死因贈与契約の執行者による預金払戻請求に対し、譲渡禁止特約で拒絶できるとした事例|東京地判令和3年8月17日

判例のポイント

本判例は、私署証書(公正証書によらない契約書)による死因贈与契約の執行者からの預金払戻請求に対し、銀行が譲渡禁止特約を根拠に払戻しを拒絶したことが信義則違反に当たらないと判断した事例です。判決は、死因贈与契約による執行者指定自体は公正証書によらなくても有効としつつ、預貯金債権の死因贈与は「契約による債権譲渡」に当たり譲渡禁止特約の効力が及ぶ点で、単独行為である遺贈とは扱いが異なることを明示しました。死因贈与による預貯金承継の実務上の限界を示した重要な裁判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京地方裁判所
  • 判決日:令和3年8月17日
  • 事件番号:令和2年(ワ)第7657号
  • 関連条文:民法554条、1012条1項・2項、1014条3項

事案の概要

本件は、独身で子のない被相続人が姪に全財産を死因贈与する契約を締結し、司法書士法人を執行者に指定した事案で、執行者が銀行に対して預金の払戻しを求めたところ、銀行が譲渡禁止特約を理由に拒絶したことの当否が争われた事案です。

登場人物

  • A(被相続人・贈与者):令和元年10月死亡。妻子なし。
  • B(受贈者):Aの姪。Aの亡兄弟の子の一人。
  • B以外相続人ら:Aの妹C、その他Aの亡兄弟の子であるD・E・F・G・H・I・J・Kの合計9名。
  • X(原告):本件死因贈与契約の執行者に指定された司法書士法人。
  • Y(被告):Aが普通預金口座を有していた銀行。普通預金規定で譲渡禁止特約を定めていた。

時系列

  • 令和元年9月5日:AとBが負担付死因贈与契約を締結(私署証書)。Xを執行者に指定
  • 令和元年10月○日:A死亡(死亡時の預金残高921万6275円)
  • 令和元年12月2日:預金残高948万4960円
  • 令和2年2月4日:XがYに対し14日以内の払戻しを催告
  • 令和2年2月19日:催告期限経過(遅延損害金起算日)
  • 令和3年8月17日:判決

経緯

被相続人Aは、令和元年9月5日、自己の全財産を姪Bに贈与する負担付死因贈与契約を締結しました。契約の主な内容は、Aの全財産をBに贈与すること、Bが受け取った財産のうちAの妹Cと亡兄弟の子Fに各500万円を寄付すること、そして司法書士法人Xを執行者に指定することの3点で、本件契約は公正証書ではなく私署証書として作成されています。

Aには妻子がなかったため、法定相続人は妹Cおよび亡兄弟の子9名(Bを含む)の合計10名と多数にのぼります。

Aの死後、執行者Xは、Aが取引していた銀行Yに対し、本件死因贈与契約書、X・Bの本人確認文書を提示し、執行者就任通知を送付したうえで、本件預金の払戻しを求めました。これに対しYは、普通預金規定に定める譲渡禁止特約(預金債権の譲渡を禁ずる特約)を根拠に、B以外相続人らの同意がなければ払戻しに応じられないとして払戻しを拒絶しました。

そこでXは、Yに対し、本件預金948万4960円の払戻しと催告後の遅延損害金の支払いを求めて本件訴訟を提起しました。

争点

本件には3つの争点があります。

争点1:公正証書によらない死因贈与契約により執行者を指定できるか

──私署証書による死因贈与契約で執行者が指定された場合、その執行者は預金払戻請求訴訟の原告適格を有するか。

X側の主張:死因贈与契約には民法554条により遺贈に関する規定が準用され、これには遺言執行者に関する規定も含まれる。したがって、公正証書によるか否かを問わず死因贈与契約により執行者を指定でき、執行者は預金払戻しを求める権限を有する。

Y側の主張:公正証書によらない死因贈与契約では執行者を指定できない。仮に指定できるとしても、預金債権が死因贈与された場合は受贈者自身で払戻しを請求できるから、預金払戻請求は執行者の権限に含まれない。

争点2:預金債権の死因贈与に譲渡禁止特約は適用されるか

──民法554条により遺贈規定が準用される結果、遺贈と同様、譲渡禁止特約の効力は預貯金債権の死因贈与に及ばないと解すべきか。

X側の主張:相続を原因とする債権の承継は債権譲渡に当たらず、遺贈にも譲渡禁止特約は適用されない。死因贈与にも遺贈規定が準用される以上、同様に譲渡禁止特約の効力は及ばない。

