死因贈与は撤回できるか──遺言の撤回規定(民法1022条)の準用を認めた事例|最判昭47年5月25日

判例のポイント

死因贈与をした贈与者は、遺言の撤回規定である民法1022条を準用する形で、生前にいつでも撤回することができます。本判例は、この立場を最高裁として初めて明示し、後妻への死因贈与を贈与者が生前に撤回した事案で、撤回の効力を認めた重要判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第一小法廷
  • 判決日:昭和47年5月25日
  • 事件番号:昭和46年(オ)第1166号
  • 関連条文:民法554条、1022条/(当時)民法754条

事案の概要

本件は、後妻への死因贈与を、贈与者が生前に撤回したという事案です。贈与者の死後、後妻と前妻の子らが、当該不動産の帰属を争いました。

登場人物

  • A(被相続人・贈与者):本件宅地・建物の所有者。後妻Yと婚姻。
  • Y(後妻・被控訴人・上告人):Aの後妻。Aから本件宅地建物の死因贈与を受けたと主張。
  • X1(Aの長男・控訴人・被上告人):Aの先妻の子で、子らの中心人物。
  • X2〜X6(Aの子ら・控訴人・被上告人):X1の兄弟姉妹5名。

時系列

  • 昭和36年4月:AとYが事実上の婚姻(当時A67歳、年齢差22歳)
  • 昭和36年5月:Aが本件宅地を買受け
  • 昭和36年7月頃:Aが本件建物を新築
  • 昭和36年9月:AとYが婚姻届出
  • 昭和38年4月21日:X1宅での花見の席で、AがYへの死因贈与を表明、決議事項を書面化
  • 昭和40年8月:Aが肝硬変(癌疑)で入院
  • 昭和40年9月:A退院(全治せず)
  • 昭和40年10月:YがAを相手方に本件宅地建物の贈与を求める調停を申立
  • 昭和40年12月:AがX1宅へ転居、Y別居
  • 昭和41年1月11日付:A代理人弁護士が民法754条に基づく取消しの意思表示(内容証明郵便、1月14日到達)
  • 昭和41年1月12日:Yが本件宅地建物に所有権移転仮登記
  • 昭和41年2月:AがYに対し離婚調停を申立(3月不成立)
  • 昭和41年4月21日:A死亡

経緯

Aは、67歳のときに22歳年下のYを後妻として迎えました。自分の死後にYの生活が立ち行かなくなることを心配し、また先妻の子らとYが遺産を巡って争うことを避けたいと考えたAは、昭和38年4月21日、X1宅での花見の席で、自己の主要財産について「死亡により効力を生ずる死因贈与をする」旨を出席者一同の前で述べ、その内容を書面(決議事項)にまとめました。

ところが、その後Aの病状が悪化するにつれ、夫婦関係は悪化していきます。Aの入院(昭和40年8月)の後、Yは生存中の移転登記を繰り返し要求しましたが、Aは「死因贈与だから、死んでから効力が生じる」としてこれに応じませんでした。Yの看護もおろそかになり、子らは昭和40年12月、Aを引き取ってX1宅で介護するようになります。

Yは昭和40年10月に本件宅地建物と現金100万円の贈与を求める調停を申し立てましたが、Aは死因贈与を主張して応じず、調停は難航しました。そうした状況下の昭和41年1月11日、Aは弁護士を通じて、民法754条(夫婦間の契約取消権)に基づく贈与契約の取消しの意思表示を、内容証明郵便でYに対して行いました。Yはその直後(1月12日)に所有権移転の仮登記を済ませています。

その後もA・Y間の争いは続き、Aは離婚調停を申し立てましたが、不成立のまま昭和41年4月21日に死亡しました。

Aの死後、X1ら子らは「死因贈与は既に撤回されている」として贈与契約不存在確認の訴えを提起。第一審(福岡地裁久留米支部)、控訴審(福岡高裁)を経て、最高裁まで争われました。

争点

本件の主要論点は以下の3点です。

争点1:花見の席の死因贈与の内容は何だったか(事実認定の問題)

──Aは本件宅地建物の「2分の1」を贈与したのか、「全部」を贈与したのか。また、その贈与は「負担付」だったのか。

X側の主張:Aは、本件宅地建物の2分の1をYに、残り2分の1をX1に贈与した。しかもY分は「Yが終生妻としてAの看護をし、Aの死後はX1と同居する」ことを条件とする負担付死因贈与である。

Y側の主張:Aは、本件宅地建物の全部をYに生前贈与した(仮に死因贈与だとしても全部贈与である)。負担付ではない。

この点、控訴審(福岡高裁)は、Aが本件宅地建物の全部を単純死因贈与したと認定しました。上告審では、この認定は「原審の専権に属する証拠の取捨判断」として争えないものとされ、事実認定は確定しています。

