公正証書遺言の口授と読み聞かせは順序が前後しても有効か──民法969条の方式違反を否定した事例|最判昭和43年12月20日

判例のポイント

公正証書遺言の作成において、公証人が事前に第三者から聴取した遺言内容を筆記し、公正証書用紙に清書したうえで遺言者に読み聞かせ、遺言者がその内容と同趣旨を口授してこれを承認し、自ら署名押印した場合には、口授と筆記・読み聞かせの順序が民法969条の規定する順序と前後していても、遺言の方式違反とはならないと判示した判例です。同条が「遺言者の真意を確保し、その正確を期する」ために設けられたという法意に反しない限りで、形式的な順序の前後だけでは方式違反にならないとした点に意義があります。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第二小法廷
  • 判決日:昭和43年12月20日
  • 事件番号:昭和43年(オ)第298号
  • 関連条文:民法969条、公証人法35条

事案の概要

本件は、被相続人が妻子(別居中)と内縁関係にある女性とに均等の割合で本件不動産を遺贈する旨の公正証書遺言を作成したところ、その作成過程に方式違反があるとして、相続人らが遺言の効力を争った事案です。

登場人物

  • A:本件不動産の所有者・遺言者(本件訴訟係属中の昭和38年2月11日に死亡)
  • X1:Aの妻(上告人・控訴人)
  • X2:X1とAの間の嫡出子(上告人・控訴人)
  • Y1:長年Aと同棲していた女性(被上告人・被控訴人)
  • Y2:X1とAの間の嫡出子(被上告人・被控訴人)。本件遺言の有効性を主張する側

時系列

  • 昭和3、4年頃:AがX1、X2と別居しY1と同棲開始。Y1名義の待合・金融業を営みY1と生計を共にする
  • 昭和29年頃:Aが本件不動産を取得
  • 昭和37年6月頃:Aが動脈硬化症等により病臥
  • 昭和37年10月3日頃:Y1が本件不動産の権利証を持参して公証人役場に赴き、遺言の内容を伝えて公正証書の作成を嘱託。公証人はY1から聴取した遺言の内容を筆記
  • 昭和37年10月5日:公証人がAの自宅に赴き、立会証人2名の面前で、既に公正証書用紙に清書してある遺言の内容を読み聞かせる。Aは「この土地と家は皆の者に分けてやりたかった」と述べ、書面に自ら署名押印して「これでよかったね」と述べた
  • 昭和38年2月11日:A死亡
  • 昭和38年3月15日:X1らが遺言執行者に対し本件遺贈について「承認する意思なきこと」を通告
  • 昭和40年5月21日:第一審(東京地裁)判決
  • 昭和42年12月19日:控訴審(東京高裁)判決
  • 昭和43年12月20日:上告審(最高裁第二小法廷)判決

経緯

Aは、昭和3、4年頃から妻子と別居し、Y1と同棲してY1名義の待合・金融業を営んでY1と生計を共にしてきました。昭和37年6月頃に動脈硬化症等で病臥するに至ると、自分の死後にY1と妻子との間で本件不動産を巡る財産紛争が生ずることを恐れ、Y1と相談したうえで、主たる財産である本件不動産をX1、X2、Y1、Y2の4名に均等の割合で遺贈する旨の公正証書遺言を作成することにしました。

実際の作成過程は、まずY1がAから委託を受けて公証人役場に赴き、本件不動産の権利証を持参して遺言の内容を伝え、公正証書の作成を嘱託しました。公証人はY1から聴取した遺言内容を筆記して公正証書用紙に清書したうえ、後日Aの自宅に赴き、A本人と立会証人2名の面前で清書済みの遺言内容を読み聞かせました。Aはこれに対して「この土地と家は皆の者に分けてやりたかった」と述べ、書面に自ら署名押印したうえで「これでよかったね」と述べています。

A死亡後、X1らは、本件遺言は遺言者であるAが遺言の趣旨を公証人に口授することなく作成されたものであり、民法969条の定める方式に違反して無効であると主張して、Y1らとの間で持分移転登記等を巡って争いとなりました。

争点

公正証書遺言において、口授と筆記・読み聞かせの順序が民法969条の定める順序と前後する場合、遺言の方式違反となるか

──民法969条は、(1)証人2人以上の立会、(2)遺言者が遺言の趣旨を公証人に「口授」、(3)公証人がこれを「筆記」して遺言者および証人に「読み聞かせ」(または閲覧させ)、(4)遺言者・証人による筆記の正確なことの承認と署名押印、(5)公証人による方式遵守の付記と署名押印、という手順を順を追って規定しています。本件のように、公証人が事前に第三者から聴取した遺言内容を筆記・清書し、これを遺言者に読み聞かせたうえで遺言者が同趣旨を述べて承認するという順序の場合、これが同条の方式に違反するかが問題となりました。

