遺言書が偽造された疑いがある場合、どのように調査したらいいですか?

回答

遺言書に偽造の疑いがある場合、まず遺言書の原本(または公証役場・法務局に保管されている控え)を確保したうえで、(1)筆跡、(2)押印、(3)用紙・筆記用具、(4)文面・文体、(5)日付と当時の被相続人の状況、(6)保管経緯の6項目を確認します。あわせて、被相続人の過去の自筆資料、当時の医療・介護記録、遺言作成に関与した者の状況等を収集し、後の遺言無効確認訴訟や遺産分割協議の前提となる材料を整理します。なお、被相続人の遺言書を偽造・変造した者は、相続人となることができません(民法891条5号)。

目次

調査の概要

遺言書が出てきたものの「被相続人がこんな内容の遺言を書くはずがない」「筆跡が本人のものと違うように見える」「死亡直前で意思能力に疑問がある時期に作成されている」といった事情から、偽造の疑いが生じることがあります。

ここでいう「偽造」には、被相続人以外の者が一から作成したケース(狭義の偽造)のほか、被相続人が作成した遺言書の一部を後から書き換えるケース(変造)、被相続人の意思によらず作成されたケース(脅迫・代筆等)などが含まれます。本記事では、これらをまとめて「偽造の疑い」として扱います。

偽造の有無を最終的に確定させるのは、遺言無効確認訴訟等の場での裁判所の判断ですが、訴訟に進むかどうかを判断するためには、まず遺言書および周辺資料から偽造を疑わせる材料を網羅的に収集・整理することが出発点となります。

なお、検認(民法1004条1項)は、遺言書の偽造・変造を防ぎ、保存を確実にするための保全手続にすぎず、検認を経たからといって遺言が有効と確認されたわけではない点に注意が必要です。

偽造の疑いを抱く典型的な兆候

調査に着手する前に、どのような場合に偽造の疑いが生じやすいかを整理しておきます。次のような事情が複数重なる場合、調査の優先度は高くなります。

区分典型的な兆候
遺言書の体裁筆跡が被相続人の通常の筆跡と明らかに異なる/押印が普段使っていない印鑑による/用紙や筆記用具が被相続人の手元にあったものと整合しない
文面の不自然さ被相続人が普段使わない用語・言い回しが含まれる/法律用語が極端に正確すぎる/日付の書き方が普段と異なる
作成時期の問題認知症の診断後・入院中・終末期等、意思能力に疑問がある時期に作成されている/死亡直前の作成
内容の偏り一部の相続人のみが極端に有利な内容/被相続人が生前明言していた意思と矛盾する/遺言作成に関与した者が単独で利益を得る
保管経緯被相続人と同居していた相続人が独占的に保管していた/被相続人の生前は誰も知らされていなかった

これらの事情は、それ自体で偽造を立証するものではありませんが、調査として確認すべき項目を絞り込むうえで重要な手がかりとなります。

申請主体・収集すべき資料

偽造の疑いの調査では、遺言書本体だけでなく、被相続人の自筆資料や当時の状況を示す資料を幅広く収集します。各相続人は単独で次の資料の収集・取得を進めることができます。

収集すべき主要資料

資料内容・取得先目的
遺言書の原本(または高精細な写し)遺言書を保管している者・法務局筆跡・押印・用紙等の確認
自筆証書遺言の検認調書検認を行った家庭裁判所遺言書の体裁・記載内容の確認
自筆証書遺言書保管制度の遺言書情報証明書法務局(自筆証書遺言書保管所)保管されている遺言の内容確認
被相続人の過去の自筆資料自宅・親族の保管物日記・手紙・年賀状・契約書・帳簿等、被相続人の通常の筆跡資料
被相続人の診療録(カルテ)・看護記録等通院先・入院先の医療機関当時の意思能力・身体能力の客観的状況
介護記録(ケアプラン・介護日誌等)介護事業所・施設当時の生活状況・認知状態
要介護認定の資料(認定調査票・主治医意見書)被保険者住所地の市区町村介護保険担当課認知機能の評価
過去の書類に押された印影資料被相続人の手元にある契約書・登記関係書類・銀行届出書類等押印された印鑑との照合

