相続開始後すぐにお金が必要なとき、預金を引き出せる制度はありますか?
遺産分割前でも預貯金を引き出せる制度として、①金融機関に直接請求する仮払い制度(民法909条の2前段)と、②家庭裁判所に申し立てる仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)の2つがあります。いずれも平成30年相続法改正で整備された制度です。
手続の概要
平成28年の最高裁大法廷決定により、預貯金債権は遺産分割の対象となり、相続人が単独で預貯金を払い戻すことはできなくなりました。しかし、被相続人に扶養されていた相続人の当面の生活費、相続債務の弁済、葬儀費用の捻出など、遺産分割が完了する前にまとまった資金が必要になる場面は少なくありません。
そこで、平成30年相続法改正(令和元年7月1日施行)により、遺産分割前でも一定の範囲で預貯金を引き出せる2つの制度が整備されました。
1つ目は、金融機関に対する仮払い制度(民法909条の2前段)です。家庭裁判所の判断を経ることなく、各相続人が単独で金融機関の窓口に請求できます。手続が比較的簡便である反面、引き出せる金額に上限があります。
2つ目は、家庭裁判所の仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)です。遺産分割の調停または審判が係属していることを前提に、家庭裁判所に申し立てて預貯金の仮の払戻しを認めてもらう方法です。仮払い制度の上限額を超える金額が必要な場合に利用されますが、要件は厳格であり、認められる事案は限られます。
| 項目 | 仮払い制度(民法909条の2) | 仮分割仮処分(家事法200条3項) |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 民法909条の2前段 | 家事事件手続法200条3項 |
| 申請先 | 金融機関の窓口 | 家庭裁判所 |
| 前提条件 | なし(単独で請求可能) | 調停または審判が係属中であること |
| 上限額 | 預貯金額×1/3×法定相続分(1金融機関あたり150万円) | 制限なし(裁判所の裁量) |
| 他の相続人の同意 | 不要 | 不要(ただし利益を害さないことが要件) |
手続の要件・準備
仮払い制度(民法909条の2)の要件
仮払い制度を利用するために特別な要件を証明する必要はなく、相続人であることを証明すれば、各相続人が単独で金融機関に払戻しを請求できます。
引き出せる金額は、各預貯金債権額(金融機関が相続開始時の払戻し金額を明確に判断できるようにするため、各口座を基準とします)の3分の1に、払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額です。ただし、同一の金融機関においては150万円が上限となります(民法909条の2前段、平成30年法務省令第29号)。
【計算例】
被相続人の預貯金:A銀行に普通預金900万円
相続人:配偶者と子2人(配偶者の法定相続分=1/2)
配偶者が引き出せる金額:
900万円 × 1/3 × 1/2 = 150万円
→ 上限150万円以内のため、150万円を引き出せる
なお、定期預貯金については、満期が到来していなければ払い戻すことができないと考えられます。払戻しの対象は、普通預金(通常貯金)が優先されるのが通常です。
金融機関に提出する主な書類としては、被相続人の出生から死亡までの連続した除籍謄本・戸籍謄本(全部事項証明書)、相続人全員が確認できる戸籍謄本(全部事項証明書)、あるいは法定相続情報証明書のほか、払戻しを受ける相続人の本人確認書類・印鑑登録証明書等が必要です。
仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)の要件
仮分割仮処分の申立てが認められるためには、次の3つの要件を満たす必要があります。
(1)本案の係属
遺産分割の調停または審判の申立て(本案)が家庭裁判所に係属していることが必要です。本案が係属していれば、調停・審判の申立人だけでなく、相手方となる相続人も仮分割仮処分を申し立てることができます。
(2)権利行使(払戻し)の必要性
家庭裁判所が、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により、預貯金債権の行使(払戻し)の必要性があると判断した場合に認められます。具体的には、被相続人に扶養されていた当事者(相続人)の当面の生活費の用立て、相続債務の弁済、葬儀費用の捻出、遺産不動産の固定資産税等の納税などが想定されます。
(3)他の共同相続人の利益を害しないこと
仮分割仮処分により他の当事者の具体的相続分(具体的取得分)を害する場合には、申立てが認められません。
手続の流れ
仮払い制度の手続
仮払い制度は、金融機関の窓口で直接手続を行います。大まかな流れは次のとおりです。
まず、払い戻したい金融機関に連絡し、相続による預貯金の仮払いを申し出ます。金融機関ごとに所定の手続書類があるため、事前に確認しておくとよいでしょう。
次に、必要書類(戸籍謄本、本人確認書類、印鑑登録証明書等)を用意し、金融機関に提出します。金融機関側でも、遺言の有無、遺産とされた預貯金債権の有無、その内容の確認等を行うため、手続には一定の日数がかかります。
払戻しが完了すると、払い戻した相続人は、遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされます(民法909条の2後段)。最終的な遺産分割においては、仮払いで取得した預貯金額が当該相続人の具体的取得分から控除されます。
仮分割仮処分の手続
仮分割仮処分は、遺産分割の調停または審判が係属している家庭裁判所に対して申し立てます。
申立書には、具体的取得分の算定のために、払戻しをした預貯金債権(金融機関名、支店名、預貯金の種類、口座番号)、払戻しを受けた当事者名、払戻日、払戻額を記載し、その裏付けとなる証拠資料を提出する必要があります(家事事件手続規則102条1項4号)。
家庭裁判所は、通常、審問期日を開いて、申立人と相手方の双方から陳述を聴取した上で判断します。家庭裁判所が要件を満たすと判断し、仮分割仮処分の申立てを認めたときには、預貯金債権について仮に分割し、申立人に仮に取得させることになります。
ただし、これは仮の取得ですから、遺産分割の調停成立の場合または審判が出される場合には、仮分割仮処分の対象となった預貯金債権についても、改めて分割対象の遺産として分割することになります。
なお、仮分割仮処分については、申立てが認められる事案は限定的であると考えられています。仮に認められた場合でも、他の当事者の具体的取得分を害さないようにするため、仮に分割して取得させる額は、預貯金債権額(残高)に申立人の法定相続分を乗じた範囲内に限られるのが相当とされています。