Y側の主張:死因贈与は契約による特定承継であり、預貯金債権の死因贈与は債権譲渡に当たる。遺贈は単独行為であって債権譲渡に当たらないから譲渡禁止特約が適用されないだけで、契約である死因贈与には譲渡禁止特約が適用される。

争点3:銀行による払戻拒絶は信義則違反となるか

──仮に譲渡禁止特約が適用されるとしても、本件の具体的事情の下で、銀行の払戻拒絶は信義則違反となるか。

X側の主張:執行者は契約書、本人確認文書、就任通知を被告に提示・送付した。B以外相続人らも訴訟告知等を受けながら異議を唱えていない以上、銀行が拒絶することは信義則違反である。

Y側の主張:B以外相続人らとの権利関係に争いがあるか不明であり、本件預金の帰属主体がBであることが銀行において明白とはいえない。本件特約による払戻拒絶は信義則違反でない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:①死因贈与契約の贈与者は、公正証書によるか否かを問わず執行者を指定でき、執行者には原告適格が認められる。②預貯金債権の死因贈与には譲渡禁止特約の効力が及び、原則として受贈者は預金債権を取得しない。③銀行による払戻拒絶は信義則違反に当たらない。
  • 理由:①民法554条により遺贈に関する規定が準用される。②遺贈と異なり死因贈与は契約による債権譲渡に当たり、譲渡禁止特約の適用を排除する根拠がない。③相続人間の権利関係が銀行において明らかでない本件では、過誤払と事務処理煩雑化の危険を回避するために拒絶する必要性がある。

判決文の引用

執行者指定の可否について、裁判所は次のように判示しました。

遺贈に関する規定の準用が認められることからすれば、死因贈与契約の贈与者は、当該契約が公正証書によるか否かを問わず、当該契約によってその執行者を定めることができるというべきである。

譲渡禁止特約の適用について、裁判所は次のように判示しました。

死因贈与は、贈与者と受贈者との間で、贈与者がある財産を無償で受贈者に与えること、及び、贈与者の死亡によってその効力が生ずることを約する契約である。そして、債権譲渡は、債権の同一性を変えることなく、契約によって債権を移転することをいうから、預貯金債権を死因贈与することは債権譲渡に当たる。

そのうえで、遺贈との違いについて次のように述べています。

債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効を主張することができないのは、遺贈が、遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であって、契約による債権の移転をもたらすものではないことに由来するものである。そうすると、預貯金債権の遺贈の場合に譲渡禁止特約が適用されないことは同条により契約である死因贈与に準用される内容とはいえず

信義則違反の判断について、裁判所は次のように判示しました。

本件預金の帰属主体がBであることが明らかではなく、被告はこの帰属主体について利害関係を有することからすれば、被告が、本件特約の存在を理由として、本件死因贈与契約に基づく本件預金の譲渡の効力を否認することは、信義則に反しない。

判例の考え方

本判決の論理は、3段階で整理できます。

第1に、死因贈与契約による執行者指定の可否。民法554条は死因贈与に「その性質に反しない限り遺贈に関する規定」を準用するとしており、これには遺言執行者に関する規定(民法1012条1項・2項)も含まれます。したがって、契約書が公正証書によるか私署証書によるかを問わず、死因贈与契約により執行者を指定できます。執行者は預金払戻しという死因贈与の執行に必要な行為を行う権限を有するため、預金払戻請求訴訟の原告適格があります。

第2に、譲渡禁止特約の適用範囲。預貯金債権の死因贈与は「契約」による債権の移転であり、債権譲渡に該当します。これは「単独行為」である遺贈とは性質が異なります。判例(最判昭和48年7月19日)が遺贈について譲渡禁止特約の適用を否定したのは、遺贈が単独行為であり契約による債権の移転をもたらさないからであって、契約である死因贈与にはこの理由が当てはまりません。したがって、預貯金債権の死因贈与には譲渡禁止特約の効力が及び、原則として受贈者は預金債権を取得できません。

第3に、信義則違反の判断枠組み。譲渡禁止特約の趣旨は、①金融機関の事務処理が煩雑になることの回避、②過誤払の回避、③相殺の機会の確保の3点にあります。銀行の払戻拒絶が信義則違反になるかは、これらの趣旨に照らして判断されます。本件では、B以外の法定相続人との権利関係に争いがあるかが銀行において明らかでない事情があり、過誤払の危険と事務処理煩雑化の危険があるため、銀行の拒絶は信義則違反に当たりません。さらに裁判所は、Aが公正証書遺言の作成等により譲渡禁止特約の適用を回避できたこと、執行者もB以外相続人らからの同意取得や名義変更請求訴訟の提起などにより問題を解決できたことを踏まえ、本件払戻請求を認める必要性が高いとはいえないと判断しました。

