過去の金銭贈与は遺留分算定でいくらに評価するか──贈与時金額を相続開始時の貨幣価値に換算した事例|最判昭和51年3月18日
相続人が被相続人から生前に金銭の贈与を受けていた場合、その金銭を特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加算する際は、贈与時の金額そのままではなく、相続開始時の貨幣価値に換算した価額で評価します。本判例は、この点について最高裁として明確な指針を示したもので、物価変動が大きい長期間の金銭贈与の取扱いを巡る争いで広く引用される重要判例です。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第一小法廷
- 判決日:昭和51年3月18日
- 事件番号:昭和49年(オ)第1134号
- 関連条文:民法903条、904条/(改正前)民法1029条、1044条/(現行)民法1043条、1044条
事案の概要
本件は、遺留分減殺請求訴訟において、相続人の一人が大正期に被相続人から受けていた現金贈与を、特別受益として遺留分算定の基礎財産に加算する際の評価方法が争われた事案です。贈与から相続開始までに約30年以上が経過し、戦前から戦後にかけての激しいインフレによって貨幣価値が大きく変動していた点が、論点を生んでいます。
登場人物
- A(被相続人・贈与者):本件不動産・金銭の元所有者。昭和33年1月7日死亡。
- B(Aの妻):相続人の一人。
- 亡C(Aの長男・Y/Zの父):Aから田畑の贈与を受けたが、A死亡前に死亡。
- D(亡Cの妻):亡Cの死後、亡C贈与の田畑につき登記名義を取得。
- X(Aの二男・原告・控訴人・上告人):Aから大正期に現金等の贈与を受けた相続人。Yに対し遺留分減殺請求をした側。
- Y(亡Cの長女・代襲相続人・被告・被控訴人・被上告人):Aから畑・宅地の生前贈与を受けた相続人。
- Z(亡Cの養子・代襲相続人):Aから宅地・建物の生前贈与を受けた相続人。
時系列
- 大正12年〜大正15年頃:XがAから就職運動費・旅費・事業資金として、現金合計4,125円および薄荷油を贈与(または黙認による贈与)として受ける(控訴審での認定価額は合計4,525円)
- 昭和2年頃:AがCに田畑を贈与
- 昭和26年2月11日:C死亡
- 昭和27年4月10日付:Cに贈与された田畑につき、Dへの所有権移転登記
- 昭和28年4月10日頃:AがZに宅地・建物を贈与
- 昭和28年5月10日:AがYに畑・宅地を贈与
- 昭和33年1月7日:A死亡(相続開始)
- 昭和34年4月19日頃:XがYに対し、Yが贈与を受けた不動産につき遺留分減殺請求
- 昭和43年10月8日:第一審(岡山地裁倉敷支部)、X請求棄却
- 昭和49年9月27日:控訴審(広島高裁岡山支部)、控訴棄却
- 昭和51年3月18日:最高裁第一小法廷、上告棄却
経緯
被相続人Aが昭和33年に死亡し、Aの妻B・二男X・代襲相続人Y(亡長男Cの長女)・代襲相続人Z(亡Cの養子)の4名が共同相続しました。Xの抽象的遺留分割合は6分の1です。
Aは生前、所有不動産の大部分を、長男C(その死後は妻Dを経由する形で)・代襲相続人Y・代襲相続人Zに贈与しており、Xにはほぼ不動産が渡っていません。一方Xは、大正12年から大正15年頃にかけて、就職運動費・旅費・事業資金として、Aから合計4,125円(控訴審では薄荷油を加えた4,525円)の現金等を受け取っていました。
XはYに対し、Yが生前贈与を受けていた不動産(畑・宅地)について、自分の遺留分が侵害されていると主張して、遺留分減殺請求の訴えを提起しました。
ここで問題となったのが、Xが受けていた大正期の現金贈与を、遺留分算定の基礎財産にいくらと評価して加算するかです。
第一審・控訴審はいずれも、贈与時(大正12〜15年)と相続開始時(昭和33年)の物価指数の比率を「1対250」(少なくとも250倍)と認定し、贈与金4,125円を103万1,250円(控訴審ベースで4,525円→113万1,250円)に換算しました。これにより、不動産の相続開始時時価245万1,826円と合算した遺留分算定基礎財産から、Xの具体的遺留分額は約58万円〜60万円弱と算出されました。
ところが、Xが受けていた特別受益の換算額(103万円超)は、Xの具体的遺留分額を上回ってしまいます。結局、Yの受けた贈与によってXの遺留分が侵害されているとは言えず、Xの請求は理由なしとされました。
これを不服としたXが上告したのが本件です。Xは主に、「贈与時の現金を物価指数で250倍に換算するのは不合理・不公平である。財産分配の公平を期するなら、裁判時の不動産価額の上昇率(時に3万倍にも達する)も考慮されるべきだ」と主張しました。
争点
──遺留分の算定にあたり、相続人が被相続人から生前に贈与を受けた金銭を特別受益として基礎財産に加算する際、贈与時から相続開始時までに貨幣価値が大きく変動している場合、贈与金額をいくらと評価すべきか。
X側(上告人)の主張:贈与時の金銭を物価指数で換算する原審の方法は不合理・不公平である。財産分配の公平を期すなら、不動産の上昇率(本件では数千倍から数万倍)を考慮するなど、別の合理的な算定方法を用いるべきである。
Y側(被上告人)の主張:贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に物価指数で換算する原審の方法が相当である。
