嫡出化目的の婚姻届は有効か──婚姻意思(民法742条1号)の意義を示した事例|最判昭和44年10月31日

判例のポイント

民法742条1号にいう「婚姻をする意思」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思をいいます。婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があったとしても、それが他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎないときは、婚姻は効力を生じません。本判例は、婚姻意思の意義について実質的な効果意思を要求する立場を最高裁として明示した重要判例であり、相続実務においても、配偶者相続権の前提となる婚姻の有効性が争われる場面で繰り返し参照される基礎判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第二小法廷
  • 判決日:昭和44年10月31日
  • 事件番号:昭和42年(オ)第1108号
  • 関連条文:民法742条1号

事案の概要

本件は、夫が他の女性と結婚するに当たり、過去に交際していた女性との間にもうけた子に嫡出子の地位を得させるための便法として婚姻届を出したという事案です。届出から2日後に夫は別の女性と挙式しており、相手女性側との婚姻届が真に夫婦関係を設定する意思に基づくものであったかが争われました。

登場人物

  • X(被上告人・夫):日立製作所勤務。Y との交際を経て A をもうけた後、別の女性 K との結婚を決意。
  • Y(上告人・妻):保健婦。X の父の家に下宿していた縁で X と知り合い、長期間交際を続け A を出産。
  • A(XY間の子):昭和32年11月20日生。Y が単独で養育。
  • K:X が婚姻届出の2日後に挙式した別の女性。

時系列

  • 昭和28年8月:YがX父方に下宿を始め、Xと知り合う
  • 昭和28年9月:XYが交際を始め、結婚を約する
  • 昭和32年3月:X、大阪大学卒業、日立市の日立製作所に就職
  • 昭和32年11月20日:YがAを出産
  • 昭和34年10月24日:XがYに、Kとの結婚を告げに来阪。Y側からの懇請を受け、Xが「Yとの婚姻届を出した後に離婚する」旨の便宜的処理を承諾、誓約書(乙第二号証)を作成
  • 昭和34年10月27日:XY間の婚姻届が大阪市東住吉区長に提出される(XはYの弟が代署)
  • 昭和34年10月29日:XがKと結婚式を挙げ、以後Kと夫婦生活
  • その後、Xが婚姻無効確認の本訴を提起、Yが反訴で婚約破棄を理由とする慰謝料を請求
  • 昭和39年2月1日:第一審(大阪地裁)が婚姻無効を認容
  • 昭和42年6月26日:控訴審(大阪高裁)が婚姻無効を維持しつつ反訴慰謝料150万円を認容
  • 昭和44年10月31日:最高裁が上告を棄却

経緯

XとYは、YがXの父の家に下宿していた縁で知り合い、長期間にわたって交際を続けてきました。Yは数回の妊娠を経て、Xが大学卒業後に就職した昭和32年11月にAを出産しています。Xはこの時点ではYと結婚する意思を持ち、婚姻届を出すべく書類を準備しましたが、戸籍抄本の取得に齟齬があり、結局この時の届出には至りませんでした。

その後、Xは勤務先で知り合ったKとの結婚話が固まり、昭和34年10月29日に挙式する日程まで決まるに至ります。Xは過去の関係を清算するため同月24日に来阪してYに事情を告げましたが、Yおよびその家族から強く非難され、また Aが非嫡出子として扱われることを案じたY側から「せめて A に X・Y 間の嫡出子の地位を得させてほしい」との懇請を受けました。X はその場の収拾策として、「Y との婚姻届を一旦提出して A を入籍させ、その後 Y と離婚する」という便宜的な処理を承諾し、その旨の誓約書を作成します。

しかし X には Y と夫婦生活を営む意思はなく、X は予定通り 10月29日に K と結婚式を挙げました。婚姻届は 10月27日に Y の弟が X の署名を代署する形で提出され、X 自身は届出の翌日(28日)に来阪して新本籍の訂正手続には関与したものの、Y に対しては「29日の K との挙式は予定通り行う」旨を伝えています。挙式以後、X は K と夫婦生活を営み、Y との間に肉体関係や夫婦としての生活実態は一切ありませんでした。

X は Y に対して婚姻無効確認の本訴を提起し、Y が反訴で婚約破棄を理由とする慰謝料を請求しました。第一審・控訴審ともに婚姻無効を認める判決を言い渡し、控訴審は反訴慰謝料 150万円を認容しています。これに対して Y が婚姻無効の点について上告したのが本件です。