争点2:民法754条(夫婦間契約取消権)による取消しは有効か

──Aが内容証明郵便で行った民法754条に基づく取消しの意思表示は、効力を生じるか。

X側の主張:Aの代理人弁護士が行った民法754条に基づく取消しの意思表示は有効である。これにより死因贈与契約は消滅した。

Y側の主張:①そもそも取消しの意思表示はAの真意に基づいていない。②仮に真意に基づくとしても、当時A・Y間は本件宅地建物を巡って係争中であり、夫婦関係が破綻状態にあったから、民法754条による取消権は行使できない。③取消しはYの生活基盤を破壊するもので権利濫用・公序良俗違反である。

この点、控訴審は最判昭和42年2月2日を引用し、「民法754条に基づく取消しは、夫婦が正常な関係にある間に限られる」との立場から、本件取消しの意思表示時には既に夫婦関係が破綻していたとして、同条に基づく取消しは無効と判断しました。最高裁もこの判断を是認しています。

ただしこの争点でX側が敗れても、争点3(民法1022条の準用による撤回)が別個の根拠として成立するため、結果としてX側が主張する「死因贈与は撤回された」という結論自体は維持されています。

争点3:死因贈与に民法1022条(遺言の撤回規定)は準用されるか──本判例の核心

──民法554条は、死因贈与について「その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」と定めます。では、遺言の撤回について定める民法1022条も、死因贈与に準用されるか。

Y側の主張:死因贈与は双方の合意に基づく契約であって、贈与者の一方的な撤回を認める民法1022条の準用は契約の本質に反する。

X側の主張(原審の論理):死因贈与は贈与者の死亡によって効力が生じる点で遺贈と機能的に同質であり、民法1022条は方式に関する部分を除き準用されるべき。

そして本件では、民法754条による取消しが認められない場合でも、民法1022条の準用による撤回は別個の根拠として認められるかという論点も絡みました。Y側は、「754条で取り消せないものを1022条で取り消せるとするのは理由のそごである」と主張しています。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:死因贈与には、その方式に関する部分を除き、民法1022条(遺言の撤回規定)が準用される。
  • 理由:死後の財産処分については、遺贈と同様、贈与者の最終意思を尊重して決するのが相当だから。

判決文の引用

最高裁は、次のように判示しました。

死因贈与については、遺言の取消に関する民法一〇二二条がその方式に関する部分を除いて準用されると解すべきである。けだし、死因贈与は贈与者の死亡によつて贈与の効力が生ずるものであるが、かかる贈与者の死後の財産に関する処分については、遺贈と同様、贈与者の最終意思を尊重し、これによつて決するのを相当とするからである。

さらに、民法754条による取消権との関係について、次のように明言しました。

贈与者のかかる死因贈与の取消権と贈与が配偶者に対してなされた場合における贈与者の有する夫婦間の契約取消権とは、別個独立の権利であるから、これらのうち一つの取消権行使の効力が否定される場合であつても、他の取消権行使の効力を認めうることはいうまでもない。

判例の考え方

本判決の論理は、次の3段階で整理できます。

第1に、死因贈与の機能的本質の捉え方。死因贈与は形式的には「契約」ですが、実質的には贈与者の死亡によって初めて効力が生じる死後の財産処分です。機能的に見れば遺贈と同じであり、いずれも「死後の財産をどう処分するか」という問題を扱っています。

第2に、最終意思尊重の原則。人の死後の財産処分については、生前の気持ちが変わった場合には最終的な意思こそを尊重するべきであり、これが遺言と死因贈与に共通する原則です。人は生きている間に考えを変えることがあり得る以上、死亡時点での意思を優先するのが合理的、という発想です。

第3に、方式については準用しないという限定。遺言の撤回は「新たな遺言を作成する」という厳格な方式で行う必要があります(民法1022条本文)。しかし、これは遺贈が単独行為であることに由来する要請であって、死因贈与の撤回にまでは及びません。

結論に至る処理

控訴審は、民法1022条の準用に基づきAによる死因贈与の撤回を有効と認めたうえで、本件宅地建物はAの遺産として残されたと判断しました。法定相続分に従い、Y(配偶者)は9分の3、子ら各自は9分の1の共有持分権を取得します。Yが行った仮登記については、全部抹消ではなく、「昭和41年4月21日相続を原因とする持分権9分の3の移転仮登記」への更正登記を命じています。

最高裁は、これら控訴審の判断をすべて是認し、上告を棄却しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「方式に関する部分を除いて」の準用

最高裁は民法1022条の準用を認めるにあたり、「その方式に関する部分を除いて」と明示的に限定しています。民法1022条本文は遺言の撤回について厳格な方式を要求しますが、この方式要件までは死因贈与に準用されません。

この限定が置かれた理由は、遺言撤回の方式は「遺贈が単独行為であることに由来する」ものだという点にあります。死因贈与は契約であり、単独行為である遺贈とは成立構造が異なるため、方式の要件をそのまま持ち込む必要はない、という論理です。

