遺言は生前処分によって撤回されたとみなされるか──抵触の成立には確定的な法律効果の発生を要するとした事例|最判昭和43年12月24日

判例のポイント

民法1023条2項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為が抵触する場合に、その抵触する部分について遺言を撤回したものとみなす旨を定めています。本判例は、この抵触の判断について、単に生前処分によって遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によって確定的に法律効果が生じていることを要するとした重要判例です。停止条件付の生前処分(法定停止条件を含む)は、条件成就が確定するまで法律効果を生じないため、その内容が遺言と矛盾していたとしても、遺言と抵触するものとは扱われず、遺言は撤回されたとみなされません。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第三小法廷
  • 判決日:昭和43年12月24日
  • 事件番号:昭和40年(オ)第706号
  • 関連条文:民法1023条2項

なお、本判決当時の民法1023条は「取消」の語を用いていましたが、平成16年の民法現代語化により、現行法では「撤回」と表記されています。判決文の引用部分は原文どおり「取消」のまま掲記し、解説文では「撤回」を用いて整理します。

事案の概要

本件は、被相続人が遺言で財団法人設立の寄附行為をした後、生前処分として別の財団法人設立の寄附行為をしたものの、主務官庁の許可を得ないまま死亡したという事案です。被相続人の相続人は、遺言は生前処分により撤回されたとして、遺言執行者の地位の不存在確認等を求めましたが、最高裁は遺言の有効を維持しました。

登場人物

  • A(被相続人):遺言により財団法人甲を設立する寄附行為をし、その後、生前処分により別個の財団法人乙を設立する寄附行為をした者。昭和33年4月死亡。
  • X(原告・被控訴人・上告人):Aの相続人(次男)。本件遺言は生前処分により撤回されたと主張し、遺言にもとづく寄附行為の無効確認、遺言執行者たる地位の不存在確認、財団設立許可申請手続の差止めを求めた。
  • Y1〜Y3(被告・控訴人・被上告人):Aの遺言で指定された遺言執行者(うちY3はAの長男)。本件遺言は有効に存続していると主張した。

時系列

  • 昭和31年1月13日:Aが公正証書遺言により、財団法人甲(自己が経営する会社の株式30万余株を基本財産とする教育目的の財団)を設立する旨の寄附行為をし、Y1〜Y3を遺言執行者に指定
  • 昭和31年12月25日:Aが、上記会社株式20万株および現金20万円を基本財産とする財団法人乙を設立する旨の寄附行為(生前処分)をし、主務官庁(文部省)に対して設立許可申請手続をとる
  • 昭和33年3月頃:文部省から、運用財産の増額・役員構成の修正を求める行政指導があり、申請書類が返戻される
  • 昭和33年4月22日:文部省の許可が得られないまま、Aが死亡
  • 昭和38年1月24日:第一審(津地方裁判所民事第1部)、Xの請求認容
  • 昭和40年3月31日:控訴審(名古屋高等裁判所第2部)、原判決を取り消しXの請求を棄却
  • 昭和43年12月24日:最高裁、上告棄却(控訴審の結論を維持)

経緯

Aは、自己が創立した会社の株式30万余株を基本財産として、教育に関する寄附を目的とする財団法人甲を設立する旨の遺言を昭和31年1月にしました。Aは、自己の死後も会社経営を安泰にするとともに、自己の持株が散逸しないようにする目的でこの遺言をしたとされています。

ところがその後、Aは知人の勧めもあり、生前のうちに育英財団を設立することを企図して、昭和31年12月、上記株式のうち20万株および現金20万円を基本財産とする別の財団法人乙を設立する旨の寄附行為をし、文部省に対して設立許可申請をしました。しかし、文部省から運用財産の増額や役員構成の修正を求める行政指導があり、申請書類が返戻された後、Aは昭和33年4月に死亡しました。財団法人乙の設立許可は、結局得られないままです。

Aの相続人Xは、生前処分の寄附行為が遺言と抵触する以上、民法1023条2項により遺言は撤回されたものとみなされ、遺言にもとづく寄附行為は無効、Y1〜Y3は遺言執行者ではないと主張して、これらの確認および設立許可申請手続の差止めを求める訴訟を提起しました。

第一審はXの請求をすべて認容しましたが、控訴審はこれを取り消してXの請求を棄却し、最高裁が上告を棄却したのが本件です。

争点

遺言が後の生前処分により撤回されたとみなされるためには、生前処分による法律効果の確定的発生が必要か?

