遺産分割前に亡くなった人の預金を引き出す方法はありますか?

回答

遺産分割が完了する前でも、相続人が単独で被相続人の預貯金を引き出せる制度として、①金融機関に対する預貯金債権の行使(民法909条の2前段)と、②家庭裁判所への仮分割仮処分の申立て(家事事件手続法200条3項)の2つの方法があります。①は、各口座の預貯金債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額(同一金融機関につき上限150万円)まで引き出すことができます。

目次

手続の概要

被相続人(亡くなった方)が死亡すると、預貯金口座は凍結され、遺産分割が完了するまで原則として引き出すことができなくなります。しかし、被相続人に扶養されていた相続人の当面の生活費や、相続債務の弁済、葬儀費用の支払い、遺産である不動産の固定資産税の納税など、遺産分割を待てない資金需要が生じることもあります。

そこで、平成30年相続法改正により、相続人が家庭裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で遺産である預貯金を払い戻すことができる制度が設けられました(民法909条の2前段)。これを預貯金の仮払い制度(金融機関に対する預貯金債権の行使)といいます。

もう1つの方法として、家庭裁判所に仮分割仮処分を申し立てる方法があります(家事事件手続法200条3項)。こちらは金融機関への直接請求では足りない場合に利用されますが、実務上、認められる事案は限られています。

この2つの制度の概要は以下のとおりです。

項目①金融機関への直接請求②仮分割仮処分
根拠条文民法909条の2前段家事事件手続法200条3項
上限額各口座の3分の1×法定相続分(同一金融機関で150万円が上限)家庭裁判所が必要と認めた額
裁判所の関与不要必要(調停・審判の係属が前提)

手続の要件・準備

方法①:金融機関への直接請求

払戻し可能な金額は、各預貯金債権額(金融機関が相続開始時の払戻し金額を明確に判断できるようにするため、各口座を基準とします)の3分の1に、払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額です。ただし、同一の金融機関においては150万円が上限となります(民法909条の2前段、平成30年法務省令第29号)。

なお、定期預貯金については、満期が到来していなければ払い戻すことができないと考えられます。普通預金と定期預金がある場合には、払戻し手続が容易な普通預金から優先されるのが通常です。

計算例: 被相続人Aの相続人が配偶者Bと子C・Dの3名で、A銀行の普通預金口座に900万円がある場合

配偶者Bの払戻し可能額:
  900万円 × 1/3 × 1/2(法定相続分)= 150万円

子Cの払戻し可能額:
  900万円 × 1/3 × 1/4(法定相続分)= 75万円

必要書類は、被相続人の出生から死亡までの連続した除籍謄本・戸籍謄本(全部事項証明書)、相続人全員が確認できる戸籍謄本(全部事項証明書)、あるいは法定相続情報証明書のほか、払戻しを受ける相続人の本人確認書類・印鑑登録証明書等です。遺産分割協議が成立した場合や、調停を申し立てる場合と同様の書類等を用意することが必要となります。

方法②:仮分割仮処分の申立て

仮分割仮処分が認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

  1. 本案の係属:遺産分割の調停または審判が家庭裁判所に係属していること
  2. 権利行使の必要性:相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により預貯金債権の行使の必要性があること
  3. 他の共同相続人の利益を害しないこと:他の当事者の具体的相続分を害するものでないこと

実務上、被相続人に扶養されていた当事者(相続人)の当面の生活費の用立て、相続債務の弁済、被相続人の葬儀費用の捻出、遺産である不動産の固定資産税等の納税などが、権利行使の必要性として想定されています。もっとも、卒業後に社会人となった当事者や、婚姻し家庭がある当事者が生活費のためにと主張しても、この要件を満たすことは難しいと考えられています。

手続の流れ

方法①:金融機関への直接請求(仮払い)の流れ

STEP 1|必要書類の収集

被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等、相続人全員の戸籍謄本等を収集します。法定相続情報証明書を取得しておくと、複数の金融機関で手続をする場合に便利です。あわせて、払戻しを受ける相続人の本人確認書類・印鑑登録証明書等を用意します。

STEP 2|金融機関の窓口で払戻しを請求

必要書類を持参のうえ、金融機関の窓口で預貯金の仮払いを請求します。金融機関側も、遺言の有無やその内容、遺産とされた預貯金債権の有無やその内容を確認する必要があるため、一定の時間がかかります。

STEP 3|払戻しの実行

金融機関の確認が完了すると、上限額の範囲内で預貯金が払い戻されます。

払い戻された預貯金は、払戻しをした相続人が遺産の一部分割(一部だけを先に分けること)によりこれを取得したものとみなされます(民法909条の2後段)。そのため、最終的な遺産分割において、具体的相続分(実際に受け取れる金額)の算定にあたり、払い戻された金額がみなし相続財産として分割対象の遺産に加えられ、当該相続人の具体的取得分からは控除されることになります。

方法②:仮分割仮処分の流れ

STEP 1|遺産分割の調停または審判の申立て

仮分割仮処分は、本案(遺産分割の調停または審判)が係属していることが前提です。まだ申し立てていない場合は、まず遺産分割の調停(または審判)を申し立てます。

STEP 2|仮分割仮処分の申立て

調停または審判の係属後、家庭裁判所に仮分割仮処分を申し立てます。申立ては、調停・審判の申立人だけでなく、相手方もすることができます。

STEP 3|審問期日

家庭裁判所は、原則として審判を受ける者となるべき者の陳述を聴かなければなりません(家事事件手続法107条本文)。通常、審問期日が開かれ、申立人および相手方から陳述を聴取します。審問期日は、調停期日と同日に設定されることが多いです。

STEP 4|家庭裁判所の判断

家庭裁判所が要件を満たすと判断した場合、預貯金債権について仮に分割し、申立人に仮に取得させる決定が出されます。ただし、仮の取得ですので、遺産分割の調停成立または審判が出される場合には、仮分割仮処分の対象となった預貯金債権についても、改めて分割対象の遺産として分割することになります。

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