「私には住宅ローンもあり、そのような大金を支払う余裕はない。支払うには相続した土地を売るしかなく、それでは本末転倒だ」
- 二男X2の主張:「母や二女は、私からの代償金は要らないと言っていたはずだ」
主な争点
この裁判で最も大きな問題となったのは、以下の点です。
「支払うお金がない」相続人に対し、裁判所が代償金の支払いを命じることはできるか?
遺産分割において、不動産を取得する代償として現金を支払わせる「代償分割」は一般的な手法です。
しかし、その相続人に現金の持ち合わせがない場合、裁判所が強制的に「借金をしてでも払え」というような命令を出すことができるのか、という点が争点となりました。
また、受け取る側の相続人が「お金は要らない」と言っている場合に、裁判所が計算上の公平を優先して勝手に支払いを命じて良いのかどうかも問題となりました。
裁判所の判断
東京高等裁判所は、家庭裁判所の決定(原審判)を取り消し、審理をやり直すよう命じました(東京高裁平成12年11月21日決定)。
その理由は、以下のとおりです。
支払能力の調査は不可欠である
裁判所は、代償金の支払いは実質的に「債務(借金)」を負わせるものであるため、「支払いを命じられる相続人に、その支払能力があること」が代償分割を行うための条件(特別の事情)であると判断しました。
今回のケースでは、長男X1の資産状況やローンの有無などを全く調査せずに数百万〜約一千万円の支払いを命じていたため、審理不足とされました。
土地を売らなければ払えないなら意味がない
長男X1が主張した「払うためには土地を売るしかない」という点について、裁判所も理解を示しました。
もし現金を支払うために、せっかく相続した土地を売らなければならないのであれば、最初から土地を売ってお金を分ける(換価分割)べきかどうかを検討する必要があります。評価額どおりの金額で売れる保証もなく、税金や経費もかかるため、手取り額が減るリスクを考慮せずに支払いを命じるのは不当とされました。
当事者の「意向」を確認すべきである
二男X2については、「母や二女は代償金を求めていない」という主張がありました。
裁判所は、もしこれが事実であれば、無理に現金を支払わせる必要はないとし、「当事者がどうしたいか(意向)」をしっかり確認せずに、機械的に計算だけで支払いを命じたのは間違いであると判断しました。
“”代償金の支払能力に欠ける相続人に対し代償金支払を命じ得るのは、他の相続人がそのような方法による分割を積極的に希望する等の特別の場合に限られるとするのが相当である。””
弁護士の視点
この判例は、遺産分割における「現金不足」のリスクを示しています。将来のトラブルを防ぐために、以下の点に注意しましょう。
不動産を相続するなら「現金」のシミュレーションを
実家や土地を単独で相続したい場合、他の相続人の相続分に応じた現金を支払えるかがカギとなります。遺産分割協議では「不動産の価値」だけでなく、「自分の手持ち資金で足りるか」「足りない場合は融資を受けられるか」という現実的な資金計画を立ててください。
生命保険を活用して代償金を用意する
親の立場でできる対策として、不動産を継がせる予定の子を受取人にした生命保険に加入しておく方法があります。死亡保険金は原則として受取人の固有財産となるため、これを代償金の支払いに充てることで、遺産分割がスムーズに進みます。
「お金は要らない」という合意は必ず書面に残す
本件の二男X2のように「母はお金は要らないと言った」という主張は、口約束だけでは裁判で事実認定されにくいです。もし、他の相続人が「私は不動産も代償金も要らない」と言ってくれている場合は、その意向が変わらないうちに「遺産分割協議書」や「相続分譲渡証書」などの書面にしておくことが必要です。