なお、本判決以前、金銭の特別受益を遺留分算定の基礎財産に加算する際の評価方法について、最高裁が明示的な判断を示した先例はありませんでした。本件は、この論点について最高裁が初めて明確な指針を示した判決です。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:相続人が被相続人から贈与された金銭を特別受益として遺留分算定の基礎となる財産の価額に加える場合には、贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきである。
- 理由:そう解さなければ、共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻しの制度の趣旨が没却される。また、そう解しても、取引における一般的な支払手段としての金銭の性質・機能を損なう結果はもたらされない。
判決文の引用
最高裁は、次のように判示しました。
被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが、相当である。けだし、このように解しなければ、遺留分の算定にあたり、相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより、共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなるばかりでなく、かつ、右のように解しても、取引における一般的な支払手段としての金銭の性質、機能を損う結果をもたらすものではないからである。
判例の考え方
本判決の論理は、次の3つの視点で整理できます。
第1に、特別受益持戻制度の趣旨に立ち返る視点。特別受益の持戻しは、相続分の前渡しの意義を有する贈与を相続財産に加算することによって、共同相続人相互の衡平を維持するための技術的制度です。仮に、長期にわたるインフレを経た金銭贈与について「贈与時の額面のまま加算する」とすれば、贈与時には大きな価値があった金銭が、相続開始時の貨幣価値ではごくわずかな価値しか持たなくなり、衡平の観点から制度の目的が達成されません。判決はこの点を「制度の趣旨を没却することとなる」と表現しています。
第2に、「円は円に等しい」という名目主義の限界。金銭については、原則として贈与時の金額をそのまま用いる(円は円である)のが取引社会のルールです。しかし、共同相続人間の衡平という法的評価が要請される特殊な場面においては、この原則を貫徹すると、かえって不公正な結果をもたらします。最高裁は、この場面に限って名目主義から離れ、貨幣価値を実質的に揃える評価方法を採用すべきとしました。
第3に、金銭の性質・機能との両立。最高裁は、贈与時の金銭を相続開始時の貨幣価値に換算する取扱いをしても、取引における一般的な支払手段としての金銭の性質・機能を損なうものではない、と明言しています。あくまで遺留分算定や特別受益の持戻しという特殊な場面における評価方法の問題であって、金銭一般の取扱いを変更するものではない、という限定の意味合いを持つ整理です。
結論に至る処理
最高裁は、贈与された金銭の額を物価指数に従って相続開始時の貨幣価値に換算すべきものとした原審(広島高裁岡山支部)の判断を、正当として是認しました。本件における物価指数の比率(1対250倍)に関する事実認定についても、原審の専権に属する証拠の取捨判断・事実認定を非難するものにすぎないとして、上告理由を採用せず、上告を棄却しています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「金銭」の特別受益の評価方法に関する判断
最高裁は判旨において「右贈与財産が金銭であるとき」と明示しています。本判決の射程は端的に、金銭の特別受益を遺留分算定の基礎財産に加算する場面における評価方法に限られます。不動産・株式その他の物については、本判例の射程外であり、それぞれの財産類型ごとに別途の評価方法(物については民法904条が想定する相続開始時の時価評価)が問題となります。
「遺留分算定の基礎となる財産に加える場合」の判断
最高裁は判旨で、特別受益を遺留分算定の基礎となる財産に加える場合と限定して判示しています。共同相続人間の具体的相続分を算定する際の特別受益の持戻し(民法903条)の場面でも、同じ考え方が当てはまるという理解が一般的ですが、判決文自体は遺留分算定の場面に関する判断であることに留意が必要です。
「贈与の時の金額」と「相続開始の時の貨幣価値」を結ぶ判断
判決は、評価の二つの基準時(贈与時と相続開始時)を判旨の中心に据えています。すなわち、評価額そのものは「相続開始時の貨幣価値」で表現するが、その出発点は「贈与時の金額」である、という構造です。これは、贈与後に相続人が金銭を費消したか保有しているかを問わず、贈与時の額面を出発点に物価指数で評価し直すという考え方を前提にしているものと読めます。
なお、原審は、贈与された金銭が費消されることなくそのまま貯蓄されていた等の特段の事情がある場合を例外として念頭に置いていましたが、最高裁はこの限定を判旨に取り込んでおらず、判決文の表現としては一般論として「贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額」と判示しています。射程の細かい例外については、判例理論として確定的に読み取れる範囲を超えますので、判決文の表現の限度で受け止めるのが安全です。
実務での使い方
本判例は、過去に金銭による生前贈与があった争族で、その金銭を遺留分算定の基礎財産または具体的相続分算定上の特別受益として持ち戻す際の評価方法を基礎づける判例として、現在も広く実務で引用されます。
使える場面
