慰謝料請求権は被害者の意思表示なしに相続されるとした事例|最判昭和42年11月1日

判例のポイント

不法行為による慰謝料請求権は、損害の発生と同時に被害者に発生し、被害者が請求の意思を表明することは必要ありません。そして被害者が死亡したときは、その相続人が当然に慰謝料請求権を相続します。本判例は、慰謝料請求権の相続には被害者による請求の意思表示を要するとしてきた従来の大審院判例の立場を、最高裁大法廷の判例変更により否定したものであり、即死事案や意思表示が不能な事案でも遺族が慰謝料請求権を相続できることを明確にした重要判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所大法廷
  • 判決日:昭和42年11月1日
  • 事件番号:昭和38年(オ)第1408号
  • 関連条文:民法709条、710条、711条

事案の概要

本件は、自動車事故により重傷を負って入院後に死亡した被害者が、生前に慰謝料請求の意思を表明しないまま死亡したところ、その妹が相続を理由に慰謝料を請求したという事案です。

登場人物

  • B(被害者・死亡当時71歳):独身。事故により重傷を負い、12日後に死亡。
  • X(上告人):Bの妹。Bの慰謝料請求権を相続したと主張して、被上告会社に対し慰謝料を請求。
  • Y(被上告会社):物品運送業を営む会社。加害車両の運行供用者。
  • A:Yの自動車運転手。本件事故の運転者。

時系列

  • 昭和36年8月16日午後3時頃:栃木県下都賀郡内の国道で、Aが運転する大型貨物自動車がBの自転車に衝突。Bは重傷を負う
  • 昭和36年8月28日:Bが入院先の病院で死亡(事故から12日後)
  • 昭和36年10月:YとB側親族との間で示談が成立(Xはこれに関与せず)
  • 昭和37年2月:XがYに対して慰謝料請求の訴えを提起
  • 昭和38年4月6日:第一審・宇都宮地方裁判所がXの請求を棄却
  • 昭和38年9月17日:控訴審・東京高等裁判所がXの控訴を棄却
  • 昭和42年11月1日:最高裁判所大法廷が原判決を破棄、東京高等裁判所に差戻し

経緯

被害者Bは、自転車で国道を通行中に、対向方向から走ってきたYの大型貨物自動車に衝突され、重傷を負って入院しました。Bは事故から12日後に病院で死亡しています。Bは入院から死亡までの間、慰謝料請求の意思を外部に表明することはありませんでした。

Bの相続人は、その兄弟姉妹である妹のXほか合計4名(うち2名は代襲相続人)でした。Xは、Bが取得した慰謝料請求権を相続したとして、Yに対し慰謝料の支払を求める訴えを起こします。

ところが、当時の判例は、慰謝料請求権の相続については一定の制限を設けていました。大審院の判例(明治43年10月3日、大正8年6月5日、昭和2年5月30日など)は、慰謝料請求権を一身専属権として原則として相続性を否定したうえで、被害者が加害者に対して慰謝料を請求する意思を表示したときに限り、金銭債権として相続の対象となるとしていたのです。被害者保護の観点から、大審院は次第に「請求の意思表示」の要件を緩和する方向に動いており、被害者が「残念、残念」と連呼しながら死亡した場合にも、特別の事情がない限り慰謝料請求の意思表示があったと解しうるとした判例(昭和2年5月30日判決、いわゆる残念事件)が知られていました。

しかし、こうした判例理論を貫くと、即死事案や意思表示不能の事案では慰謝料請求権の相続が認められず、加害行為が重大であればあるほど加害者が責任を免れる結果となるという不都合が指摘されていました。

第一審・控訴審は、いずれも従来の大審院判例の立場を踏襲し、Bが生前に慰謝料請求の意思表示をしていない以上、Xは慰謝料請求権を相続によって取得していないとして、請求を棄却します。Xの上告を受けて、最高裁は事件を大法廷に回付し、判例変更の判断を示しました。

争点

慰謝料請求権は、被害者が生前に請求の意思を表明しなくても、相続の対象となるか

──不法行為による慰謝料請求権は、被害者が生前に「慰謝料を請求する」という意思を外部に表示しなければ、相続の対象とならないのか。それとも、被害者の意思表示の有無にかかわらず、損害発生と同時に相続可能な金銭債権として発生するのか。

X側の主張:慰謝料請求権を一身専属権とし、被害者の請求の意思表明があったときに初めて相続の対象となるとする原判決の解釈は、公平の観念および条理に反する。慰謝料請求権は、損害発生と同時に発生し、被害者の死亡により当然に相続される。