X1らの主張(遺言無効を主張する側):民法969条が定める方式は、まず遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授し、公証人がこれを筆記したうえで遺言者および証人に読み聞かせるという順序を要求している。本件のように、公証人が事前に第三者(Y1)から聴取した遺言内容を筆記・清書し、これを遺言者に読み聞かせるという順序は、同条の方式に違反し、遺言は無効である。

Y1らの主張(遺言有効を主張する側):本件遺言は、公証人が遺言者本人に遺言の内容を読み聞かせ、遺言者がこれを承認して同趣旨を述べたうえで自ら署名押印したものである。民法969条の趣旨は遺言者の真意を確保し、その正確を期する点にあり、本件の作成過程はこの趣旨を満たしているから、方式違反とはならない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:本件公正証書遺言は、口授と筆記・読み聞かせの順序が民法969条の定める順序と前後しているにとどまり、方式違反は認められない。
  • 理由:同条が遺言者の真意を確保し、その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではないから。

判決文の引用

最高裁は、次のように判示しました。

原審の確定した事実によれば、遺言者たる訴外Aは、本件不動産を上告人らおよび被上告人らの四名に均等に分け与えるものとし、その旨を公正証書によつて遺言することを決意した後、被上告人Bをして公証人のもとに赴かしめ、公証人は、同被上告人から聴取した遺言の内容を筆記したうえ、遺言者に面接し、遺言者および立会証人に既に公正証書用紙に清書してある右遺言の内容を読み聞かせたところ、遺言者は、右遺言の内容と同趣旨を口授し、これを承認して右書面にみずから署名押印したというのである。したがつて、右遺言の方式は、民法九六九条二号の口授と同条三号の筆記および読み聞かせることとが前後したに止まるのであつて、遺言者の真意を確保し、その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではないから、同条に定める公正証書による遺言の方式に違反するものではないといわなければならない

判例の考え方

本判決の論理は、次の3段階で整理できます。

第1に、民法969条の立法趣旨に立ち返る視点。民法969条が口授・筆記・読み聞かせ・承認・署名押印という一連の手順を規定しているのは、「遺言者の真意を確保し、その正確を期する」ためです。本判決は、方式違反の有無を判断するにあたって、各手順の順序を文言どおり厳格に守ったかではなく、この立法趣旨が満たされたかを基準とすることを明示しました。

第2に、本件で立法趣旨が満たされていることの確認。本件では、(1)Aが本件不動産を4名に均等遺贈する旨の遺言意思を予め固めていたこと、(2)公証人がY1からその内容を聴取して筆記し公正証書用紙に清書したこと、(3)Aが自宅でその内容を読み聞かされて同趣旨を口授しこれを承認したこと、(4)A自ら書面に署名押印したこと、という事実関係が確定しています。これらを通じて、Aは公証人作成の文書を読み聞かされたうえで、その内容を自分の意思として確認・承認しており、遺言者の真意確保と内容の正確性確保という法意は満たされていると評価できる、というのが判例の考え方です。

第3に、順序の前後にとどまる場合の方式違反性の否定。判旨は、本件では「民法九六九条二号の口授と同条三号の筆記および読み聞かせることとが前後したに止まる」と表現しています。これは、各手順自体は形式的にすべて履践されており、ただその順序が条文の規定と前後しているにとどまる、という認定です。順序の前後が立法趣旨を損なわない限りで、方式違反とはならないとされました。

結論に至る処理

最高裁は、上告理由のうち本記事で扱う公正証書遺言の方式違反の点について、上記のとおり方式違反を認めず、原判決の判断を是認しました。なお、本判決には他にも上告理由(共有物分割請求の通常裁判所への提起の可否、共有物分割請求訴訟における共有者の一部の原告適格)が含まれていますが、いずれも採用されず、上告は全体として棄却されています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「順序の前後にとどまる」場合に限定された射程

本判決が方式違反とならないと判断したのは、「公証人が、あらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記し、公正証書用紙に清書したうえ、その内容を遺言者に読み聞かせたところ、遺言者が右遺言の内容と同趣旨を口授し、これを承認して右書面に自ら署名押印した」という事案です。判決文の表現に即して見ると、本判例の射程は「民法九六九条二号の口授と同条三号の筆記および読み聞かせることとが前後したに止まる」場合に限定されます。

したがって、各手順自体が履践されていない場合(例えば、遺言者本人による口授や承認が一切ない場合、読み聞かせがなされていない場合、署名押印が遺言者本人によりなされていない場合)は、本判例の射程外となり、方式違反の判断は別途行われることになります。

「遺言者の真意を確保し、その正確を期する」法意の充足が前提

本判決はあくまで、本件の作成過程が「遺言者の真意を確保し、その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではない」という評価を前提としています。したがって、形式的には口授と読み聞かせの順序が前後しているだけでも、遺言者の意思能力に疑問がある場合や、遺言者の真意との齟齬が認められる場合には、本判例の射程外として、方式違反が認められる余地が残ります。