結論に至る処理

裁判所は、争点1(執行者指定)については原告適格を認めましたが、争点2(譲渡禁止特約の適用)と争点3(信義則違反)については原告の主張を退け、原告の請求を棄却しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「公正証書によるか否かを問わず」執行者指定が可能であること

判決文は「死因贈与契約の贈与者は、当該契約が公正証書によるか否かを問わず、当該契約によってその執行者を定めることができる」と明示しています。この限定は、執行者指定の有効性に関する公正証書要件を否定するものですが、その後の譲渡禁止特約の適用や信義則違反の判断は別の問題として扱われています。すなわち、執行者の地位が認められても、預金払戻しが現実に実現するかは別途の判断を要する、という構造になっています。

預貯金債権の遺贈には譲渡禁止特約が適用されないこと

判決文は明示的に「債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効を主張することができないのは、遺贈が、遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であって、契約による債権の移転をもたらすものではないことに由来する」と述べています。この判示は、死因贈与と遺贈の取扱いを分けるための前提として置かれたものですが、結論として、預貯金債権の遺贈については譲渡禁止特約が適用されないことが判決文から明確に読み取れます。本判例の射程は、あくまで「契約」である死因贈与の場合に限られます。

「全財産」を対象とする死因贈与の事案であること

本判例は、被相続人の「一切の財産」をBに贈与する内容の死因贈与契約の事案です。被告の主張を整理する形で、判決文は民法1014条3項(特定の預貯金債権を承継させる旨の遺言があった場合の遺言執行者の払戻権限)について「特定の預貯金債権」に関する規定であり、本件死因贈与契約は「亡Aが所有していた一切の財産に関する死因贈与」であるとする整理を示しています。特定の預貯金債権を対象とする死因贈与の場合に同条の趣旨が及ぶか否かについて、判決文は確定的な判断を示していません。

信義則違反の判断は本件の事実関係を前提とした個別判断であること

裁判所は、譲渡禁止特約の3つの趣旨(事務処理が煩雑になることの回避、過誤払の回避、相殺の機会の確保)に照らした個別判断として信義則違反を否定しました。本件では、相続人が10名と多数で、B以外相続人らの意向が銀行において不明確であった事情、執行者が民法554条・1007条2項に基づく相続人への通知を怠っていた事情等が考慮されています。したがって、相続人の構成や数、相続人間の同意状況、執行者の対応等が異なる事案では、信義則違反の判断結果は変わり得ます。

関連判例

本判決が判断の根拠として引用した先例は、次のとおりです。

  • 最判昭和48年7月19日(民集27巻7号823頁):譲渡禁止特約付き債権の譲渡について、原則として譲渡の効力が制限されることを示した判例。本判決は、預貯金債権の死因贈与が「契約による債権譲渡」に当たり、譲渡禁止特約の効力が及ぶことを判断する際の参照判例として引用しています。

実務での使い方

本判例は、死因贈与契約により預貯金の承継を実現する場面において、銀行対応の限界を理解するための重要な判例です。争族が予想される事案で死因贈与の方法を選ぶ際の留意点や、執行者として相続手続を進める際の注意点を整理します。

使える場面

典型的には、被相続人が死因贈与によって特定の人(受贈者)に預金を承継させようとした事案で、銀行が払戻しに応じないというケースです。特に、私署証書による死因贈与契約に基づき執行者が銀行に預金払戻しを請求する場面、相続人が多数(特に代襲相続が絡む事案)で相続人間の同意状況が銀行から見て不明確な場面で、本判例の論理が機能します。

本判例は、相続人間の権利関係に争いがあるか不明である状況では、銀行が譲渡禁止特約を根拠に払戻しを拒絶しても信義則違反とはならないことを示しており、預金実務における銀行側の対応の合理性を裏付けています。

死因贈与による預金承継を計画する側

被相続人として死因贈与契約により預金を特定の人に承継させたい場合、本判例の論理を踏まえると、いくつかの点を意識する必要があります。

第1に、譲渡禁止特約の適用を回避するには、死因贈与ではなく遺贈の形式を採ることを検討すべきです。判決文は遺贈には譲渡禁止特約が適用されないことを明示しています。特定の預貯金債権を遺贈する形式であれば、令和元年7月1日施行の改正相続法により遺言執行者の払戻権限も明確化されています(民法1014条3項)ので、執行者を介して円滑な払戻しが期待できます。