争点

──民法742条1号にいう「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、どのような場合を指すか。届出意思の合致があれば足りるのか、それとも真に夫婦関係を設定する効果意思を要するのか。

Y(上告人・妻)の主張:民法742条1号にいう「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、法律上の夫婦という身分関係を当事者間に設定しようとする意思がない場合を指す。本件では、子の嫡出化のためという目的があったとしても、X・Y 間で「法律上の夫婦」となることについての意思の合致はあったのだから、婚姻は有効である。

X(被上告人・夫)の主張:婚姻届出自体については当事者間で意思の合致があったとしても、それが単に子の嫡出化のための便法として行われたものに過ぎず、X には Y と真に夫婦関係を設定する意思はなかったのだから、婚姻は無効である。

なお、本件では婚姻届の代署や新本籍の訂正など届出手続の経過にも複数の事実上の論点がありましたが、最高裁が判断したのはもっぱら婚姻意思の意義の点であり、本判例の意義もこの点にあります。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:民法742条1号にいう「婚姻をする意思」とは、真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思をいう。届出について意思の合致があり、法律上の夫婦という身分関係を設定する意思があったと認めうる場合であっても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎず、効果意思がなかった場合には婚姻は効力を生じない。
  • 理由:婚姻意思は、形式的な身分関係の設定意思にとどまらず、社会通念上の夫婦関係の実体を伴う関係の設定を欲する効果意思を要するものと解すべきだからである。

判決文の引用

最高裁は、次のように判示しました。

〔民法742条1号に〕いう「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり、したがつてたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあつたと認めうる場合であつても、それが、単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであつて、前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかつた場合には、婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

そのうえで、本件への当てはめとして次のように述べています。

〔本件において〕被上告人と上告人との間には、Aに右両名間の嫡出子としての地位を得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあつたが、被上告人には、上告人との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかつたというのであるから、右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。

判例の考え方

本判決の論理は、次の3点で整理できます。

第1に、婚姻意思を「効果意思」として捉える立場の採用。最高裁は、婚姻意思を「真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」と定義しました。これは、当事者が法律上の夫婦という抽象的な身分関係を設定する意思を持つだけでは足りず、社会通念上の夫婦としての実体的な共同生活関係を築こうという意思まで要求する立場です。婚姻という身分行為の本質を、戸籍上の処理ではなく、夫婦としての社会的・人的関係の実体に求める考え方と整理できます。

第2に、届出意思と婚姻意思との明確な区別。届出について当事者間に意思の合致があっても、それだけで婚姻意思があったとはいえません。「届出をする」という行為の合意と、「真に夫婦関係を設定する」という効果意思の合意とは、別の次元の問題として扱われます。Y は「法律上の夫婦という身分関係を設定する意思があれば足りる」と主張しましたが、最高裁はこれを退け、届出意思や法律上の身分関係設定意思があっても、効果意思を欠けば婚姻は無効との立場を明示しました。

第3に、「便法として仮託された」場合の無効。最高裁は、届出が「単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎない」場合に婚姻は無効になると判示しました。本件では子の嫡出化という目的が「他の目的」に当たります。注目すべきは、本判決がこの目的の適法性・違法性に何ら言及していない点です。子の嫡出化という目的それ自体は何ら違法ではなく、社会的にもむしろ望ましいともいえる目的ですが、最高裁は目的が適法か違法かではなく、それが便法として仮託されたものに過ぎず、効果意思を欠いていたことを理由に婚姻無効の結論に至っています。

結論に至る処理

最高裁は、原審(大阪高裁)の事実認定──すなわち、本件婚姻届出について X・Y 間に届出の意思の合致はあったが、X には Y との間に真に夫婦関係を設定する効果意思はなかったとの認定──を前提に、上告人の主張する形式的意思説(届出意思があれば婚姻意思ありとする立場)を退け、原審の判断を正当として上告を棄却しました。

なお、上告人 Y が便宜上の届出でも有効と認めた先例として引用した最判昭和38年11月28日(民集17巻11号1469頁)について、最高裁は「事案を異にし、本件に適切でない」として本件への先例としての適用を否定しています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」の要求