遺言書原本の確認が最優先

偽造の調査では、遺言書原本の体裁(筆跡・押印・用紙・筆記用具)を直接確認することが出発点となります。もっとも、自筆証書遺言の場合、原本は通常、同居相続人等の特定の相続人の手元にあることが多く、偽造を疑う側が原本そのものを物理的に取り戻す法的手段は限定的です。

遺言の方式偽造を疑う相続人側の確認方法
自筆証書遺言書保管制度を利用した自筆証書遺言原本は法務局(遺言書保管所)に保管されているため、関係相続人等として遺言書情報証明書の交付請求・遺言書の閲覧請求ができます。
自宅等で保管された自筆証書遺言原本の保管者(または発見した相続人)は、相続の開始を知った後、遅滞なく家庭裁判所に提出して検認の請求をする義務があります(民法1004条1項)。検認期日には相続人が立ち会えるため、その場で遺言書の現状(筆跡・押印・用紙・加除訂正の状態等)を確認し、家庭裁判所が作成する検認調書(遺言書のコピーが添付される)を取得することが、現実的な確認方法となります。

自宅等で保管された自筆証書遺言については、検認の申立権者は遺言書の保管者または発見者であって、偽造を疑う側の相続人が直接申し立てる立場にはありません。もっとも、検認を経ずに遺言を執行した者には5万円以下の過料が課される可能性があり(民法1005条)、また、被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した者は相続人となることができないとされています(民法891条5号)。これらの規定が間接的な抑止として機能しているのが現状です。

医療記録・介護記録の保存期間

医療記録のうち、診療録(カルテ)は医師法24条2項により、診療完結日から5年間の保存義務があります。一方、看護記録・手術記録・処方箋・検査所見記録等の「診療に関する諸記録」は、医療法21条1項9号および医療法施行規則20条10号により、病院に過去2年分の備置義務が課されています。2年を超えた分は備置義務の対象外となるため、そのタイミングで順次廃棄されるおそれがあり、診療録(5年)より早期に失われる可能性がある点に注意が必要です。介護記録については、国の基準(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準39条等)により、サービス完結日から2年間の保存とされています。ただし、自治体の条例により5年と長期化されている場合もあります。

これらの記録は、保存期間を経過すると順次廃棄されるおそれがあるため、相続開始後できるだけ早期に取得することが望まれます。特に看護記録・介護記録は2年とされており、診療録より早期に失われる可能性がある点に注意が必要です。

なお、要介護認定の認定調査票・主治医意見書については、被保険者本人の死亡後の遺族等からの開示請求の取扱いが自治体により異なります(本人死亡後は原則開示不可とする自治体、遺族または委任を受けた弁護士からの請求を認める自治体など)。請求にあたっては、事前に被保険者住所地の市区町村介護保険担当課に取扱いを確認することが必要です。

印鑑登録証明書の取扱いに注意

被相続人の印鑑登録は、死亡届の受理により住民票が消除された段階で職権により抹消されるため、死亡後に被相続人本人の印鑑登録証明書を新規に取得することはできません。押印された印鑑との照合には、(a)生前に発行され被相続人の手元に残っている印鑑登録証明書、(b)過去の登記関係書類・契約書・銀行届出書類等に押されている印影、を活用することになります。これらの資料は遺品整理で散逸しやすいため、早期に確保しておくことが望まれます。

取得した遺言書で確認すべき項目

遺言書の原本・関係資料を入手したら、以下の6項目を順に確認します。

筆跡

自筆証書遺言では、遺言書全文・日付・氏名を遺言者本人が自書することが要件です(民法968条1項)。筆跡が被相続人本人のものでなければ、その時点で偽造を強く疑う材料となります。