遺言者本人による口授(承認的口授を含む)の存在が必要

本件でAが「この土地と家は皆の者に分けてやりたかった」と述べたことは、判決上、遺言者の口授に該当するものと評価されています。これは、公証人が読み聞かせた内容と同趣旨をA自身の言葉で表現したものであり、いわゆる承認的口授ということができます。本判例の射程は、このように、形式上の順序は前後していても、遺言者本人が読み聞かされた内容を理解したうえで自ら口授してこれを承認する事案に及びます。逆に、遺言者が読み聞かされた内容について全く口頭で応答せず、単にうなずいたり首を縦に振ったりしただけの場合などは、本判例の射程外と理解するのが相当です。

実務での使い方

使える場面

公正証書遺言の方式違反が争点となる相続紛争で活用できる判例です。特に、遺言作成過程において(1)公証人が事前に第三者から遺言内容を聴取して筆記している場合、(2)読み聞かせと遺言者の口授の順序が条文の規定と前後している場合などに、遺言の有効性を判断する基準となります。

本件のように、内縁関係にある女性が公証人役場に赴いて遺言の内容を伝え、公証人が後日遺言者本人を訪問して読み聞かせを行うというパターンは、公正証書遺言作成の実務でよく見られる方式です。本判例はこの方式の有効性を最高裁レベルで確認した重要判例として、今日でも引用されています。

遺言の有効性を主張する側(受遺者側)

公正証書遺言の有効性を主張する側から見ると、本判例は、形式的に民法969条の順序が完全には守られていない事案でも、遺言者の真意確保と内容の正確性確保という法意が満たされていれば方式違反とはならない、という主張の根拠となります。

具体的には、(1)遺言者が遺言内容を予め決意していたこと、(2)遺言者本人に対して読み聞かせがなされたこと、(3)遺言者が読み聞かされた内容と同趣旨を自ら口授してこれを承認したこと、(4)遺言者自身が書面に署名押印したこと、を立証することが要点となります。立証の中心となるのは、公証人作成の遺言公正証書原本の記載内容、立会証人の証言、遺言者の遺言時の精神状態に関する客観的資料です。

遺言の方式違反を主張する側(他の相続人側)

これに対し、方式違反を主張する側から見ると、本判例の射程外であることを示す必要があります。具体的には、(1)遺言者本人の口授(承認的口授を含む)が一切なかったこと、(2)遺言者の意思能力に疑問があり、読み聞かされた内容を理解して承認したとは認められないこと、(3)公証人が第三者から聴取した内容と遺言者の真意とに齟齬があったこと、(4)読み聞かせの事実そのものに疑問があること、などを主張・立証することが考えられます。

ただし、本判例の射程は比較的緩やかに設定されており、遺言者本人の応答が「これでよかったね」程度の短いものでも口授(承認的口授)として評価される余地があります。方式違反の主張で完全に勝ち切るのは容易ではないため、後述のとおり遺言能力の不存在など他の無効事由と組み合わせて主張することが実務的には現実的です。

立証上のポイント

本判例の射程に入るかどうかは、遺言者本人の意思確認過程が客観的に証明されるかにかかっています。立証材料としては、(1)公証人作成の遺言公正証書原本の記載内容、(2)立会証人の証言、(3)遺言者の遺言時の意思能力に関する客観的資料(医療記録、診断書、看護日誌等)、(4)遺言者本人による署名押印の真正、が中心となります。

特に、遺言者が病臥中であった場合や高齢で意思能力に疑問がある場合には、遺言時の意思能力に関する同時代証拠が決定的な意味を持ちます。本件でも、X1らはAの意思能力欠如を主張しましたが、控訴審はAの精神状態に格別異状がなかったことを認定しています。遺言時の意思能力を巡る争いでは、医療記録などの同時代証拠の有無が決め手になることが多い点に注意が必要です。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は公正証書遺言の方式違反のみを扱っていますが、実務では遺言の有効性を巡って、(1)遺言者の意思能力(遺言能力)の有無、(2)受遺者やその関係者による遺言作成への関与の程度、(3)遺留分侵害の有無、なども併せて検討されることが多くあります。本件でも控訴審において、X1らは遺言者の意思能力欠如、受遺者(Y1)の遺言作成場面への立会いによる無効、遺留分侵害などを主張していました。

特に、本件のように受遺者の一人が公証人役場に赴いて遺言内容を伝えるという経過は、遺言作成への受遺者の関与度合いが高い類型として注意が必要です。控訴審は、受遺者(Y1)が遺言作成の場に居合わせたとしても遺言の効力に影響はないと判断しましたが、これはあくまで法定の証人として立ち会ったわけではなく、遺言者の真意確保が損なわれていない場合の話です。受遺者が遺言の口述を主導したり、遺言者の意思形成に過度に関与したりした事案では、別の観点から遺言の効力が改めて問われる余地が残ります。

なお、民法969条の規定自体は、令和の相続法改正後も基本的な構造に変更はなく、本判例の射程は維持されています。

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