最高裁は、婚姻意思を「真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」と定義しました。この表現には三つの限定が含まれています。第1に「真に」という修飾、第2に「社会観念上夫婦であると認められる関係」という社会通念上の実体的関係への参照、第3に「効果意思」という意思の質的限定です。これら三つの要素が結びつくことで、本判例は形式的に「法律上の夫婦」となる意思では足りず、実体を伴った夫婦関係を築く意思を要するとの立場を明確にしています。

「便法として仮託されたものにすぎない」場合の無効

判決文は、「単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎない」場合に婚姻は無効になるとしています。この限定文言は重要で、何らかの動機が他に存在するというだけでは婚姻が無効になるとは言っていない点に注意が必要です。あくまで、届出が便法として仮託されたものに過ぎないこと、すなわち真に夫婦関係を設定する意思を欠いていたことを要件としています。

たとえば、節税や扶助義務、年金、生命保険受取人の指定など、何らかの他の動機をきっかけとして婚姻に至った場合であっても、それと並行して真に夫婦関係を設定する意思があれば、本判例の射程からは外れます。本判例は、動機が他にあっただけの婚姻と、便法として仮託されたに過ぎない婚姻とを区別する枠組みを示したものと整理できます。

目的の適法・違法を問わない判断

本件では「子の嫡出化」という、それ自体は何ら違法ではなく社会的にも望ましいといえる目的が動機となっていました。それでもなお、最高裁は婚姻無効を認めています。判決文は目的の適法性・違法性に言及していませんが、本件の処理から、目的が適法であっても婚姻無効の結論に影響しないことが確認できます。

関連する身分行為への射程

本判例は婚姻意思(民法742条1号)の解釈を示したものですが、養子縁組の縁組意思(民法802条1号)など他の身分行為にも類似の枠組みが及び得るかは別途の検討を要します。後の最判平成29年1月31日は、節税目的の養子縁組について「相続税の節税の動機と縁組をする意思とは併存し得る」との立場を示し、動機が他にあったとしてもそれだけでは縁組意思の不存在を推認できないとしました。両判例は、動機の存在と意思の不存在を区別するという共通の発想に立つものとして整合的に整理することができます。

関連判例

判決文中で言及されている判例は、次のとおりです。

  • 最判昭和38年11月28日(民集17巻11号1469頁):本件において上告人 Y が、便宜上の届出でも当事者の意思に従った効力を認めた先例として引用したもの。最高裁は「事案を異にし、本件に適切でない」として、本件への適用を否定しました。

実務での使い方

本判例は、婚姻の有効性が争われる場面で、便法的な婚姻届の効力を否定する根拠として引用される中心判例です。相続実務における典型的な使いどころを整理します。

使える場面

相続実務における本判例の意義は、配偶者相続権の前提となる婚姻の有効性を争う場面で現れます。典型は次の三つです。

第1に、被相続人の死亡直前または終末期に成立した「駆け込み婚姻」の効力が争われる場面です。長年内縁関係にあった者が、被相続人の入院中や意識朦朧とした状態で婚姻届を提出して配偶者相続権を主張するというケースで、他の相続人が婚姻の有効性を争う形になります。

第2に、何らかの便宜的な目的のために提出された婚姻届の効力が、相続発生後に争われる場面です。在留資格の取得、税負担の調整、生命保険の受取人指定、年金受給資格、債権者からの執行回避など、さまざまな他の目的のために婚姻届が提出された場合に、相続人が有効性を争うことがあります。

第3に、過去の事実上の夫婦関係や子の身分を整理するための便宜的な婚姻届が後に争われる場面です。本件のように子の嫡出化のためや、内縁関係を法律上整理するためなど、他の目的のための便法として婚姻届が出され、その効力が相続局面で問題化する形です。

婚姻無効を主張する側(多くは他の相続人)

婚姻無効を主張する側は、本判例を引用するに当たって、次の事実を具体的に押さえる必要があります。

第1に、届出当時の夫婦関係の実体の不存在です。同居の有無、家計の状況、生活協力の実態、関係者・親族からの夫婦としての認識、住民票や健康保険等の事務処理の状況など、夫婦関係の実体を否定する客観的事実を積み上げます。本件で X が婚姻届出の2日後に別の女性と挙式し、Y と一切の夫婦生活を営まなかったという事実が決定的だったのと同様、届出前後の生活関係の客観的状況が中核となります。