調査のポイント

被相続人の過去の自筆資料(日記・手紙・年賀状・領収書・契約書・診察券への記載等)と、遺言書の筆跡を字形・筆圧・運筆の癖・特徴的な字(止め・はね・はらいの癖)の観点から比較します。書写年代によって筆跡は変化するため、遺言書の日付に近い時期の自筆資料との比較が最も信頼性が高くなります。

なお、最終的な筆跡鑑定は専門家(筆跡鑑定人)が行うべき領域です。調査段階では、鑑定の前提として比較対照資料を網羅的に確保することに注力します。

押印

自筆証書遺言には押印が必要です(民法968条1項)。実印・認印のいずれでも要件は満たしますが、普段被相続人が使っていなかった印鑑が押されている場合は不自然さの一材料となります。

調査のポイント

他の文書(契約書・登記関係書類・銀行届出印・生前に発行された印鑑登録証明書など)に押されている被相続人の印影と、遺言書の印影を照合します。明らかに別の印鑑によるものであれば、その経緯(なぜその印鑑が使われたか、誰が保管していたか)を確認します。なお、被相続人の死亡後は印鑑登録証明書を新規に取得することはできないため、被相続人の生前に発行されていたものや、過去の各種書類に押された印影を照合資料として確保することになります。

用紙・筆記用具

遺言書に使われている用紙(便箋・コピー用紙・市販の遺言書用紙等)や筆記用具(ボールペン・万年筆・鉛筆等)も、被相続人の通常の使用品と整合するかを確認します。

調査のポイント

被相続人の自宅にあったメモ用紙・便箋・ボールペンと、遺言書の用紙・筆記具が整合するか確認します。普段使わない種類の用紙・筆記用具で書かれている場合は、作成場所・作成経緯について追加の確認材料となります。

文面・文体

被相続人が普段使っていた言葉遣いや文体と、遺言書の文面が整合するかを確認します。

調査のポイント

被相続人の過去の手紙・日記・メール・年賀状等と比較し、用語・言い回し・敬語の使い方・送り仮名の癖などを照合します。極端に法律用語が正確すぎる、不動産の表示が登記情報を機械的に写したものになっている、被相続人が日常使っていない外来語が混じっている等の場合は、別人が原案を作成した可能性を疑う材料となります。

日付と当時の被相続人の状況

遺言書の日付に被相続人が遺言を作成できる状況にあったかを確認します。

調査のポイント

日付の時点で、被相続人が(a)入院・手術中ではなかったか、(b)認知症の診断・進行はどの段階だったか、(c)字を書ける身体的状態にあったか、(d)その日に遺言書作成に立ち会った可能性のある関係者は誰かについて、医療記録・介護記録・家族・介護者の供述等と突き合わせて確認します。日付の時点で被相続人が意思能力を欠いていた、あるいは身体的に自書できる状態でなかったことが確認できれば、遺言の有効性そのものが争点化します。要介護認定の認定調査票・主治医意見書には、認知機能や日常生活自立度の評価が記載されており、有力な客観資料となります(ただし、本人死亡後の開示請求の取扱いは自治体により異なる点に留意が必要です)。

保管経緯

遺言書がいつから、誰によって、どこに保管されていたかを確認します。

調査のポイント

被相続人の生前に被相続人自身が誰かに遺言の存在を伝えていたか、保管場所は被相続人が普段重要書類を置いていた場所と整合するか、特定の相続人だけが独占的に保管していたか、原本ではなく写しのみが提示されているか等を確認します。保管経緯が不自然な場合、偽造・変造のほか、被相続人の意思によらない作成(脅迫・誘導)を疑う材料となります。