争点の本質的な問いは、民法1023条2項にいう「遺言と生前処分の抵触」がいつの時点で生じるか、つまり生前処分の意思が表示された時点で抵触が成立するのか、それとも生前処分の法律効果が確定的に発生した時点で初めて抵触が成立するのかという点にあります。

撤回を主張する側(X)の主張は、寄附行為は単独行為であり、その意思表示がされた時点で法律行為として成立する以上、主務官庁の許可の有無は寄附行為自体の成立や抵触判断には影響しない、というものでした。Aの生前処分は、その意思表示の時点(公正証書作成時)におけるAの効果意思を遺言と対照すれば明らかに遺言と矛盾する内容であり、これにより遺言は撤回されたとみなされるべきだと主張しました。

これに対し撤回に対抗する側(Y1〜Y3)は、財団法人設立の寄附行為は、主務官庁の許可を法定の停止条件とするものであって、条件成就まで効力を生じないと主張しました。停止条件付法律行為の条件成就前は効力が生じていない以上、遺言と抵触する余地もないというのが主張の中核です。

裁判所の判断

最高裁は、Y1〜Y3の主張に沿う形で、生前処分が確定的に法律効果を生じていない以上、遺言と抵触する生前処分はなく、遺言は撤回されたとみなされないと判断しました。

判決文の引用

遺言と生前処分が抵触するかどうかは、慎重に決せられるべきで、単に生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によつて確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当である。

その生前処分が停止条件つきのものであるときは、その停止条件が成就したことが確定されないかぎり、その生前処分は法律行為としての本来の効力をいまだ生じていないのであるから、それが内容においてすでになされた遺言と抵触するものであつても、いまだ遺言に抵触するものということはできず、したがつて、遺言は取り消されたものとみなすことはできない。そして、このことは、右の停止条件がいわゆる法定条件にあたる場合であつても、法律効果が生じていない点からみれば、同様に解することができる。

遺言による寄附行為に基づく財団法人の設立行為がされたあとで、遺言者の生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為がされて、両者が競合する形式になつた場合において、右生前処分が遺言と抵触し、したがつて、その遺言が取り消されたものとみなされるためには、少なくとも、まず、右生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為が主務官庁の許可によつて、その財団が設立され、その効果の生じたことを必要とし、ただ単に生前処分の寄附行為に基づく財団設立手続がされたというだけでは、その法律効果は生じないから、遺言との抵触の問題は生ずる余地がない。

判例の考え方

本判決は、民法1023条2項の趣旨について、遺言者の最終意思を尊重するという面と、遺言の撤回が相続人・受遺者・遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響を及ぼすという面の双方を考慮し、抵触判断は慎重にすべきであるとの基本姿勢を示しました。

そのうえで、生前処分が無効であった場合や、詐欺・強迫により有効に取り消された場合には、その生前処分は最初から法律行為としての本来の効力を生じないか生じなかったことになるから、抵触はないという理屈を整理しました(民法1025条但書も同じ発想に立つものとして参照されています)。これと同様に、停止条件付の生前処分も、条件成就まで法律効果が生じていない以上、遺言と抵触するものとはいえないとされたわけです。

そして本判決は、財団法人設立については、設立者の寄附行為と主務官庁の許可という2つの必要条件があり、寄附行為だけでは財団法人は設立されず、主務官庁の許可を得て初めて設立されることになるとして、財団法人設立を目的とする寄附行為は、主務官庁の許可という成否未確定の将来の事実を法定の停止条件とするものであると解するのが相当であると述べています。

結論に至る処理

本件では、Aが遺言による寄附行為(財団法人甲)をした後、生前処分による寄附行為(財団法人乙)をし、設立手続をとったものの、文部省の許可がされないまま死亡したことが原審の確定した事実です。とすれば、生前処分の寄附行為はその効力をいまだ生じていないというべきであり、遺言と抵触する生前処分があるとは解されない以上、遺言は撤回されたとみなされず、有効に存続している──最高裁はそう結論づけ、控訴審の結論(遺言有効、遺言執行者の地位も有効)を維持しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

第1に、本判決は、民法1023条2項の抵触判断において、生前処分が「確定的に法律効果が生じている」ことを要するとしたものです。判決文が「単に生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず」と述べていることから、抵触の成立には、生前処分の意思表示の存在を超えて、その法律効果の確定的発生が必要であることが明らかにされています。

第2に、本判決が法律効果未発生の類型として挙げているのは、生前処分が①無効である場合、②詐欺または強迫により有効に取り消された場合、③停止条件付(法定条件を含む)で条件成就が未確定の場合、の3つです。これらの場合には、いずれも生前処分による法律効果が生じていないため、遺言との抵触はないとされます。

第3に、財団法人設立を目的とする寄附行為については、主務官庁の許可を法定の停止条件とするものとして、上記第3類型に位置づけられました。判決文が「少なくとも、まず、右生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為が主務官庁の許可によつて、その財団が設立され、その効果の生じたことを必要とし」と述べていることから、許可までは抵触の問題は生じないという限定が示されています。