典型は、被相続人が生前、相続人の一人に対して金銭による贈与をしており、その贈与から相続開始までの間に貨幣価値が変動している場面です。本件のように30年以上を経た極端なケースだけでなく、10〜20年程度の期間でも、物価変動が無視できないレベルであれば、本判例の評価方法が問題になります。
なお、被相続人による相続人への贈与が金銭ではなく不動産や株式であった場合は、本判例は直接適用されません。物の評価には別の判例法理(相続開始時の時価評価を原則とする民法904条の趣旨)が機能します。金銭か物かで評価方法のロジックが変わる点は、実務上のチェックポイントです。
改正民法との接続
本判例は、平成30年改正前の遺留分減殺請求(物権的効果)の事案ですが、改正後の遺留分侵害額請求(金銭債権)の事案でも、遺留分算定の基礎財産に特別受益を加算する場面は本質的に同じ構造ですので、本判例の評価方法は引き続き機能します。
ただし注意すべきなのは、改正後の民法1044条3項により、相続人に対する贈与のうち遺留分算定の基礎財産に算入されるのは、相続開始前10年間にされた特別受益(婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与)に原則として限定された点です。本件のような大正期の贈与は、改正後の事案であれば、原則として遺留分算定の基礎財産に算入されません。
もっとも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をした場合は、10年の制限を受けず算入されます(民法1044条3項・1項後段)。この場合には、本判例の評価方法(贈与時金額の現在価値換算)が依然として問題となります。
また、具体的相続分の算定における特別受益の持戻し(民法903条)は、改正後も期間制限を設けていません。贈与時期がいつであっても、本判例の考え方が及び得ますので、相続人間で具体的相続分を争う場面では、過去の金銭贈与をどう評価するかが論点になります。
主張する側(遺留分侵害額の請求者側)
被相続人から多額の金銭贈与を受けた他の相続人がおり、その金銭を遺留分算定の基礎財産に加算したい立場では、本判例を引用して、贈与時金額の現在価値換算を主張します。
立証上、押さえるべき事実は3点です。第1に、贈与の時期と金額。贈与時期を特定できなければ物価指数による換算ができませんから、預金の引出記録、贈与契約書、金銭授受の事実を裏付ける同時代証拠を確保します。第2に、贈与時から相続開始時までの物価指数の変動。総務省統計局の消費者物価指数(CPI)が一般的ですが、用いる指標によって換算結果が動きますので、合理的に説明できる指標を選んで主張立証することになります。第3に、生計の資本としての贈与であること。日常の扶養の範囲内に収まる金銭の援助は、通常、特別受益には当たりません。
対抗する側(贈与を受けた相続人側)
過去の金銭贈与の特別受益性や評価額を争う立場では、以下の点を順に検討します。
第1に、そもそも特別受益(生計の資本としての贈与)に当たらないとの主張。お小遣いや日常的な援助、扶養義務の範囲内の支出は特別受益に該当しません。
第2に、改正後の事案では、相続開始前10年を超える贈与であれば、原則として遺留分算定の基礎財産に算入されない点(民法1044条3項)の主張。古い贈与であるほど、この主張が効きます。
第3に、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていたか否か。10年を超える古い贈与でも、双方が損害を加えることを知っていた場合は算入対象となりますので、この認否が決定的な分岐点になり得ます。
第4に、換算方法そのものを争う余地。本判例は「物価指数」とのみ判示しており、具体的にどの物価指数を用いるかは判決文では特定されていません。相手方が用いる指標が事案に適合的でない場合(例えば、贈与の対象が住宅資金等で、消費者物価指数より住宅価格指数のほうが事案に適合する等)、別の指標による換算を対案として提示する余地が残されています。
立証上のポイント
物価指数の選定と換算がもっとも実務上の難所です。総務省統計局の消費者物価指数、企業物価指数、GDPデフレーターなど、用いる指標によって換算結果が大きく異なります。代理人としては、なぜその指標が事案に最も適合するのか(贈与金の使途、贈与の経緯、相続財産の構成等を踏まえて)を、きちんと説明できる形で主張立証することが要所です。
また、贈与時期の特定も問題になりやすい論点です。本件のように遠い過去の贈与の場合、贈与時期が「大正12年〜15年頃」のように幅をもった認定にとどまることがあります。この場合、物価指数の換算には、その期間内の中間値や代表値を用いるなど、合理的な説明が必要になります。
併せて検討すべき周辺論点
本判例は金銭贈与に限定された判断ですので、贈与された金銭で受贈相続人が不動産その他の財産を取得していた場合にどう評価するかは、本判例の射程の限界に位置する論点です。贈与の対象は金銭ですが、実質的には当該不動産を取得させる目的で行われたとみる余地があり、贈与金銭の現在価値換算で評価するか、取得された不動産の相続開始時の時価で評価するかが議論となり得ます。事案ごとに、贈与の経緯と金銭の使途の特定可能性を踏まえた検討が必要です。
不動産の特別受益の評価については、相続開始時の時価で評価するのが原則であり(民法904条が想定する考え方)、本判例とは別の判例法理が機能します。金銭か物かで評価のロジックが切り替わる点は、複数種類の特別受益が混在する争族案件では特に注意が必要です。