相続トラブルに備えたアドバイス

検認期日への立会いと検認調書の取得

自筆証書遺言が他の相続人(典型的には同居相続人)の手元で保管されている場合、原本を物理的に取り戻す手段は限定的です。実務上、偽造を疑う側が原本の現状を確認できる主要な機会は、家庭裁判所の検認期日への立会いとなります。検認の申立権者は遺言書の保管者または発見者(民法1004条1項)であって、他の相続人から直接申立てを行うことはできませんが、検認期日には相続人全員が呼び出され、立ち会う機会が与えられます。

他の相続人から検認の連絡を受けたら必ず期日に立ち会い、遺言書の現状を自分の目で確認するとともに、家庭裁判所が作成する検認調書(遺言書のコピーが添付される)を確実に取得しておくことをお勧めします。検認後は遺言書の状態が公的に確定されるため、その後の改変リスクが減少します。

なお、保管者が遺言書の存在を隠している疑いがある場合は、それ自体が民法891条5号の相続欠格事由(隠匿)に該当しうるため、保管の有無や経緯について相続人間で確認の記録を残しておくことが望まれます。

比較対照資料は早期に網羅収集する

筆跡の比較対照資料は、相続人間で証拠隠滅のリスクがあるほか、自宅処分・遺品整理によって失われる典型的な資料です。遺言書の日付に近い時期の被相続人の自筆資料を、できる限り多種類・多時期にわたって収集しておくことをお勧めします。日記・手紙・病院の同意書・銀行の振込依頼書・契約書の自筆署名等、思いつく限りの自筆資料を網羅的に集めます。後に専門家による筆跡鑑定を行う場合、比較対照資料の質と量が鑑定の精度を大きく左右します。

医療記録・介護記録は保存期間内に確保する

医療記録・介護記録は、有効性争いの最も重要な客観資料です。保存期間(診療録は5年、看護記録等の診療に関する諸記録および介護記録は2年が原則)を経過すると順次廃棄されうるため、相続開始後できるだけ早期に取得してください。あわせて、要介護認定の認定調査票・主治医意見書(被保険者住所地の市区町村介護保険担当課に対し開示請求。被相続人死亡後の取扱いは自治体により異なるため事前確認が必要)、入院中の場合はリハビリ記録なども併せて取得しておくと、認知機能・身体機能の評価が立体的に把握できます。

関与者の特定と聴取

保管経緯および作成経緯の確認では、遺言書作成当時の関係者(同居家族、介護者、医療従事者、訪問していた専門家等)を可能な範囲で特定し、当時の状況を整理しておくことが望まれます。これは、後の遺言無効確認訴訟に進む場合の証人候補の整理にもつながります。

検認は形式審査にすぎない点に留意する

自筆証書遺言については検認手続を経ることが要件とされていますが(民法1004条1項)、検認は遺言書の偽造・変造を防ぎ保存を確実にするための保全手続にすぎず、検認を経たからといって遺言が有効と確認されたわけではありません。検認済みの遺言であっても、偽造の疑いがあれば別途遺言無効確認訴訟等で争うことができます。「検認を済ませた=有効」と誤解しないことが重要です。

遺言無効確認訴訟は最終手段と位置付ける

調査の結果、偽造・無効を強く疑う材料が揃った場合、最終的には遺言無効確認訴訟等で有効性を争うことになります。ただし、訴訟は時間・費用・精神的負担が大きく、立証のハードルも高いことが知られています。まずは収集した資料を整理したうえで、相続人間での協議・調停による解決の可能性を検討するのが現実的な進め方です。

相続欠格事由に該当しうる点を踏まえた対応

被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した者は、相続人となることができません(民法891条5号)。これは相続欠格事由として遺産分割の場面でも重要な論点となります。なお、破棄・隠匿行為については、最高裁は、相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは相続欠格者には当たらないと判断しています(最判平成9年1月28日)。

調査段階では、偽造・変造・破棄・隠匿等を疑う材料を時系列で整理し、関係資料を体系的に保管しておくことが、後の主張の前提となります。

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