第2に、届出と並行する別目的の存在です。届出の理由・経緯を示す書面(合意書、誓約書、メール、SNS、税理士・行政書士等の関与した書類など)、関係者の証言、届出に至った具体的経緯を裏付ける同時代証拠を確保します。本件では、X が作成した誓約書(乙第二号証)に「子の入籍のための婚姻届と、その後の離婚」が明記されていたことが、便法仮託の認定を強く支えました。

第3に、届出後の夫婦関係の不存在の継続です。届出の翌日から関係を解消し別の生活を営んでいたなど、届出後も夫婦としての実態が一貫して欠けていた事実は、届出時の効果意思の不存在を強く推認させる事情となります。

婚姻有効を主張する側(届出を受けた配偶者側)

逆に、婚姻有効を主張する側は、本判例の射程が「便法として仮託された場合」に限られることを踏まえ、動機が他にあったとしても、それと併存して真に夫婦関係を設定する意思があったとの構成を検討します。

具体的には、第1に、届出に至る経緯における真摯な合意の存在を主張します。長期間の交際・内縁関係の蓄積、双方の家族・親族の認識、結婚式・披露宴の挙行、結婚指輪の交換、関係者への報告などです。

第2に、届出後の夫婦としての実体の存在を立証します。同居・生活協力、家計の一体化、住民票上の世帯構成、健康保険・税申告上の取扱い、葬儀・法事における夫婦としての扱い、親族関係の中での認識など、夫婦関係の実体を裏付ける客観的事実を積み上げます。

第3に、仮に便宜的な動機があっても、それは併存的なものに過ぎないことを主張します。他の動機の存在を否定するのではなく、それと並行して真の夫婦関係設定意思があったことを正面から主張する方が、立論としては自然です。

立証上のポイント

婚姻意思の存否は当事者の内心の問題であり、直接立証することは困難です。実務上は、届出前後の客観的事実から内心の意思を推認するという形で立証が進みます。

特に重要なのは、届出当時の同時代証拠です。届出後にどれほど夫婦らしい生活を装っても、届出当時の意思が便法仮託であったと認定されれば、本判例の射程に取り込まれます。逆に、届出後に関係が悪化したとしても、届出時には真摯な夫婦関係設定意思があったと認められれば、婚姻は有効として維持されます。評価の基準時は届出時であり、届出後の事情変化は基準時の意思認定を覆すものではない、という点を念頭に主張・立証を組み立てる必要があります。

具体的に有用な同時代証拠としては、届出経緯を示す書面・電子メール・SNS、関係者・立会人の届出当時の認識を示す証言、届出当時の同居・生活関係を示す客観資料(住民票履歴、家計の動き、賃貸借契約書など)、結婚式・披露宴の有無、双方家族の関与状況、専門家(弁護士・税理士・行政書士等)の関与の有無と関与内容などが挙げられます。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は婚姻意思の有無を扱うもので、婚姻無効の判断が固まった場合の派生的な処理については別途検討が必要です。

第1に、子の嫡出推定への影響です。婚姻が無効と確定した場合、その婚姻に基づく嫡出推定は遡及的に失われます。本件のように子の嫡出化を目的として婚姻届を出した事案では、婚姻無効の効果として子の身分関係も影響を受けるため、認知の必要性や父子関係確定の手続を併せて検討する必要があります。

第2に、内縁関係に基づく財産的処理の検討です。仮に婚姻が無効であっても、長年の事実上の夫婦関係に基づく財産分与的な処理(被相続人死亡後であれば特別縁故者制度の活用を含む)の余地が残ります。婚姻無効を主張する側としては、内縁関係の存在自体は否定しがたい場面も多いため、相手方が内縁関係に基づく財産的請求を行ってくる可能性を視野に入れた立論が必要です。

第3に、養子縁組の効力が並行して争われる場面との関係です。配偶者相続権を巡る紛争では、しばしば節税養子の効力も並行して争われます。最判平成29年1月31日が節税目的の養子縁組について「動機と縁組意思の併存」を認める枠組みを示したことを踏まえると、本判例と平成29年判例は、「動機が他にあっただけ」では身分行為は無効にならないが、「便法として仮託されたものに過ぎない」場合には無効になるという共通の枠組みで整理することができます。婚姻と養子縁組のいずれが問題となる場面でも、便法仮託に当たるかどうかが判断の分水嶺となります。

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