第4に、本判決は、許可により財団が設立された後の抵触判断についてまでは踏み込んでいません。「少なくとも」という表現からは、許可・設立は抵触判断の必要条件として示されているにすぎず、許可・設立があれば常に抵触が成立するかどうかは、本判決の直接の射程を超えるものといえます。

実務での使い方

本判例は、争族の場面で、遺言と内容的に矛盾する生前処分が存在するが、その生前処分の法律効果がまだ確定的に発生していないというタイプの紛争において、抵触判断の基本原則として機能します。

使える場面

典型は、被相続人が遺言で特定の財産の処分(遺贈・財団設立など)を定めた後、その財産につき生前処分(贈与契約・売買契約・寄附行為など)をしたものの、被相続人の死亡時点で当該生前処分の法律効果が確定していなかった、という事案です。たとえば、被相続人が認知症等で意思能力を欠く状態で生前処分をしたために当該生前処分が無効となる場合、停止条件付贈与をしたが条件未成就のうちに死亡した場合、行政官庁の許可・認可を要する処分行為が許可前に終わった場合などが想定されます。

遺言の有効を主張する側(受遺者・遺言執行者・遺言で利益を受ける相続人など)

遺言の有効を主張する側は、相手方が「生前処分により遺言は撤回された」と主張してきた場合に、本判決を引用して「生前処分は確定的に法律効果を生じていないから、遺言との抵触はない」と反論することになります。立証の中心は、生前処分が無効である事情、停止条件が未成就である事情、行政上の許可が得られていない事情など、法律効果の発生を妨げる事実です。

たとえば、被相続人が遺言の対象財産について生前に贈与契約を締結したように見えても、その契約当時、被相続人が認知症等で意思能力を欠いていたために契約が無効となる場合には、生前処分の法律効果が発生していないことになり、本判決の論理に照らして遺言と抵触する生前処分はないと主張することができます。また、被相続人が生前に第三者と停止条件付の贈与契約・売買契約を締結したものの、条件が成就しないうちに被相続人が死亡した事案でも、生前処分の法律効果がいまだ確定的に発生していないとして、遺言は撤回されたとみなされないと主張することができます。

遺言の撤回を主張する側(法定相続分の確保や遺言と異なる利益を求める相続人など)

逆に、遺言の撤回を主張する側は、本判決の論理を踏まえると、生前処分の法律効果が確定的に発生していることを示す必要があります。寄附行為であれば主務官庁の許可の取得、停止条件付の生前処分であれば条件の成就、無条件で締結された贈与契約や売買契約であればその契約の成立(意思表示の合致)など、生前処分の効力発生を裏付ける事実を主張・立証することになります。

無条件で締結された贈与契約や売買契約は、契約成立の時点で法律効果が発生しているのが原則ですから(諾成契約)、契約書、公正証書、関係者の供述などにより契約の成立が示されれば、本判決の論理との関係では足りるといえます。本判決が法律効果未発生の類型として念頭に置いているのは、無効・取消・停止条件未成就といった、法律行為そのものの効力が発生していない場面である点に留意が必要です。

立証上のポイント

本件のように行政官庁の許可・認可を要する法律行為の場合、許可申請の進捗、行政指導の内容、官庁との折衝記録、申請書類の返戻の有無やその意味づけなど、官庁との具体的なやりとりを示す資料が決定的になります。本件でも、文部省からの書類返戻が「不許可処分」なのか「行政指導」なのかが争点の一つでしたが、最高裁は許可がされていないという事実だけで足りるとして、それ以上の判断には踏み込んでいません。

停止条件付の生前処分一般については、条件成就の有無を客観的に示す書面・関係者の供述が中心の証拠となります。被相続人の意思形成過程・周囲とのやりとり・財産処分の動機などについても、後日争いになった場合に備えて、合意時点の同時代証拠(契約書、覚書、書面、領収書等)を残しておくことが重要です。

併せて検討すべき周辺論点

本判決は、生前処分が確定的に法律効果を生じている場合に、当然に遺言との抵触が成立するかどうかについては直接判断していません。判決文の「少なくとも」という表現からも明らかなとおり、許可・設立があれば常に抵触が成立するわけではなく、生前処分の内容が遺言の対象を完全に重複・吸収するか、両者が両立し得る関係にあるかなど、個別の事案分析が改めて必要となります。本件の控訴審(名古屋高判昭和40年3月31日)も、寄附行為の構造から両者の抵触自体を否定する別の論理を展開しており、最高裁とは異なる切り口で同じ結論に至っています。

また、民法1023条2項により遺言が撤回されたとみなされた後、当該生前処分が取り消されたり効力を失ったりした場合に、遺言が復活するかどうかは民法1025条本文・但書の問題として、別途検討する必要があります。本件ではこの点について最高裁の判断はありませんが、生前処分の安定性が遺言の運命を左右する以上、撤回・解除・条件不成就のリスクとあわせて、遺言の効力の見通しを依頼者に説明することが望まれます。

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