民法1022条による撤回権と民法754条による取消権は「別個独立の権利」

最高裁は、「別個独立の権利であるから、これらのうち一つの取消権行使の効力が否定される場合であつても、他の取消権行使の効力を認めうることはいうまでもない」と明言しました。

この限定は、2つの権利の関係について最高裁が明示的に整理したもので、一方の不成立が他方の不成立を導かないことを確定させています。

負担付死因贈与については射程外

本件では、控訴審が「贈与が負担付であったとの主張を認めるに足る証拠はない」として、単純死因贈与として処理しています。したがって本判例の射程は、負担のない死因贈与の撤回に限られ、負担付死因贈与については本判例から直接の結論は導けません。

関連判例

本判決(および控訴審判決)が判断の根拠として引用した先例は、次のとおりです。

  • 最判昭和42年2月2日(民集21巻1号88頁):民法754条に基づく夫婦間の契約取消権の行使は、夫婦が正常な関係にある間に限られ、夫婦関係が破綻した後はもはや許されない、とした判例。本件控訴審が、民法754条に基づく取消しを無効と判断する際に引用。

実務での使い方

本判例は、死因贈与を巡る争いで、贈与者(またはその相続人側)が「撤回が有効であった」ことを主張する場面で、撤回の有効性を基礎づける中心判例として引用します。争族案件における典型的な使いどころを整理します。

使える場面

典型は本件のような後妻・前妻の子型の争族です。贈与者が後妻を思いやって死因贈与をした後、家族関係の変化や夫婦関係の悪化を契機に撤回の意思表示をし、贈与者の死後に受贈者(後妻)と他の相続人(前妻の子ら)が贈与の効力を争う、という構図になります。

本判例は、この場面で「贈与者の生前撤回は有効である」という結論を基礎づけます。受贈者側が「契約である以上、一方的撤回は許されない」と主張してきた場合の反論の支柱として機能します。

撤回を主張する側(贈与者の相続人側)

撤回を主張する側は、本判例を引用するにあたって、次の事実を具体的に押さえる必要があります。

第1に、撤回の意思表示の存在・時期・到達。内容証明郵便、書面、録音など、撤回の意思が客観的に表示された事実を特定します。本件のように、代理人弁護士名義の内容証明郵便が到達していれば、明確な証拠となります。

第2に、撤回の意思表示が贈与者の真意に基づくこと。本件でY側は「代理人名義の取消意思表示は本人の真意に基づかない」と争いましたが、容れられませんでした。とはいえ、贈与者が意思能力を欠く状態だった、代理権が授与されていなかった等の反論は事案によっては成り立ち得るため、真意性を裏付ける事実(贈与者自身の言動、他の相続人・関係者の証言など)を併せて押さえておくのが安全です。

第3に、民法754条による取消しが否定される場合でも、1022条の準用による撤回は別途主張できること。本判例は両者を「別個独立の権利」と位置付けているため、複数の法的根拠を並列で主張することに支障はありません。

撤回に対抗する側(受贈者側)

逆に、受贈者として撤回の効力を争う立場では、本判例の射程が「負担のない死因贈与」に限られることを踏まえ、「本件は負担付死因贈与である」という構成を検討します。負担付であれば、本判例の射程外となり、別の判例法理(受贈者の履行状況を踏まえた撤回制限の枠組み)を持ち出す余地が生じます。

そのためには、贈与当時の合意内容を示す同時代証拠(契約書、書面、関係者の証言)と、負担の履行事実を示す証拠(介護記録、支出記録など)の両方が必要です。本件でも、Y側は後から「負担付死因贈与だった」と主張しましたが、合意時点の証拠が乏しく、退けられています。合意の段階から負担の内容を明示した書面を残しているかが決め手になります。

立証上のポイント

本件で事実認定を分けたのは、花見の席で作成された書面が2通存在し、その内容が食い違っていたという点です。1通はX側主張に沿う内容、もう1通はY側主張に沿う内容で、控訴審は綿密な証拠分析の末、Y側の書面を真正な書面と認定しました。

死因贈与の内容を巡る争いでは、贈与当時の書面の成立・内容が決定的になります。贈与者・受贈者・立会人の署名押印、書面作成の経緯、他の証拠との整合性が丁寧に検討されます。実務上、贈与の場に立ち会う関係者は、書面を1通に統一し、全員の署名押印と作成日を明記するのが基本です。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は、死因贈与の撤回の可否を扱うもので、撤回後の登記の対抗関係については直接触れていません。受贈者が撤回前に所有権移転の本登記または仮登記を済ませている場合に、撤回の効力が第三者にどう及ぶかは、別途検討が必要な論点です。

本件では、Y側が撤回の意思表示到達の前日に仮登記を済ませていましたが、裁判所は撤回の効力そのものは仮登記の影響を受けないと判断したうえで、仮登記の更正登記を命じる処理をしています。

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