Y側の主張:人格的権利の侵害による慰謝料請求権は、その行使を被害者本人の自由意思に委ねるべきものであり、行使上の一身専属権である。被害者が外形的にも慰謝料請求の意思を表明したと認めうる行為が存在しない限り、慰謝料請求権は相続の対象とならない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:不法行為による慰謝料請求権は、被害者が損害賠償を請求する意思を表明する等の格別の行為を必要とせず、損害発生と同時に発生する。被害者が死亡したときは、その相続人が当然に慰謝料請求権を相続する。
  • 理由:民法は財産損害と非財産損害の取扱いを区別していない。慰謝料請求権の被害法益は一身専属だが、これを侵害したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様に単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないと解すべき法的根拠はない。

判決文の引用

最高裁大法廷は、慰謝料請求権の発生時期と相続性について、次のように判示しました。

ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。

民法711条との関係についても、明確に判示しています。

民法七一一条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。

判例の考え方

本判決の論理は、次の3つの柱で整理できます。

第1に、財産損害との同等取扱い。民法は、損害が財産上のものか財産以外のものかによって、損害賠償請求権の発生時点について別異の取扱いをしていません。財産権の侵害によって生じる損害賠償請求権が損害発生と同時に当然に発生するのと同様、非財産権の侵害による慰謝料請求権も、損害発生と同時に当然に発生します。被害者が請求の意思を表明することは、慰謝料請求権の発生要件ではありません。

第2に、被害法益と請求権の区別。慰謝料請求権が発生する場面で侵害される被害法益(身体・自由・名誉など)は、確かに被害者の一身に専属するものです。しかし、これを侵害したことによって生ずる慰謝料請求権そのものは、被害法益とは別の次元のものであり、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権です。被害法益の一身専属性から直ちに請求権の一身専属性を導くことはできず、慰謝料請求権を相続の対象から外すべき法的根拠はありません。

第3に、民法711条との並立関係。民法711条は、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者(父母・配偶者・子)に、被害者の慰謝料請求権とは別個の、固有の慰謝料請求権を認めています。本判決は、この711条の固有の慰謝料請求権と、被害者から相続した慰謝料請求権とは、被害法益を異にし、併存しうるものだと整理します。さらに、被害者の相続人が必ずしも711条所定の近親者に該当するとは限らない以上、711条の存在は被害者の慰謝料請求権の相続性を否定する根拠にはならない、としています。

結論に至る処理

最高裁大法廷は、以上の理由から、慰謝料請求権の相続には被害者による請求の意思表示またはこれと同視すべき状況を要するとした原判決(東京高裁判決)について、慰謝料請求権の性質およびその相続に関する民法の規定の解釈を誤ったものであり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるとして、原判決を破棄しました。そして本訴請求の当否についてさらに審理させるため、本件を東京高等裁判所に差し戻しています。

なお、本判決には奥野健一裁判官の補足意見と、田中二郎・松田二郎・岩田誠・色川幸太郎の4名の裁判官による反対意見が付されています。反対意見は、慰謝料請求権の主観的・個人的性質を重視し、その行使には被害者の意思表示を要するという従来の大審院判例の立場を支持するものでした。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「特別の事情」による限定

最高裁は、慰謝料請求権の発生について「右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり」という限定を付しています。すなわち、被害者が慰謝料請求権を放棄したと解される事情がある場合には、慰謝料請求権の発生・行使が制限されることになります。本判決は、慰謝料請求権の発生・相続について被害者の意思表示を不要としたものですが、放棄を窺わせる事情の存在まで否定したものではありません。

民法711条との「併存」関係

最高裁は、被害者から相続した慰謝料請求権と、民法711条による近親者固有の慰謝料請求権とが「被害法益を異にし、併存しうる」と明示しました。両者は別個の請求権であり、相続人がその両方を取得することも、いずれか一方のみを取得することもありえます。

ただし、慰謝料額の算定にあたっては、両方の慰謝料請求権の併存が当然に賠償総額を増加させるものではなく、裁判所は諸般の事情を斟酌して慰謝料額を決することになります。

損害類型を問わない射程

判旨は「他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合」と一般的な表現を用いており、生命侵害事案だけでなく、身体・自由・名誉等の侵害による慰謝料請求権についても妥当します。本件は死亡事案ですが、本判例の射程は死亡事案に限られるものではありません。

旧判例の変更

本判決は、慰謝料請求権の相続性について被害者の請求意思表示を要するとしてきた従来の大審院判例の立場を、大法廷の判例変更により否定したものです。本判決後は、被害者が即死した場合や意思表示不能のうちに死亡した場合でも、相続人は当然に被害者の慰謝料請求権を相続します。

実務での使い方

本判例は、死亡事案で相続人が被害者の慰謝料請求権を相続したと主張する場面で、相続性を基礎づける中心判例として機能します。現在では慰謝料請求権の相続性は確立した判例法理ですが、相続関係や慰謝料額の主張・立証の場面で本判例の射程を意識することは、なお実務上有用です。