第2に、死因贈与の形式を採るとしても、公正証書による作成が望ましいといえます。判決文は私署証書による死因贈与でも執行者指定は有効としていますが、契約書の作成経緯の信用性を巡って争いが生じやすく、銀行が任意に応じる可能性を高めるためには公正証書の方が安全です。

第3に、死因贈与により預金を承継させる場合は、相続人全員の同意を事前に取得しておく方策も有効です。本判決も、執行者がB以外相続人らから同意を取得するか、相続人全員を被告として名義変更請求の認容判決を得れば、銀行から任意に払戻しを受けられた可能性を指摘しています。

執行者として払戻請求を行う側

本判決は執行者の請求を棄却していますが、執行者として銀行に払戻しを求める場合の対応を整理します。

第1に、就任後速やかに、民法554条・1007条2項に基づく相続人への通知を行うことが重要です。本判決でも、執行者がこの通知を怠っていたことが、信義則違反を否定する判断要素として考慮されています。

第2に、相続人全員の同意取得を試みることが、銀行から任意の払戻しを受ける最も確実な方法です。判決文も、銀行が当初からB以外相続人らの同意を要求していたこと、これが過誤払や事務処理煩雑化の危険を回避する手段として合理的と評価しています。

第3に、相続人の同意が得られない場合、相続人全員を被告として名義変更等を求める訴えを提起し、認容確定判決を取得することが考えられます。これにより、銀行は払戻しに応じる根拠を得られます。

銀行側(譲渡禁止特約を根拠に払戻拒絶する側)

本判例は金融機関が勝った事案であり、預金実務上の判断基準として参考になります。預貯金債権の死因贈与は譲渡禁止特約の対象となる「契約による債権譲渡」に該当し、信義則違反の判断は、事務処理が煩雑になることの回避、過誤払の回避、相殺の機会の確保という3つの趣旨に照らして個別になされます。相続人が複数で同意状況が不明確な場合、過誤払の危険と事務処理煩雑化の危険が認められやすく、払戻拒絶は信義則違反になりにくい傾向があります。

立証上のポイント

本件で信義則違反の判断における重要な要素となったのは、相続人の構成(10名と多数)、執行者の対応(民法1007条2項の通知の懈怠)、相続人間の意向の明確さ(B以外相続人らの意向が銀行に明示されていなかった)の3点です。

死因贈与により預金承継を実現したい側は、契約書作成時の状況(公正証書化や立会人の存在等)、就任後速やかな相続人全員への通知の履行、相続人間の同意の取得や同意状況の明示等を、実務として確実に押さえる必要があります。逆に銀行側としては、相続人間の権利関係の不明確さを示す事情(相続人への意向確認の状況、執行者からの書面提示の不十分さ等)を記録しておくことが、信義則違反の主張に対する反論材料となります。

併せて検討すべき周辺論点

第1に、遺贈と死因贈与の使い分け。預貯金債権を確実に承継させたい場面では、遺贈の方が銀行対応の障害が少ない選択肢です。本判決も「Aは公正証書遺言をすることができた」と指摘しており、争族リスクが予想される事案では遺贈の選択を優先的に検討すべきです。

第2に、民法1014条3項の活用。令和元年7月1日施行の改正相続法により、特定の預貯金債権を承継させる旨の遺言があった場合、遺言執行者が当該預貯金の払戻請求をすることが可能となりました。これにより、特定遺贈の形式を採れば、遺言執行者を介して円滑な払戻しが期待できます。

第3に、負担付死因贈与の場合の特殊性。本件は受贈者が他の親族に各500万円を寄付する負担付死因贈与でしたが、判決文はこの点を信義則判断において特別扱いしていません。負担付の場合、受贈者が負担を履行しない事態が生じるリスクが別途存在し、この点も考慮しておく必要があります。

第4に、執行者就任通知の重要性。民法554条により遺贈規定が準用される結果、執行者は相続人に対して遅滞なく就任を通知する義務があります(民法1007条2項)。この通知を怠ると、本件のように信義則違反の判断において執行者側に不利な事情として考慮される可能性があります。執行者として実務にあたる際は、相続人全員に対する通知を就任直後に確実に行うことが必要です。

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