【判例解説】支払能力のない相続人に「代償金」の支払いを命じる遺産分割は違法と判断した事例(大阪高裁平成3年11月14日決定)

この記事のポイント
  • 争点: 不動産を取得する代わりに現金を支払う「代償分割」は、支払能力がなくても認められるか?
  • 結論: 裁判所は、支払能力のない相続人に高額な支払いを命じた原審判は審理不尽(調査不足)であり違法として取り消した。
  • ポイント: 不動産を単独で相続したい場合は、代償金を支払えるだけの「現金」を準備しておくことが不可欠。
目次

事案の概要

本件は、両親が相次いで亡くなり、長男とその他の兄弟姉妹との間で、遺産である不動産を巡って争われた事案です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人A(父):昭和46年に死亡。
  • 被相続人B(母):昭和57年に死亡。
  • 当事者X(長男):両親と同居していた。原審判で不動産の取得と引き換えに代償金の支払いを命じられた。
  • 当事者Yら(他の兄弟姉妹):遺産の公平な分配を求めている。

トラブルの経緯

父Aが亡くなった際の遺産分割が終わらないまま、約11年後に母Bも亡くなりました。

その後、長男Xは「父Aの遺産に対する母Bの持分を、すべて長男Xに相続させる」という内容の「母Bの自筆証書遺言(手書きの遺言)」を提出しました。

しかし、この遺言書は母Bの死後約5年も経過してから裁判所の検認(けんにん)手続きに出されたもので、他の兄弟Yらは「偽造だ」として無効を主張しました。

家庭裁判所(原審)は、遺言書を一応有効と認めた上で、父Aの遺産である不動産をすべて長男Xに取得させる決定をしました。その代わり、長男Xに対し、不公平を調整するため他の兄弟Yらへ合計約7700万円の代償金を支払うよう命じました。

これに対し、長男Xは「自分は脳内出血の後遺症で寝たきりであり、そのような大金を支払う能力はない」と主張し、兄弟Yらも遺言書の無効を主張して、双方が高等裁判所に不服を申し立てました。

主な争点

本件では、主に以下の2点が争点となりました。

支払能力がない相続人に「代償分割」を命じることは有効か?

家庭裁判所は、不動産を長男Xに単独取得させる条件として、他の兄弟への多額の現金の支払いを命じました。

しかし、長男Xには預貯金などの支払原資がなく、病気で就労も困難でした。このように「支払える見込みがない」にもかかわらず、裁判所が代償分割を命じることは許されるのでしょうか。

死後5年経ってから発見・提出された「自筆遺言」は有効か?

長男Xが提出した母Bの遺言書は、死後5年も経過してから検認されたもので、それまで兄弟たちに存在が知らされていませんでした。このような不自然な状況下で発見された遺言書は、本人の真意による有効なものと認められるのでしょうか。

裁判所の判断

大阪高等裁判所は、家庭裁判所の審判を取り消し、審理をやり直すよう命じました(大阪高裁平成3年11月14日決定)。

判断の理由は、以下のとおりです。

代償金を支払う能力がない者への「代償分割」は原則認められない

裁判所は、代償分割を行うための条件として、次のような重要な基準を示しました。

“代償金支払債務を負担させられる者にその支払能力があることを要し(中略)その支払能力がないのに、なお債務負担による分割方法が許されるのは、他の共同相続人らが(中略)その者の債務負担による分割方法を希望するような極めて特殊な場合に限られる”

つまり、「お金を持っていない人に、借金を背負わせて不動産をあげる」という解決策は、原則として認められないと判断しました。

  • 矛盾する結果
    もし長男Xが代償金を支払うために、今回取得した不動産を売却せざるを得ないとしたら、そもそも「長男に不動産を残す(農業を継続させる)」という審判の趣旨に反することになります。
  • 不公平の拡大
    不動産を売却すれば多額の税金(譲渡所得税など)がかかり、長男Xの手元には資産が残らなくなる恐れがあります。これでは、代償金を丸々受け取る他の兄弟との間で不公平が生じます。

遺言書の有効性に「大きな疑問」がある

母Bの遺言書についても、以下の点から「安易に有効と認めるべきではない」と指摘しました。

  • 不自然な隠匿
    長男Xは「母の死後すぐに仏壇から見つけた」と言いながら、5年間も検認手続きをせず、兄弟にも隠していたのは極めて不自然です。
  • 筆跡の疑義
    筆跡や印鑑が、母Bが生前に書いた他の書類と一致しない可能性があります。

裁判所は、これらの点について筆跡や印鑑の鑑定を行うなどして、もっと慎重に調査すべきだったと判断しました。

弁護士の視点

この判例は、遺産分割の実務において非常に重要な教訓を含んでいます。ここから学べる「将来のトラブルを防ぐための対策」は以下のとおりです。

不動産を継ぐなら「現金」の準備が必須

「実家や農地は長男が継ぐもの」という考えだけで遺産分割を進めようとしても、他の相続人に渡す代償金を用意できなければ、裁判所はその分割方法を認めてくれません。

不動産を単独で相続したい場合は、生命保険を活用して代償金の原資を用意しておく、あるいは生前から計画的に貯蓄するなど、「分けにくい財産(不動産)」を相続するための「分けやすい財産(現金)」の準備をしておくことが重要です。

遺言書は「公正証書」で作成する

本件のように、死後数年経ってから出てきた自筆の遺言書は、「偽造ではないか?」「隠していたのではないか?」という疑いを招き、泥沼の紛争になります。

これを防ぐためには、公証役場で作成する「公正証書遺言」を利用するか、自筆であっても法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用することをお勧めします。これにより、発見の遅れや偽造の疑いを確実に防ぐことができます。

無理な条件での合意は避ける

もし遺産分割協議で「不動産を貰う代わりに高額な現金を払え」と言われ、自分にその資金がない場合は、安易に合意してはいけません。

本判決にあるように、支払うために不動産を売ることになれば、高額な税金がかかり、結果として自分の手元に残る財産が激減するリスクがあります。その場合は、最初から不動産を売却して現金を分ける「換価分割」を検討すべきです。

よくある質問(FAQ)

代償金を支払うお金がない場合、分割払いにしてもらうことはできますか?

相続人全員が合意すれば可能ですが、裁判所が命じることは稀です。

相手方が同意していれば分割払いも可能ですが、対立している場合、裁判所は確実な履行を重視するため、一括払いを原則とします。支払能力がない場合は、不動産を売却する(換価分割)という判断になる可能性が高いです。

代償金を払うために不動産を売ると、税金がかかるのですか?

はい、売却益が出た場合には、譲渡所得税がかかります。

相続した不動産を売却して利益が出た場合、その利益に対して税金がかかります。「売れた金額=手取り」ではありません。遺産分割の話し合いでは、この税金を考慮に入れないと、不動産を売却して代償金を支払う側が大きく損をしてしまうことがあります。

亡くなってから数年後に見つかった遺言書は無効ですか?

自動的に無効にはなりませんが、信用性が低くなり、争いの原因になります。

本件のように「なぜ隠していたのか」と疑われ、筆跡鑑定などで徹底的に争われるリスクが高まります。自筆の遺言書を見つけたら、開封せずに速やかに家庭裁判所で「検認」の手続きを行うことが法律上の義務です。

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