使える場面

典型は、不法行為(交通事故・医療事故・暴行傷害事件など)により被害者が死亡した事案で、相続人が加害者に対して慰謝料を請求する場面です。被害者が即死した場合や、意思表示が不能なまま死亡した場合でも、本判例により相続人は当然に被害者の慰謝料請求権を相続します。

争族案件との関係では、相続人が複数いる場合に、被害者から相続した慰謝料請求権が遺産分割の対象となるか、各相続人が法定相続分に応じて分割債権として取得するかという問題が生じます。判例は金銭債権として相続分に応じて当然に分割帰属する立場を採用していますので、各相続人は相続分に応じた慰謝料請求権を行使することになります。

また、被害者が民法711条所定の近親者(父母・配偶者・子)を有しない場合(本件のように兄弟姉妹のみが相続人である場合や、内縁関係の相手方しかいない場合)には、711条による固有の慰謝料請求権を主張できる者が限られます。このような事案で、相続人が被害者から相続した慰謝料請求権を行使する場面は、本判例の意義が特に大きく現れる場面です。

主張する側(相続人側)

相続人として慰謝料請求権を行使する立場では、次の点を押さえます。

第1に、相続関係の特定。被相続人(被害者)の戸籍関係を辿り、相続人の範囲と各人の相続分を確定します。被害者が独身で兄弟姉妹のみが相続人となる事案や、代襲相続が絡む事案では、戸籍の収集に手間がかかることがあります。

第2に、被害者本人の慰謝料額の主張・立証。被害者本人が被った精神的苦痛の内容(生命侵害そのものに対する慰謝料、入院から死亡までの肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料など)を、被害者の年齢・職業・家族関係・治療経過などを踏まえて主張します。

第3に、民法711条の近親者固有の慰謝料との併合主張。請求者が711条所定の近親者でもある場合は、被害者から相続した慰謝料と、711条による固有の慰謝料の双方を併せて主張します。本判例が両者の併存を明示しているため、別個の請求権として並列的に立てることができます。

対抗する側(加害者側)

加害者側の対応としては、次の3つの方向が考えられます。

第1に、「請求権を放棄したものと解しうる特別の事情」の主張。本判例も、被害者が慰謝料請求権を放棄したと解される事情がある場合には、相続を否定する余地を残しています。被害者と加害者との間で和解や示談が成立していた場合、加害者側はこれを請求権放棄の事情として主張することが考えられます。

第2に、示談・和解の効力の主張。本件のように、相続人の一部と加害者との間で示談が成立している場合、その示談が他の相続人にも及ぶか(代理・同意の有無、示談金が全相続人分の給付として支払われたか等)が問題となります。本件では、Bの弟の子と被上告会社との間で示談が成立していましたが、Xはこれに関与していないとして、示談の効力を争っています。差戻審ではこの点も審理対象となりました。

第3に、慰謝料額の調整主張。被害者から相続した慰謝料と、711条による固有の慰謝料が併存する事案では、両者の合計額が過大にならないよう、慰謝料額の算定段階で調整を求めることが考えられます。本判例は両者の併存を認めるものの、賠償総額の合理性は別途裁判所の裁量による調整を受けます。

立証上のポイント

本判例の射程を実務で活用するうえで、立証上注意すべき点を整理します。

被害者の慰謝料請求権の存否そのものについて、被害者の意思表示を立証する必要はありません。これが本判例の最大の意義です。一方、慰謝料額については、被害者の精神的苦痛の内容・程度を裏付ける資料(治療経過、診療録、被害者の生前の状況、家族関係など)を積み重ねて主張することになります。

加害者側が「請求権放棄」を主張する場合は、放棄を窺わせる客観的な事情(被害者本人による示談合意、賠償金の受領、加害者に対する宥恕の表明など)を立証する必要があります。単に被害者が生前に請求しなかったというだけでは、本判例のもとでは放棄の事情としては足りません。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は不法行為による慰謝料請求権の相続性を扱うものですが、関連する周辺論点として、次のような問題が併せて検討されることがあります。

慰謝料請求権の遺産分割における取扱いについては、判例は可分債権として相続分に応じて当然に分割帰属するとの立場を採っています。したがって、各相続人は遺産分割を経ることなく、自己の相続分に応じた慰謝料請求権を独立に行使できます。

民法711条の固有の慰謝料請求権の主体的範囲については、判例は同条所定の父母・配偶者・子に限定せず、これと実質的に同視しうる近親者(内縁の配偶者や同居の祖父母など)にも、民法709条・710条に基づく固有の慰謝料請求権を認める方向で展開してきました。本件の差戻し後の処理においても、Xが兄弟姉妹として民法709条・710条による固有の慰謝料請求権を取得しうるかという論点が併行して問題となります。

加害者の責任原因が自動車損害賠償保障法に基づく運行供用者責任である場合は、同法による損害賠償の対象に慰謝料も含まれます。同法と民法の請求権競合関係を整理したうえで、相続による被害者の慰謝料請求権を加える形で請求を組み立てます。

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